ep1 第二回円卓会議
ハルディロイ王城の円卓の間にて、偉大なる騎士達と姫君が集っていた。
――第二回円卓会議。
記念すべき第一回はアリーチェの婚約式についてであり、そこにシールカード勢力に関する議論も交えた。……まあ議論というには程遠かったし、しかも曖昧な結果に終わってしまったが。
だが今回の会議では、きっと実りある議論が出来るだろう。
……帝国北方の境界線を挟んだ先にある『パステノン王国』。境界線を越えた先にて、大規模な謎の勢力が待機している。パステノン王国側の騎士団とは違うし、烏合の衆にしては妙に統率が取れている。
あらゆる状況から鑑み、ランドリオ帝国側はこの集団を『シールカード勢力』と判断した。
マーシェルから聞いた情報は勿論、ミスティカやアスフィがシールカードの気配を勢力内から感知したらしい。彼女等が断言するのであれば、事実と受け取ってもいいだろう。
彼等がシールカードと分かった以上、どんな行動を起こしてくるか。細心の注意を払う必要がある。
というわけで、今回の議題はこうだ。
――『シールカード勢力に対する対抗処置について』。
謎の勢力がシールカードだと分かった以上、こちら側も何らかの対抗処置を施さなければならない。
ゼノス達はその件について、様々な議論を行った。
北方の境界付近に六大将軍直属の部隊を総動員で配置し、更に二人の六大将軍を指揮官にするとか。そしてそこから更に発展し、まずはこちら側から奇襲をかけるか。または相手の出方を見計らい、地理的条件を活かした作戦を行使するか。色々な案が出てきた。
しかし、どうにも決定段階までいかない。
何故なら、これは会議途中から判明した事だが。
議論を交わし合う中、突如アスフィが円卓の間へと駈け込んで来たのだ。
彼女は息を切らしながら、ゼノス達にこう言い放った。
『ご、ごめんね皆!さっき勢力の気を追求してたんだけど……あの中にギャンブラーらしき存在が見当たらないの!……うう、気配を探っても見当たらないんだぁ』
と、危機感皆無の状態でそう告げてきた。
そして現在、その事実を聞かされた六大将軍とアリーチェは大いに悩む事となった。
「む、むう……ギャンブラーがいないと。じゃがアスフィ、シールカードが独自に動いている可能性はないのかの?」
アルバートの疑問に、アスフィは即座に首を横に振る。
「ううん、その可能性は薄いよ。確かにゲルマニアの様に、自分の力でカードの中から出てきた人もいるけど……あの勢力はギャンブラーによって召喚されている」
「……」
なら一体、ギャンブラーは何処にいるのか。
シールカード勢力を滅ぼしたとしても、ギャンブラーを倒さなきゃ意味がない。また新たな布陣を敷かれ、再度攻め入ってくる可能性がある。
机上に目線を落としていたゼノスは、ふとアリーチェに自分の考えをぶつける。
「……アリーチェ様。どうやら勢力に対抗する以外の行動を、我々は取らねばらならぬようです」
「……そのようですね」
彼女は真剣な表情で頷き、ゼノスの意図を承知する。
そこに一切の曇りはない。アリーチェは皇帝陛下として、堂々たる面持ちで議論に参加している。
ヴァルディカ離宮の騒動からまだ一週間しか経過していないのに、その変貌には皆が驚いた。特にゼノスに関しては、寂しい反面、喜びを隠せなかった。
リカルドの様に厳格を貫くのではなく、あくまで慈悲深い面を保ち続ける。しかし時折見せる素顔は、正に皇帝陛下の威光を醸し出していた。
少女の心を持ち、尚且つ皇帝という素顔も持ち合わせる。
六大将軍が最も望んだ姿であった。
――さて、それはさておき。
アリーチェは姿勢を正し、はっきりと言う。
「――皆さん、ここに新たな議論を付け足します。それはギャンブラーの捜索及び討伐について。シールカード勢力との対抗と並行し、これもまた行う必要があるでしょう」
