ep2 それぞれの役割
第二回円卓会議を終え、ゼノスは自らの執務室へとやって来た。
執務椅子に座り、暖かいホットレモンティーで引き締めた脳を緩和させる。一口飲んだ後に息を吐くと、白い吐息が出る。
ふと横の窓を見やると、白い小雪が深々と降っていた。未だ夕刻にも関わらず、季節が冬のせいか、既に外は夜闇に包まれている。円卓会議終了後も将軍同士での打ち合わせをしていた為か、落ち着く光景に心を癒される。
……だが、まだ仕事は残っている。
あれから何度か作戦の調整をし合い、役割分担と主な作戦内容を決めてきた。そしてそれを伝えるべく、ゼノスはある者達に、円卓会議の採決結果と打ち合わせの内容を報告する義務がある。
たったそれだけなのに、何故今のゼノスは憂鬱な表情なのか?
アスフィの言葉を脳裏に反芻させ、苦悩するゼノスであったが……やがてドアを叩く音がした事で我へと返る。
『――ゼノス?入っても宜しいですか?』
これはゲルマニアの声だ。
ゼノスは深呼吸をし、彼女の言葉に応える。
「ああ、構わない。入って来てくれ」
そう言うと、まずはゲルマニアが入室。だが彼女だけでなく、その他数人の人間が執務室へと入る。
ゲルマニア――そしてロザリー、ライン、ラヤ、フィールド。彼等は聖騎士部隊の騎士達であり、ゼノスの部下でもある。
しかしここで緊張する彼等ではない。それどころか、それぞれが楽な姿勢で向き合ってくる。これに関しては気にもしないし、むしろ有り難い。
開口一番を切ったのは、ゼノスであった。
「皆、お勤めご苦労さん。呼んだのは他でも無いが……まあまずは今日の報告をしてもらおうか。最初はゲルマニアな」
怠そうにしながらゲルマニアを促す。一方の彼女は、直立のまま答える。
「はい。私の方は滞りなく事務作業を進め、聖騎士部隊の訓練にも参加しました。ゼノスの定めたノルマも達成しましたよ」
「そうか。んじゃあ次は…………フィールドだ」
ゼノスはニヤニヤと微笑むラヤを無視し、隣に控えるフィールドに目を向ける。「ちょっ、何で無視するのさ!?」と突っ込んでくるが、時間が惜しいので無視無視。
フィールドは一礼し、淡々と答える。
「今日は聖騎士部隊の基礎強化訓練に努めましたが、こちらも滞りなく行いました。幸いな事に、ラヤ殿が率先して訓練を行っていますので」
「ほう。ラヤにも向上心が生まれてきたか」
ようやく話を振ってもらい、ラヤは嬉しそうに頷く。
「へへ、当たり前だよ!あんたの実力を超えようとしてるんだから、頑張るのは当然さ!」
「言うねえ。……ま、頑張ってくれ」
部下の成長は素直に喜ばしい事だが、未だにアスフィの提案を引き摺っており、どうにも気分が盛り上がらない。一同が首を傾げるが、ゼノスはロザリーとラインへと視線を変える。
「さて……と。確かロザリーには、今日一日だけ有給休暇を与えていたな。ゆっくりと休めたか?」
「……ううん。今日はノルア姉様の見舞いに行ってた。だから休んではいない」
「――ッ!」
それを聞き、ゼノスは納得した。
彼女の姉、ノルアは先日までアルギナス牢獄に幽閉されていた。現在はランドリオ城下町にある国立病院に入院していると聞いたが、最近の様子までは耳にしていない。
しかし深刻な顔つきのゼノスを見て、ロザリーは首を横に振る。
「……そこまで心配する事はないよ。姉様の意識は戻ってるし、快復に向かってるとお医者様も言っていたから」
「そ、そうか。……いつか、姉妹二人で暮らせるといいな」
「……うん」
ロザリーは頬を赤らめ、指を弄りながら呟く。
彼女にとって、ノルアとの生活は長年の夢である。実現に近づいているので、ロザリーが喜ぶのも無理はない。
――六大将軍として、ゼノスはその実現の手助けをしなければ。
「姉様はゼノスにも会いたいって言ってた。……余裕があったら、私と一緒に来て」
ロザリーの言葉に対し、笑顔を持って即答する。
「ああ勿論だ。近い内、必ず赴こう。――で、ラインの報告はさっき聞いたし、今日の報告はこれで以上かな」
「うん、そうなるね。……それでゼノス、僕達を呼んだのは……例のシールカード勢力に関する事だよね?」
ラインが眼鏡をくいと上げ、本題へ移るよう投げかける。
気は進まないが、ぐだっていても仕方ない。
ホットレモンティーで喉に潤いを与え、説明する準備を整える。
そして席を立ち、何事も無かった様に、無言で扉へと――。
「ちょっと待ちなさい」
――が、それも叶わず。
通り過ぎるゼノスの襟を掴み、阻止するゲルマニア。……何だか最近、ゼノスのサボるタイミングを熟知してしまったようだ。
ゲルマニアはずるずるとゼノスを引っ張り、元の場所へと戻す。
「う…………やっぱりしなきゃ駄目か」
「あ・た・り・ま・え・です!」
念を押され、項垂れるゼノス。
例の『あれ』を発表すると思うだけで、心臓が高鳴ってしまうのだ。
「シールカード勢力との衝突が避けられない以上、私達にも大いに関係があります。――それに私達は、重大な役割を果たすのでしょう?」
「……ああ、その通りだ」
もう観念して、彼等に決定事項を話すしかないのか。
