ep22 再会と別れ
時は現在に戻る。
深い森林に覆われ、穏やかな川が村の中央を流れる。昼夜問わず七色虫の色鮮やかな発光に包まれ、幻想的な風景を創り出す。
ここはレディオの町。険しい谷と森を超えた先にある小さな町であり、人口の殆どが医者だという珍しい場所だ。レディオには日々、世界中から患者が集まり、独特の医療技術が備わっている。
町の沿革を辿ると、始まりはとある医者の隠居から始まる。
今から数百年前。大陸一の医者が老齢に達した時、自らの隠居先を探して旅をしていた。長い旅路を経て、到達したのが今のレディオがある森だったらしい。
最初こそ静かで平和な場所を求めていただけだったが、ここには患者の回復速度を速める空気が流れ、川の水には癒しの効果がある事が判明した。
医者はここを治療に最適な場所として認め、いつしか多くの医者たちが集う様になった。これがレディオの町発足の起源とされている。
そんな町の患者療養施設にて、イルディエは目を覚ました。
「……あら、ここは」
彼女は寝ぼけた状態のまま、ベッドから下りて部屋窓のカーテンを開ける。
「……レディオの町じゃない。でも何でこんな所に」
と、そこでイルディエは全てを思い出す。
自分がヴァルディカ離宮で六大将軍と戦い、不死鳥の力を使って敗北した事を。恐らくヴァルディカの事件が解決し、イルディエはこのレディオへと連れて来られたのだろう。
そうに違いない。イルディエはジト目で、後方を見やる。
「よおイルディエ。調子はどうだ?」
イルディエに対し、同じ部屋にいる青年――ゼノスが問う。
ゼノスだけではない。両脇にはゲルマニアとジハードも控えている。
彼等は一心に目前の……箱?箱のガラス状部分から映し出されている映像に釘付けとなり、更には手に持つ何かで画面上の人物を操作していた。
「……ねえ、それ何なのかしら」
「ああ、これか。これは……あっ、てめ!」
ゼノスは焦燥しながら、懸命に手に持つ何かで操作する。
「ふふん、ゼノス甘いですね!例え貴方が六大将軍でも、こちらの私は史上最強です!」
「はっはーッ!その意気だぜゲルマニア!格闘ゲームは力じゃなく、操作力と知性が問われるからな!」
ジハードは豪快に笑い、ゲルマニアは得意げに鼻を鳴らす。
「やっぱりこの世界に持ってきて正解だったぜ。どうよゼノス、これで一稼ぎ出来ると思わねえか?」
「それは構わないけど、まず揃えるべき物が沢山あるだろう。……更に言えば、完成品を世に知らしめても意味が無いと思う」
「うぐっ!……へへ、そんなの百も承知だぜ。イエロードラゴンの連中に頼んで、技術提供も行おうと思ってたんだ」
ジハードの言葉に、感心したようにゲルマニアが呟く。
「へえ、凄いですね。…………ところでこれ、どんな妖術の類で構成されているのですか?」
「「……」」
ゼノスとジハードが沈黙する。
この世界に『機械』という概念がない為、ゲルマニアには一生理解出来ない代物だろう。
「……ジハード。まずは機械の概念から教えてかないと」
「そ、そのようだぜ」
一連の会話には、他方のイルディエも付いて行けない。
どこから突っ込んだらいいか分からないし、これに関しては口を挟まない方がいいのかもしれない。多分、理解出来ない領域だ。
イルディエは嘆息し、ベッドの上に座る。
「単刀直入に聞かせてもらうけど、ヴァルディカでの事件の経緯を話してもらえるかしら?まあその様子だと、結果は大体予想出来るけど」
ゼノスはゲームに夢中になりながらも、イルディエに今までの経緯を簡潔に述べる。
イルディエが気絶した後、アリーチェの助けにより意識を取り戻したこと。その後、ゼノス達はエリーザを倒し、マーシェルをアルギナス牢獄に連行。彼からシールカードについて詳しい情報を聞き出す間、ゼノスは傷付いたイルディエをレディオに連れて行ったこと。
一通り話し終えると、彼女は頭を悩ませる。
「はあ、私の傷ってそんなに深刻だったの……」
「まあな。何せ竜帝の炎に触れ、ユスティアラの風姫刀をまともにくらったんだ。ここの医者が直さなきゃ、今頃お前はあの世行きだよ」
「……そう。体調は万全だし、どうやら良い医者に治療してもらえたようね」
「ああ。何せ、最高の医者に見てもらったんだからな」
手に持っていたそれを置き(ゲルマニアが名指ししていたが、コントローラーと言うらしい)、ニヤニヤとするゼノス。
最高の医者……。
