表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
四章 オアシスの踊り姫
123/162

ep22 再会と別れ



 時は現在に戻る。




 深い森林に覆われ、穏やかな川が村の中央を流れる。昼夜問わず七色虫の色鮮やかな発光に包まれ、幻想的な風景を創り出す。



 ここはレディオの町。険しい谷と森を超えた先にある小さな町であり、人口の殆どが医者だという珍しい場所だ。レディオには日々、世界中から患者が集まり、独特の医療技術が備わっている。



 町の沿革を辿ると、始まりはとある医者の隠居から始まる。



 今から数百年前。大陸一の医者が老齢に達した時、自らの隠居先を探して旅をしていた。長い旅路を経て、到達したのが今のレディオがある森だったらしい。



 最初こそ静かで平和な場所を求めていただけだったが、ここには患者の回復速度を速める空気が流れ、川の水には癒しの効果がある事が判明した。



 医者はここを治療に最適な場所として認め、いつしか多くの医者たちが集う様になった。これがレディオの町発足の起源とされている。




 そんな町の患者療養施設にて、イルディエは目を覚ました。




「……あら、ここは」



 彼女は寝ぼけた状態のまま、ベッドから下りて部屋窓のカーテンを開ける。



「……レディオの町じゃない。でも何でこんな所に」



 と、そこでイルディエは全てを思い出す。



 自分がヴァルディカ離宮で六大将軍と戦い、不死鳥の力を使って敗北した事を。恐らくヴァルディカの事件が解決し、イルディエはこのレディオへと連れて来られたのだろう。



 そうに違いない。イルディエはジト目で、後方を見やる。



「よおイルディエ。調子はどうだ?」



 イルディエに対し、同じ部屋にいる青年――ゼノスが問う。




 ゼノスだけではない。両脇にはゲルマニアとジハードも控えている。




 彼等は一心に目前の……箱?箱のガラス状部分から映し出されている映像に釘付けとなり、更には手に持つ何かで画面上の人物を操作していた。



「……ねえ、それ何なのかしら」



「ああ、これか。これは……あっ、てめ!」



 ゼノスは焦燥しながら、懸命に手に持つ何かで操作する。



「ふふん、ゼノス甘いですね!例え貴方が六大将軍でも、こちらの私は史上最強です!」



「はっはーッ!その意気だぜゲルマニア!格闘ゲームは力じゃなく、操作力と知性が問われるからな!」



 ジハードは豪快に笑い、ゲルマニアは得意げに鼻を鳴らす。



「やっぱりこの世界に持ってきて正解だったぜ。どうよゼノス、これで一稼ぎ出来ると思わねえか?」



「それは構わないけど、まず揃えるべき物が沢山あるだろう。……更に言えば、完成品を世に知らしめても意味が無いと思う」



「うぐっ!……へへ、そんなの百も承知だぜ。イエロードラゴンの連中に頼んで、技術提供も行おうと思ってたんだ」



 ジハードの言葉に、感心したようにゲルマニアが呟く。



「へえ、凄いですね。…………ところでこれ、どんな妖術の類で構成されているのですか?」



「「……」」



 ゼノスとジハードが沈黙する。



 この世界に『機械』という概念がない為、ゲルマニアには一生理解出来ない代物だろう。



「……ジハード。まずは機械の概念から教えてかないと」



「そ、そのようだぜ」



 一連の会話には、他方のイルディエも付いて行けない。



 どこから突っ込んだらいいか分からないし、これに関しては口を挟まない方がいいのかもしれない。多分、理解出来ない領域だ。



 イルディエは嘆息し、ベッドの上に座る。



「単刀直入に聞かせてもらうけど、ヴァルディカでの事件の経緯を話してもらえるかしら?まあその様子だと、結果は大体予想出来るけど」



 ゼノスはゲームに夢中になりながらも、イルディエに今までの経緯を簡潔に述べる。



 イルディエが気絶した後、アリーチェの助けにより意識を取り戻したこと。その後、ゼノス達はエリーザを倒し、マーシェルをアルギナス牢獄に連行。彼からシールカードについて詳しい情報を聞き出す間、ゼノスは傷付いたイルディエをレディオに連れて行ったこと。