ゼノスは溜息を漏らし、ゆっくりと、じっくりと説明していく。
第二回円卓会議での進行過程を粗方言い終えた後、今度は打ち合わせ時の役割配分を伝える。
今回の相手は、シールカード勢力とそのギャンブラーだ。しかし両者は距離を離し、後者のギャンブラーはアルゲッツェ城に潜伏している可能性が高い。ランドリオ帝国側は、国境線付近での迎撃隊、及び六大将軍を中心として編成される少数精鋭部隊を構築する必要がある。
そこで打ち合わせの結果、迎撃隊にはユスティアラ・イルディエ・ジハード・ホフマンが加わる事になる。更に六大将軍直属の部隊も参加し、聖騎士部隊も混じる。ラヤとフィールドには、迎撃部隊として迎え撃ってもらう。
話の途中だが、ラインが口を挟んでくる。
「迎撃部隊に四人の六大将軍……となると、隠密部隊にはゼノスとアルバートだけか。将軍中心にしては、随分少ないね」
「その面に関しては仕方ない。アスフィの能力にも限界があるようだし、こちらとしても大人数での行動は面倒だからな」
そう言って、今度は隠密部隊の編成について語るゼノス。
まず抜擢された者を挙げると、六大将軍にゼノス、アルバート。そして同行人として、ゲルマニア、ロザリー、ラインが伴う事になる。だが同行人については、能力から判断したわけではない。
それを聞いて、ロザリーが不思議そうに尋ねる。
「……なら、何で私達を選んだの?」
「いや何、単純に親交があるメンバーを選んだだけだ。今回は隠密行動を基本とするから、馴染み深い連中の方が溶け込みやすいだろう」
潜伏先はアルゲッツェ城下町。敵の懐に入るならば、より一層の注意を払うべきだろう。溶け込めない様では、すぐに敵だと判明される。
しかし、ロザリーの疑問はまだ続くようだ。
「……それは分かった。なら潜伏方法はどうする?何かに偽装しないと、ばれる可能性が極端に高くなるよ」
「ああ……ちゃんと考えているさ。結論から言うと、俺達は『行商人』として、アルゲッツェ城下町で露天商を開くつもりだ」
アルゲッツェ城下町。北方原住民の子孫が暮らすその町では、日々様々な場所から行商人がやって来る。売買の対象となるのは、主に果実や酒、外国産の嗜好品だ。
宴をこよなく愛するパステノン国民にとって、行商人の存在は非常に大切である。一方の行商人も、利益を求めてパステノン王国まで商売をしに来る。
――これほど溶け込みやすい立場はないだろう。
「なるほど。商人として、ギャンブラーの動向を窺うわけですね」
「……だが、一つ問題がある」
「問題?」
「……俺達が偽装する行商民族だが、それが『カリウッド民族』に決定されたんだ」
――カリウッド民族。聞き慣れない単語だったのか、一同が疑問符を浮かべる。
だがフィールドだけは知っていたようで、粛々とした態度で述べる。
「カリウッド民族ですか。確か遥か西方の渓谷地帯に集落を構え、独自に開発した果実を売って生計を賄っているとか……。あと有名な点と言えば、世界でも稀な一夫多妻制を容認している民族ですよね」
「そうだ。何故カリウッド民族限定かと言うと、行商人入国時の身分証明に問題があってな。それぞれが異なった身分証明法があるようだが、それは門外不出の代物らしい。……だが幸い、ランドリオ帝国内でカリウッド民族の協力者が見つかったわけだ」
彼のおかげで身分証明に関してはクリアした。だがそれ即ち、行商人になるならば、『カリウッド民族の行商人』という選択肢しかないのだ。
「はあそうですか。でも、それの何が問題だというのです?」
「……」
最も言い難い点を突かれ、冷や汗を垂らすゼノス。
しばしの沈黙の後、神妙な面持ちで呟く。
「……カリウッド民族が行商をする場合、一つの条件があるらしい」
「条件、ですか」
「ああ。――行商は夫婦で行う事。既婚者のみが、外国での商売を許してくれるらしい。勿論、夫婦がいれば親戚や子供の同行も可能となる」
「へえ………………え?」
ゲルマニアが何かを察したのか、途端に表情を変える。ロザリーもまた呆気にとられ、生唾を飲んでいた。
その条件は、言わば身分証明法にも関わる問題だ。故に、これは絶対守らなければならない。
このメンバーの場合、役割分担は大いに限定される。
……すなわち、こうだ。
「俺が行商人の主人となり、アルバートは俺の祖父、ラインは兄貴となる。――――そしてゲルマニアとロザリーには、俺の妻になってもらうわけだ」
…。
……。
妙な空白が生まれる。
ゼノス達がゲルマニアとロザリーを窺うと……、
「…………」
「……ゼノスの……お嫁……さん?……私が……」
ゲルマニアは気絶し、ロザリーは頬を赤らめながら、同じ言葉を何度も呟いている。
――そう。
カリウッド民族が一夫多妻制で、そうした習わしがある以上、彼女達を妻として迎えなければならない。
勿論それは建前の話であり、本当に結婚するわけではない。
……だが二人は、しばし夢心地の気分となっていた。
※1月5日追記;挿絵を投稿しました。→http://6886.mitemin.net/i95598/




