ep0 極寒の王国パステノン
ゼノスは追われていた。
背後から迫り来る恐怖に怯えつつ、懸命に震える足を動かす。降り積もった雪に足を取られかけても尚、前進する。
「はあッ――はあッ――ッ!」
乱れる呼吸、高鳴る心臓。
ゼノス・ディルガーナは白銀の聖騎士と称えられ、数多くの武勇と伝説を築き上げてきた。例えどんな困難があったとしても、彼は怖じけず、勇猛果敢に戦ってきた。
そんな彼が、今は恐怖に顔を歪ませている。
――こんな感情は、生まれて初めてかもしれない。
「……ッ!?」
突如、ゼノスは背後から迫る者の声を聞いた。
微かだが、ゼノスの耳にははっきりと届いている。常人よりも耳が良いが、今はそれが仇となっている。
背後の恐怖は、確かにこう述べた。
『――逃がさない』
と、怒りを込めて。
怖かった。身震いが止まらなかった。ほんの些細なその言葉が、ゼノスに更なる恐怖を植え付ける。
「くそっ、くそォ!何で……何でこんな事に!」
悪態をつき、ゼノスは目前の突き当たりを右に曲がる。
ここは街の路地裏であり、迷宮にも負けない迷路が広がっている。入り組んだ場所を適当に彷徨って行けば、きっと奴を撒けるに違いない。
そう確信していた。
……なのに、現実は厳しい。
ふと、ゼノスはその足を止める。
自分が行こうとしていた先に、僅かだが気配を感じる。きっと奴の配下(?)が先回りをし、ゼノスを取り押さえようとしているに違いない。
「――ふっ。この俺が、そんな罠にかかるか」
余裕の笑みを見せ、彼は方向転換する。斜め左の登り階段を進み、奴から逃れようと二段抜かしで登る。
が、ゼノスは登りきる事が出来なかった。
「おごッ!」
何と、背後から鋭く投擲してきた物体が背中に直撃し、ゼノスは哀れにも階段から転げ落ちる。
物体――それはハリセンだった。
紙製なのに……まるで金属の様な手応えだ。
『もう逃がしませんよ……ゼノス』
「ひ、ひいぃッッ!」
素っ頓狂な声を上げ、近くの壁を背に震え上がるゼノス。
――遂に追い詰められてしまった。
目前の少女……紫色の長い髪に、凛とした緑色の瞳。簡素な村娘の衣装に身を包んだその悪魔は、ジト目でゼノスを睨んでくる。
そして少女の背後には……三人の悪魔も控えている。彼等は一様に、ゼノスを睨んでくる。
「あ、あぁ……頼む許してくれ。わ、悪気は……悪気は無いんだ!」
許しを乞おうとするが、時すでに遅し。
紫髪の少女にジャケットの襟を掴まれ、無慈悲にも引き摺られる。
「悪気が無いのなら、さっさと店番をして下さい!それでも怠いと仰るのなら……私、泣いちゃいますから!」
「あ、あ~……俺の、俺の自由を返してくれ~」
間の抜けた悲鳴と共に、ゼノスは元の場所へと戻される。
白銀の聖騎士、ゼノス・ディルガーナ。
彼は現在――ランドリオ騎士団の仲間と共に、北方の王国・パステノンの城下町で『行商人』として働いていた。
事の発端は、今から約二週間前。
第二回円卓会議での採決から、今回の出来事が始まったのである。
※30日の午後九時にep1を予約投稿しました。