それに対し、ユスティアラが同意する。
「然り……故にギャンブラー討伐部隊を編成する必要がある。だが姫よ、ギャンブラーの居所が分からぬ以上、部隊編成は叶わぬ。……まずは根拠を見つけねば」
「確かにその通りね。う~ん、根拠……根拠ねえ」
イルディエは頭を悩ませるが、それは早くも打ち切られる。
傍観していたホフマンが勢いよく立ち上がり、感銘を受けた様なポーズを取り始める。凄く大胆に、そして舞台役者の様に。
「嗚呼……その件に関しては心配しないで下さい。このホフマン、心当たりがございます」
「ほう、それは本当か。なら言ってみろ」
ユスティアラは不機嫌になりながら、隣に立つホフマンを睨み付ける。だが彼はそんな視線を諸共せず、軽快な口調で答える。
「勿論ですとも。――麗しき騎士達よ。恐らくギャンブラーは、パステノン王国の主城、『アルゲッツェ城』におわすかと」
「…………なるほどな」
ユスティアラとイルディエは、独自でその理由を察する。
だが円卓会議である以上、ホフマンの意図を明確に示す必要がある。演技に酔い痴れるホフマンでは上手く説明出来ないだろうと思い、その役目はゼノスが買う事にした。
「――パステノン王国とも経済的交流があり、かの国もまたシールカードと深い繋がりが存在すると聞いた。ギャンブラーが潜む可能性としては、王国の主城が一番高いと……そういうわけか?」
「ええ、ええそうですとも!追い求めるならばいざそこです。我等騎士が向かう先は、正に敵国の本丸なのです!……嗚呼。何と、何と抒情的な展開でしょうか……」
彼は感無量の涙を流し、ゾクゾクと身体を震わせる。
――駄目だこれは。
ホフマンの奇怪な行動に、一同がそう悟った。
「え、え~っと。では、ギャンブラー討伐部隊は編成する方向で。メンバーは六大将軍の者達が最善かと思いますが」
「ちょっと待って!王女様、それは今じゃ無理があるかも」
ふと、アスフィが止めに入ってくる。
彼女はいつの間にかゼノスの隣におり、しかもゼノスの肩を抱き込む姿勢でいる。今回は聖騎士の鎧を着込んでいないので、彼女の胸の感触が背中に伝わってくる。対処に困る状態だ。
それを見たアリーチェとイルディエは難しい表情を作る。……会議の場でなかったら、すかさず二人を引き剥がしにかかっていただろう。
今はそんな暇は無いので、アリーチェはただ聞き返す。
「……討伐部隊に、六大将軍を加える事ですか?」
「うん。ギャンブラーを倒すには、勿論六大将軍クラスの力は必要だと思う。でもアルゲッツェ城周辺には今、ちょっと特殊な制約がかけられてるんだ」
「――制約ってまさか」
驚きの反応を示したのはゼノスであった。
制約と聞き、あの忌々しい記憶が甦る。
マルスと戦った時、制約によってゼノスは苦戦を強いられた。あれは強力な拘束であり、どう足掻いても対処の仕様がないのだ。
ゼノスは生唾を飲み、慎重に尋ねる。
「その制約って……一体どういうものなんだ?」
「う~ん……簡単に言えば、強い波動を示す人を感知する仕掛けかな。下手に踏み込めば、六大将軍ならあっという間に察知されちゃうよ」
それじゃ色々と不都合でしょ?と、アスフィは付け足す。
当然だ。仮にギャンブラー討伐部隊を組むならば、同時にその部隊は隠密行動を行わなければならないだろう。
パステノン王国――もとい始原旅団は強大な勢力だ。かつては侵略国家とも呼ばれ、過去に幾つもの国を制圧している。中でも始原旅団の精鋭部隊は、アルバートから直々に鍛え上げられた猛者ばかりである。
戦いに発展すれば、六大将軍と始原旅団精鋭の激突は免れない。そうなれば城下町は愚か、周辺村落にも多大な被害が出る。
――マルスの故郷の様に。
