ep23 戦争の兆し
レディオの町を出立し、一同は森の中を進んでいた。
人気もなく、鬱蒼とした樹林が行く手を阻む。
レディオを訪れる者は通常、ここから離れた正規の道――つまり整備された街道を通る。しかしゼノス達はあえて、人のいないルートを選んだ。
それには理由がある。
暫く歩み続け、少々開けた場所へと到達する。ゼノスは、「よし、ここまで来れば大丈夫だ」と皆に告げ、それぞれが近場の岩に座る。
ゼノスはゲルマニア、イルディエ、そしてジハードを見渡し、納得したように頷く。
「悪いな。重要な話をしたいから、人目につかない道を選ばせてもらった。ここでなら、誰にも聞かれる事はないはずだ」
彼はそう前置きし、続ける。
「……俺達はこれより、ランドリオ帝国へと帰還する。だがその前に、イルディエには色々と伝えなければいけない情報がある」
そう言って、ゼノスはイルディエを見据える。
だが彼女は、何故か即座に顔を背ける。……気のせいか、イルディエの頬は真っ赤に染まっていた。
「……イルディエ?」
「な、何でもないわ。いいから続けて」
そうは言うが、まだ正面から向き合おうとしないイルディエ。
エルーナに大胆告白をしてから、ついゼノスを意識してしまう。これではまるで、五年前のイルディエと同じではないか。
六大将軍となって以降、彼女は騎士として努めてきた。ゼノスとはあくまで戦友として交流し、自らの想いを封印してきた。
彼が行方不明となり、二年後になって姿を現した時は……涙が出るほど嬉しかった。彼に対する想いが一瞬露わとなったが、それでも何とか自制する事が出来た。
今回ばかりは、何故か歯止めが効かない。
だが今から重要な話が始まる。六大将軍という重役に就く者として、真面目に取り組まなければ。
頭をぶんぶんと振り払い、頬をぺちぺちと叩く。……ゲルマニアが複雑そうな視線を送って来るが、気にしないようにしよう。
ゼノスは咳き込み、場をとりなす。
「実はイルディエが眠っている間、マーシェルの取り調べが終わったらしい。奴はアルギナス牢獄内で、喚きながら自分とシールカードの関係を明かしてくれたそうだ」
取り調べ――それを拷問という形式で、洗いざらい吐かせた。少々手荒だが、死なない程度に実行したと信じたい。
彼の自室からシールカード勢力との同盟書が発見され、ユスティアラはこれに関してしつこく追及。最初こそ否定し続けたが、後に同盟を結んだと自白してくれた。
――だが、シールカード勢力については無知だった。
幾ら拷問を繰り返しても、知らないという一点張りであった。同盟は派遣されたエリーザが持ち掛け、彼女自身から話す事もなかった。
結局、マーシェルはシールカードによって一方的に利用されていたのだ。莫大な資金を提供し、ランドリオ皇帝という儚い夢に突き動かされていたのだ。
今思えば、哀れで救いようのない人間だと思う。
「――しかし奴は、エリーザとシールカード勢力との会話を盗み聞きした事があるらしい」
それは偶然の出来事であり、マーシェルは好奇心から会話の始終を聞いた。
……にわかに信じ難い話だが。
シールカード勢力は大幅に同志を増強させ、近々ランドリオ帝国に奇襲戦争を仕掛けるとか。もの凄く物騒な事実を、マーシェルは知ってしまったらしい。
イルディエは眉をひそめる。
「……信用に足る情報なのかしら?まさかユスティアラともあろう者が、敵の戯言を受け入れたとかではなくて?」
「そう思いたい所だが、ユスティアラも馬鹿じゃない。シールカード勢力の情報が国家規模で噂される以上、今は慎重を重ねる時だ。――俺達以外の六大将軍はハルディロイ城に常駐、帝国の有力部隊も国境付近を監視し続けている」
更に言うなれば、アスフィもハルディロイ城地下にて安静にしている。
彼女はイルディエの容態を心配し、わざわざゼノス達に同行していたが……帝国からの情報を聞いて、アスフィをハルディロイ城に返したのだ。こればかりは仕方ないので、彼女自身も納得していた。
「……そして、これは昨日やって来たジハードから聞いた情報だ。帝国最北端の監視部隊から報告があり、北国パステノン王国の大草原に――所属不明の大規模軍隊が待機しているらしい」
「――ッ。まさかそれって」
「ああ、ユスティアラの判断は正しかった。まだ明確ではないが、時期的に見ても……シールカード勢力と見た方が正しいと思う」
――パステノン王国。国の最北部は極寒の氷河地帯が続き、首都のある南部でも一年を通して雪が降っている。『雪原王国』とも呼ばれ、王国は始原旅団の管轄下にある。
アルバートが抜けて以降、始原旅団は得体の知れない組織と化している。
実際、ゼノスも始原旅団とは深い因縁がある。侵略を極端に好む彼等ならば、最悪シールカードと同盟を結び……共にランドリオ帝国へと侵入してくる可能性がある。
事態は深刻だ。
ゼノス達も早急にハルディロイ王城へと帰還し、すぐさま国境付近へと出張る必要がある。
「……なるほどね。でもそうなると、このルートだと何日もかかるわよ?徒歩だと数日……約一週間は費やすわ」
「そう言うだろうと思った。――だが安心してくれ。その為にジハードが此処にいるんだから」
今まで黙っていたジハードは、それを聞いて豪快に立ち上がる。
そして、意味もなく豪快に笑い始める。
「がははッ、俺に任せときな!男ジハード、帝国危機に参じてひと肌脱いでやるぜ!」
彼は、「とうっ!」と言って大きく跳躍する。
森を突き抜け、上空へと飛んだジハードは――その姿を異様なまでに変化させる。
服を破り、全身は漆黒の巨大な肢体となる。両手両足には太く鋭利な爪が生え、町一個を薙ぎ飛ばせる尻尾も伸びる。
裂けた口から尖った牙が覗き、鋭く大きな瞳が地上を見つめる。
――漆黒の竜帝・ジハードは翼をはばたき、地上へと急降下する。そして驚くイルディエ達に、その全貌を晒す。
『ふぃ~、変身完了っと。……あ、悪いゼノス。足の下にある木、全部踏み倒しちまった』
「そのぐらいなら大丈夫だろ。……それに、オリジナルサイズよりも大分縮小されているし、感心感心」
ゼノス達の呑気な会話を他所に、イルディエとゲルマニアは呆気に取られる。
それはそうだろう。何せ伝説上の生き物が、こうして目前に現れているのだから。
「……そうだったわ。この人は竜帝だったのよねえ」
イルディエは先の戦いを思い出し、ある意味で納得を示す。
だが初めてこの事実を知ったゲルマニアは、酷く混乱していた。
「え?え?何ですかこれ?竜帝は神話上の生き物で、ジハード様が竜帝で……へ?ど、どうなっているんですか!?」
『細けえ事はいいじゃねえか、へへ。――おら、俺ならハルディロイ王城までものの数時間で辿り着くから。さあさあ乗った乗ったぁ!』
「え、え~~~~~~~~ッ!?」
ゲルマニアの叫びだけが空しく響く。
ゼノス達は無理やり竜帝の背に乗せられ、彼は勢いよく地上を飛び立つ。
――第二次死守戦争を前に、彼等は急いでランドリオ帝国へと向かう。
四章終了
追記;12月24日午後五時更新=活動報告「次章の投稿予定日」を投稿しました。