「へえ、なら礼を言わなきゃね。私が起きた以上、もうじきランドリオ帝国に帰還しなきゃでしょ?」
「そうなるな。イルディエの看病にかれこれ一週間もかかったし、アリーチェ様も心配なさるだろう。……それに、シールカードに動きがあったようだ」
「……」
自分が一週間も寝込んでいた。その事実にも驚いたが、イルディエの関心は後者にあった。
シールカード、謎めいた集団に動きがあったとなると、帝国の安全も気になる所だ。
早急に帝国へと帰還する為にも、今すぐ医者に礼を言う必要があるだろう。
「ちょっと行って来るわ。お医者様は何処にいるのかしら?」
「この施設の一階にある医務室にいる筈だ。言い終わったらさっそく出立……って、ゲルマニア!お前いつの間にかそこまで――ッ」
ゼノスはまたもや焦り始め、もはやイルディエに語り掛ける余裕もない。ゲルマニアの猛攻に苦戦を強いられていた。
……ゲーム。よく分からないものだが、イルディエとて暇では無い。
子供の様にはしゃぐ三人を置いて部屋を抜け出し、軋む廊下を歩いて行く。相当古い建物のせいか、全体の造りが老朽化している感じがする。
「……にしても、最高の医者ねえ」
ゼノスの言葉を思い出し、くすりと微笑む。
そういえば昔、レイダがエルーナの将来をそう決め付けていた気がする。
――あれから五年の月日が経過した。
レディオと言えば、エルーナが医者になる為に向かった場所だ。そしてレイダが集中治療を受ける所でもある。
二人は元気にしているだろうか。エルーナは無事に医者となり、レイダは……完治しただろうか。
今更になって、五年前の不安が突如甦る。
「っと、ここのようね」
イルディエは一階にある医務室前へと辿り着く。部屋の扉は他の扉とそう大差ないが、看板に医務室と書いてある。ここで間違いないだろう。
とんとんと扉を小突く。
すると中から、「どうぞ~」という間の抜けた声が響く。
「失礼するわ。私の治療をしてくれたようなので、礼を言いたくて――」
イルディエが部屋に入り、言葉を紡ぐ途中。
金色の長い髪が、イルディエの意識を奪う。
惚れ惚れする程美しい髪であり、純白の白衣がそれとマッチしている。天使と言われれば、一瞬でもそうだと信じてしまうかもしれない。
呆然とする中、椅子に座る医者がこちらを振り向いてくる。
彼女は眼鏡を上げ、ニコリと微笑む。
――その顔を見ると、五年前の少女・エルーナと重ねてしまう。
「…………もしかして…エルーナ……なの?」
「ふふ、そうだよ~。当たり前じゃない~」
彼女は相も変わらず、呑気な口調でそう答える。
五年ぶりの親友を前に、イルディエは言葉を失っていた。
「どしたの、イルディエ?もしかして緊張してる?」
「そ、そんなわけないわよ。ただその……突然だったもので」
「あ~イルディエはそうだね。けど私は、かれこれ一週間もイルディエの治療担当にあたってたんだよ?どう、凄いでしょ~」
それを聞いて、イルディエは更に驚かされる。
自分の傷が竜帝やユスティアラから受けたものならば、相当有能な医者でない限り、治療は不可能だ。
たった五年の歳月で、エルーナはここまで成長したというのか。
「……でも、イルディエも成長したよね。噂は愚か、今じゃ不死の女王として、多くの英雄叙事詩に出ているわけだし。むしろ私の方が驚いてる」
「……色々な経験をしただけよ。戦争とか、人殺しとかね」
「……」
エルーナはしまったと思い、自分の発言に後悔する。
イルディエがここまで上り詰めた理由は、単純に戦場での功績である。
神話の化け物を殺し、侵略国の兵士を殺してきた。殺戮を知らなったあの頃と比べれば、良くも悪くも成長はするものだろう。
しかし、自分の生き方を恥じた事はない。
イルディエは軽く笑む。
「気にしなくてもいいわ。確かにこの手を汚してしまったけど、反対に多くを救ってきたと自負している。――騎士の誉れってやつね」
「そう。……相変わらず、前向きに生きてるんだね」
エルーナは心底嬉しそうに答える。
彼女とて同じ道を歩む者だ。医者として手術を行い、命を救えなかった場面もある。だが反対に、命を救ったケースも少なくない。
患者の命を救う――それこそが医者の誉れ。イルディエの気持ちは重々理解出来るのだ。
「――それで、私に何か用かな?」
「ええ、まあ。私の意識も戻った事だし、今日中にはレディオを出ると思うの。私を治療してくれたお医者様に、一言お礼を言いに来たのよ」