 一通り話し終えると、彼女は頭を悩ませる。



「はあ、私の傷ってそんなに深刻だったの……」



「まあな。何せ竜帝の炎に触れ、ユスティアラの風姫刀をまともにくらったんだ。ここの医者が直さなきゃ、今頃お前はあの世行きだよ」



「……そう。体調は万全だし、どうやら良い医者に治療してもらえたようね」



「ああ。何せ、最高の医者に見てもらったんだからな」



 手に持っていたそれを置き(ゲルマニアが名指ししていたが、コントローラーと言うらしい)、ニヤニヤとするゼノス。



 最高の医者……。



「へえ、なら礼を言わなきゃね。私が起きた以上、もうじきランドリオ帝国に帰還しなきゃでしょ?」



「そうなるな。イルディエの看病にかれこれ一週間もかかったし、アリーチェ様も心配なさるだろう。……それに、シールカードに動きがあったようだ」



「……」



 自分が一週間も寝込んでいた。その事実にも驚いたが、イルディエの関心は後者にあった。



 シールカード、謎めいた集団に動きがあったとなると、帝国の安全も気になる所だ。



 早急に帝国へと帰還する為にも、今すぐ医者に礼を言う必要があるだろう。



「ちょっと行って来るわ。お医者様は何処にいるのかしら?」



「この施設の一階にある医務室にいる筈だ。言い終わったらさっそく出立……って、ゲルマニア!お前いつの間にかそこまで――ッ」



 ゼノスはまたもや焦り始め、もはやイルディエに語り掛ける余裕もない。ゲルマニアの猛攻に苦戦を強いられていた。



 ……ゲーム。よく分からないものだが、イルディエとて暇では無い。



 子供の様にはしゃぐ三人を置いて部屋を抜け出し、軋む廊下を歩いて行く。相当古い建物のせいか、全体の造りが老朽化している感じがする。



「……にしても、最高の医者ねえ」



 ゼノスの言葉を思い出し、くすりと微笑む。



 そういえば昔、レイダがエルーナの将来をそう決め付けていた気がする。




 ――あれから五年の月日が経過した。




 レディオと言えば、エルーナが医者になる為に向かった場所だ。そしてレイダが集中治療を受ける所でもある。



 二人は元気にしているだろうか。エルーナは無事に医者となり、レイダは……完治しただろうか。



 今更になって、五年前の不安が突如甦る。



「っと、ここのようね」



 イルディエは一階にある医務室前へと辿り着く。部屋の扉は他の扉とそう大差ないが、看板に医務室と書いてある。ここで間違いないだろう。



 とんとんと扉を小突く。



 すると中から、「どうぞ~」という間の抜けた声が響く。



「失礼するわ。私の治療をしてくれたようなので、礼を言いたくて――」



 イルディエが部屋に入り、言葉を紡ぐ途中。




 金色の長い髪が、イルディエの意識を奪う。




 惚れ惚れする程美しい髪であり、純白の白衣がそれとマッチしている。天使と言われれば、一瞬でもそうだと信じてしまうかもしれない。



 呆然とする中、椅子に座る医者がこちらを振り向いてくる。



 彼女は眼鏡を上げ、ニコリと微笑む。




 ――その顔を見ると、五年前の少女・エルーナと重ねてしまう。




「…………もしかして…エルーナ……なの?」



「ふふ、そうだよ~。当たり前じゃない~」



 彼女は相も変わらず、呑気な口調でそう答える。



 五年ぶりの親友を前に、イルディエは言葉を失っていた。



「どしたの、イルディエ?もしかして緊張してる?」



「そ、そんなわけないわよ。ただその……突然だったもので」



「あ~イルディエはそうだね。けど私は、かれこれ一週間もイルディエの治療担当にあたってたんだよ?どう、凄いでしょ~」



 それを聞いて、イルディエは更に驚かされる。



 自分の傷が竜帝やユスティアラから受けたものならば、相当有能な医者でない限り、治療は不可能だ。



 たった五年の歳月で、エルーナはここまで成長したというのか。



「……でも、イルディエも成長したよね。噂は愚か、今じゃ不死の女王として、多くの英雄叙事詩に出ているわけだし。むしろ私の方が驚いてる」



「……色々な経験をしただけよ。戦争とか、人殺しとかね」



「……」



 エルーナはしまったと思い、自分の発言に後悔する。



 イルディエがここまで上り詰めた理由は、単純に戦場での功績である。



 神話の化け物を殺し、侵略国の兵士を殺してきた。殺戮を知らなったあの頃と比べれば、良くも悪くも成長はするものだろう。




 しかし、自分の生き方を恥じた事はない。




 イルディエは軽く笑む。



「気にしなくてもいいわ。確かにこの手を汚してしまったけど、反対に多くを救ってきたと自負している。――騎士の誉れってやつね」



「そう。……相変わらず、前向きに生きてるんだね」



 エルーナは心底嬉しそうに答える。



 彼女とて同じ道を歩む者だ。医者として手術を行い、命を救えなかった場面もある。だが反対に、命を救ったケースも少なくない。