皆もそれを理解しているからこそ、強行突破に出ようとは口が裂けても言えない。
アリーチェは疲労の溜息を漏らす。
「なら、他の策を練りましょう。となると――」
「こらこら王女様。無理だとは言ったけど、『今』は無理だって事だよ」
「……え」
驚くアリーチェ。しかし詳しい返答をせず、アスフィは右手の人差し指を軽快に動かす。
すると、指から不思議な光が発せられる。あまりの眩しさに皆が目を瞑るが、やがて光は収まっていく。
――沈黙する一同。
だがアリーチェだけは、席を立ち険しい瞳をアスフィにぶつける。
「ア、アスフィ。貴方一体何をッ!」
「まあまあ、そう怒らないでよ。別に危害を加えるものでは無いし。……う~んでも、ある意味では危害が及んでるのかなあ」
「何と無責任な……。ゼノス、どこか痛い所とかはありませんか?」
アリーチェに問われるが、ゼノスはすぐに答えなかった。
自らの両手をまじまじと見つめ、明らかに呆けている。
「ゼ、ゼノス?」
「アリーチェ様、どうか心配なさらず。身体は至って無事なのですが」
ゼノスは席を立ち、左手を前方に差し出す。
そして強く念じる。いつものように、自分の相棒であるリベルタスを発現しようとするが…………現れない。
何度呼び掛けても無駄だった。
「……リベルタスが出ない」
「え!?」
驚愕するアリーチェだが、更なる驚きが彼女を襲う。
ゼノスだけでなく、他の六大将軍達にも影響が出ているようだ。
「……解せぬ!なぜ氷魔人双手が出せない!?」
「それだけじゃないわよ、ユスティアラ。身体能力も落ちているし……これじゃ雑兵一人を相手にするのもやっとね」
試しにユスティアラが刀を抜き、誰もいない方向に振るう。
――変化は一目瞭然だ。
何とユスティアラの手から刀がすっぽ抜け、刀はホフマンの眼前へと突き刺さる。ホフマンは、「はひっ!?」という情けない声を上げ、泡を吹きながら昏倒してしまった。
ユスティアラは涙目になりながら、その場に両膝をつく。
「何たる無力……よもや……刀の扱いもまともに出来ぬとは」
遂に涙が零れ落ち、すすり泣くユスティアラ。イルディエが背中を撫でながら慰めるが、泣き止む事は無かった。
「いやあ、凄え力だぜ。俺も竜になる事が出来ねえし……これも始祖の力ってやつか」
「――なるほど、これで理解出来たわい」
アルバートは自分の手を握り締めながら、アスフィへと向き直る。
「六大将軍としての力を失わせ、常人にさせる。確かにこれならば、制約に縛られる心配はないじゃろう」
が、一つ大きな心配がある。
アルバートの不安を代弁したのは、他ならぬアリーチェであった。
「けれど、六大将軍の力が無いとギャンブラーには対抗出来ない。この力もまた、あまり意味が無い気がします」
「――でも、六大将軍以上の適役はいないと思う。幾多の戦場を乗り越えている彼等なら……上手く立ち回れると思うんだけどなあ」
そう言って、アスフィは挑発するように述べる。
とても無茶苦茶だ。力でなく、経験と知恵で此度の戦をこなして見せろと言うのだから。
しかし、ここは彼女の言う通りだろう。
ギャンブラー討伐部隊を編成するなら、六大将軍以上の適役は存在しないと思う。これ以外の方法が見つからないのならば、素直に受け入れるしかない。
……やるしかないのか。
沈黙を肯定と受け取り、アスフィは嬉しそうに頷く。
「うんうん、分かってくれたようで何より。……あ。あとね、隠密行動をするなら、勿論城下町に潜伏する必要があるんだよね?そう思ってさ、私なりに良い潜伏方法を考えてみたんだ」
「……言ってみて下さい」
「へへ、それはね…………」
アスフィは楽しそうに、その潜伏方法を説明する。
――聞き終えたゼノスは、茫然自失となった。