「ああそういうこと。ふふ、どういたしまして」
「…………あと、もう一つ聞いておきたい事があるわ」
イルディエは暗い表情となり、俯き加減のまま言う。
エルーナは首を傾げる。
「どしたの?」
「……その、レイダさんに関してなんだけど。あの人は……元気かしら」
勇気を振り絞り、思い切って尋ねてみる。
レイダが利き腕を失い、かれこれ五年以上が過ぎた。当時は回復の余地も見えず、近い将来には死を迎えるだろうと宣告された程だ。
例え彼女が既に死んだとしても、エルーナはレイダの闘病生活を目視してきた筈だ。ありのままの事実を、一度でいいから聞いておきたかった。
エルーナは無表情となり、やがて眼を閉じる。
「……エルーナ?」
「…………傷は思った以上に深刻だったよ。レディオの医療技術なら再生治療も可能だと思ったけれど、腕の損失は免れなかった。結局の所、レイダさんは傭兵に復帰する事は出来ないよ」
「……」
やはりそうか。
だが彼女は視線を部屋の窓に向け、窓を開け放つ。
爽やかなそよ風が頬をなでる。
それと同時に、イルディエはある光景を目にする。
遠く離れた先には、患者専用の休憩所がある。一面を森に囲まれ、眩しい陽の光が当てられた憩いの場所。清らかな小鳥の音色を聴きながら、幾人かの患者達は心地よさそうに、芝生の上で眠る者もいれば、楽しそうに遊ぶ者もいる。
――彼等の中に、ある中年の夫婦もいた。
簡素なワンピースに包まれ、片腕だけの女性は、穏やかな表情で編み物を行っていた。その横で、夫が編み物の手伝いをしている。
夫婦を見たイルディエは、言葉を失った。
五年の歳月を経て、外見は衰えてしまったけれど。妻の方は間違いなく、あのレイダであった。
「ふふ、最近ようやく外出出来るようになったんだ。――戦士には戻れないけど、一般人としては生きられる。レイダさんも納得していたよ?」
「え……ッ!」
イルディエは驚愕する。
彼女は傭兵こそ自分の人生の全てであると言っていた。戦いこそが人生、戦争の出来ない自分など、自分ではない。彼女が自ら断言していた。
そんな彼女を変えたものは……一体。
「レイダさんは言ってたよ。――『あたしの意思は、確かにイルディエに受け継がれたと思うんだ。……あの子を見守る事、それが今のあたしの生きがいさね』、と」
「…………そう、なんだ」
声を震わせ、小さく呟くイルディエ。
こんな自分の為に槍を与えてくれ、見守ると言ってくれた。それが嬉しくて、同時に恥ずかしくも感じた。
ならイルディエが悩む必要もない。彼女自身がそう答えた以上、受け入れるしかない。
幸せそうに過ごすレイダとその夫を遠目に、イルディエはお辞儀をする。
お辞儀をし終え、今度はエルーナに感謝を述べる。
「有難う、エルーナ。……今抱える問題が済んだら、またレディオを訪れる。そして、今度はレイダさんに会いに行くから」
「うん、そうしてあげて。成長したイルディエを見れば、きっとレイダさんも喜んでくれるよ」
「そうね。……じゃあ、また会いましょう」
イルディエは部屋を退出しようと、エルーナから顔を背ける。
「――イルディエ」
ふと、エルーナが言葉を投げかけてくる。
一体何かと思いきや――次の瞬間、イルディエの意表を突いた。
「――私はもう想いを伝えられないけど、イルディエならまだ間に合うよ。……ゼノス様の事、今でも好きなんでしょ?」
「ッッ!」
イルディエは顔を真っ赤にさせ、目を見開く。
どうやら図星だったようだ。年頃の少女らしい反応に、必然とエルーナの表情が綻ぶ。
振り向く事はなく、部屋の扉を開けるイルディエ。
退出しようとするが、彼女はその場で立ち止まる。そしてもごもごとした口調で、不安そうに問う。
「…………今まで躊躇してきたけど、肌が黒いからという理由で……拒絶されたりしないかな?」
「とんでもない!あの方がそんな偏見をするわけがないよ!イルディエが一番良く知ってるはずだよ?」
「……そ、そうだよね」
イルディエは乾いた声で答え、部屋を出て行く。
無言のまま退出したかと思われるが、エルーナは彼女が去る直前、はっきりとその言葉を聞き取った。
五年前と変わらぬ、シャイな女の子が――
いつか絶対、ゼノスに告白する……と。
※今更ですが、セラハのイラストをUPしました→http://6886.mitemin.net/i92192/