 患者の命を救う――それこそが医者の誉れ。イルディエの気持ちは重々理解出来るのだ。



「――それで、私に何か用かな?」



「ええ、まあ。私の意識も戻った事だし、今日中にはレディオを出ると思うの。私を治療してくれたお医者様に、一言お礼を言いに来たのよ」



「ああそういうこと。ふふ、どういたしまして」



「…………あと、もう一つ聞いておきたい事があるわ」



 イルディエは暗い表情となり、俯き加減のまま言う。



 エルーナは首を傾げる。



「どしたの?」




「……その、レイダさんに関してなんだけど。あの人は……元気かしら」




 勇気を振り絞り、思い切って尋ねてみる。



 レイダが利き腕を失い、かれこれ五年以上が過ぎた。当時は回復の余地も見えず、近い将来には死を迎えるだろうと宣告された程だ。



 例え彼女が既に死んだとしても、エルーナはレイダの闘病生活を目視してきた筈だ。ありのままの事実を、一度でいいから聞いておきたかった。



 エルーナは無表情となり、やがて眼を閉じる。



「……エルーナ?」



「…………傷は思った以上に深刻だったよ。レディオの医療技術なら再生治療も可能だと思ったけれど、腕の損失は免れなかった。結局の所、レイダさんは傭兵に復帰する事は出来ないよ」



「……」



 やはりそうか。



 だが彼女は視線を部屋の窓に向け、窓を開け放つ。



 爽やかなそよ風が頬をなでる。



 それと同時に、イルディエはある光景を目にする。



 遠く離れた先には、患者専用の休憩所がある。一面を森に囲まれ、眩しい陽の光が当てられた憩いの場所。清らかな小鳥の音色を聴きながら、幾人かの患者達は心地よさそうに、芝生の上で眠る者もいれば、楽しそうに遊ぶ者もいる。




 ――彼等の中に、ある中年の夫婦もいた。




 簡素なワンピースに包まれ、片腕だけの女性は、穏やかな表情で編み物を行っていた。その横で、夫が編み物の手伝いをしている。



 夫婦を見たイルディエは、言葉を失った。




 五年の歳月を経て、外見は衰えてしまったけれど。妻の方は間違いなく、あのレイダであった。




「ふふ、最近ようやく外出出来るようになったんだ。――戦士には戻れないけど、一般人としては生きられる。レイダさんも納得していたよ?」



「え……ッ!」



 イルディエは驚愕する。



 彼女は傭兵こそ自分の人生の全てであると言っていた。戦いこそが人生、戦争の出来ない自分など、自分ではない。彼女が自ら断言していた。



 そんな彼女を変えたものは……一体。



「レイダさんは言ってたよ。――『あたしの意思は、確かにイルディエに受け継がれたと思うんだ。……あの子を見守る事、それが今のあたしの生きがいさね』、と」



「…………そう、なんだ」



 声を震わせ、小さく呟くイルディエ。



 こんな自分の為に槍を与えてくれ、見守ると言ってくれた。それが嬉しくて、同時に恥ずかしくも感じた。



 ならイルディエが悩む必要もない。彼女自身がそう答えた以上、受け入れるしかない。



 幸せそうに過ごすレイダとその夫を遠目に、イルディエはお辞儀をする。



 お辞儀をし終え、今度はエルーナに感謝を述べる。



「有難う、エルーナ。……今抱える問題が済んだら、またレディオを訪れる。そして、今度はレイダさんに会いに行くから」



「うん、そうしてあげて。成長したイルディエを見れば、きっとレイダさんも喜んでくれるよ」



「そうね。……じゃあ、また会いましょう」



 イルディエは部屋を退出しようと、エルーナから顔を背ける。



「――イルディエ」



 ふと、エルーナが言葉を投げかけてくる。



 一体何かと思いきや――次の瞬間、イルディエの意表を突いた。





「――私はもう想いを伝えられないけど、イルディエならまだ間に合うよ。……ゼノス様の事、今でも好きなんでしょ?」





「ッッ!」



 イルディエは顔を真っ赤にさせ、目を見開く。



 どうやら図星だったようだ。年頃の少女らしい反応に、必然とエルーナの表情が綻ぶ。



 振り向く事はなく、部屋の扉を開けるイルディエ。



 退出しようとするが、彼女はその場で立ち止まる。そしてもごもごとした口調で、不安そうに問う。



「…………今まで躊躇してきたけど、肌が黒いからという理由で……拒絶されたりしないかな?」



「とんでもない!あの方がそんな偏見をするわけがないよ!イルディエが一番良く知ってるはずだよ?」



「……そ、そうだよね」



 イルディエは乾いた声で答え、部屋を出て行く。



 無言のまま退出したかと思われるが、エルーナは彼女が去る直前、はっきりとその言葉を聞き取った。



 五年前と変わらぬ、シャイな女の子が――








 いつか絶対、ゼノスに告白する……と。









 

 


※今更ですが、セラハのイラストをUPしました→http://6886.mitemin.net/i92192/ 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