ep21 それぞれの行く先
アグリムの死亡後、その後処理は淡々とこなされた。
生きている奴隷達は解放され、マハディーン王国が彼女達を保護する事となった。幸い、生き残った奴隷は精神崩壊を来しておらず、今後社会復帰の可能性が期待できるだろう。
更にトル―ナに関しても、王国側は大胆な動きに出た。
王国は騎士団を派遣し、ウズファラの指揮下で残存部隊の掃討を行った。アグリムが死んだと聞き、降伏する者もいれば、その場で自害した者もいた。
これからのトル―ナは、王族直属の親衛部隊の下、マハディーン王国唯一のオアシス都市として厳重な管理がなされるだろう。奴隷売買の規制も本格化され、町の治安も変化していくかもしれない。
あとこれは蛇足かもしれないが、ラインという暗殺者について。
彼はアルバートに、ランドリオ騎士団入団を希望したらしい。ゼノスが傭兵団を抜け、騎士団に入る事も知っていたようだ。
ゼノスやイルディエは反対したが、何故かアルバートは彼を受け入れた。
理由は……よく分からない。ラインとは何度か話し合ったそうだが、何度聞いても内容を教えてくれなかった。
しかし、ラインはランドリオ帝国に向かう前、ゼノスにこんな一言を残して行った。
『僕は君から色々と学んでみたい。過去の過ちを清算する為にも、君と言う正義から享受させて貰うよ。……力の使い方というやつをね』
その言葉が何を意味するかは、おおよそだが分かる。
暗殺者として生きて来た彼。自分の生き方を変える為に、そうした大きな決断をしたのだろう。
ラインという男とは、長い付き合いになるかもしれない。
……さて、最後はレイダについてだ。
フレイジュ火山地帯での死闘で、レイダは片腕を失った。
利き腕の損失は、傭兵としての生命を絶たれたも同然。しかも医者に尋ねた所、彼女は集中治療を受ける必要があると言われた。適切な処置をしなければ、いずれレイダはその傷が原因で死ぬかもしれない。
――死闘から三日が経過した頃、話し合った結果、レイダはレディオの町で治療をする事になった。レディオの町には優秀な医師団体がおり、その名声は世界中に広まっている程だ。
きっと、そこでならレイダも助かるかもしれない。
一同がそう願いつつ……レイダと別れる時が来た。
もはや慣れ親しんだグライデン傭兵団の隠れ家。
しかし、この隠れ家はまたもぬけの殻となるだろう。
照り輝く日差しの下、隠れ家の門前には幾人かの人々がいる。ゼノスやイルディエ、エルーナ、アルバートは勿論……車椅子に座るレイダと、数人のグライデン傭兵だ。
――今日、レイダはレディオへと旅立つ。
「……しけてんねえ」
ふと、レイダが苦笑まじりに言ってくる。
ゼノス達が俯いていたせいか、その場の雰囲気が暗くなっていたのかもしれない。彼女はそういう空気が大嫌いだった。
「心配しないでおくれ。このあたしが、こんな傷で死ぬと思ってんのかい?」
「……でもレイダさん。トル―ナのお医者さんの話だと、例え手術しても……成功する確率が限りなく少ないって……」
言いかけて、イルディエは自分の口を押える。
だがそんな事は気にせず、レイダは笑いながら答える。
「ま、なんとかなるさね。……それに、『未来のお医者様』もご同行なさるんだ。むしろ直ると確信してるよ」
そう言って、横に佇むエルーナの頭をポンポンと叩く。
イルディエは心配そうに、エルーナへと振り向く。
「……エルーナ」
「もう、心配性だなあ~イルディエは。言っておくけど、これは私が決めた事だよ?」
彼女は愛嬌ある笑みで、イルディエを納得させようとする。
――昨日、エルーナは急に医者になりたいと言い出した。
レイダが傷付いたのは自分のせいだし、自分の手でレイダを直してあげたい。様々な恩を返す為に、レディオで医学を学びたいようだ。レディオでは医療専門学校も設置されているので、その夢も叶うだろう。
ゼノスは反対しない。むしろ彼女の意思で選んだ事に喜びを覚え、素直に応援したいと思う。
しかし、イルディエは複雑なのだろう。お互いは何かと喧嘩していたが、いつしか親友という関係に至った。離れがたい存在故に、分かれるのが一層辛かった。
共に行きたいという気持ちもあるが……それは出来ない。
エルーナはイルディエへと近寄り、その手を握る。
「――イルディエも、やりたい事が出来たんでしょ?だったらお互い頑張って行こうよ。ね?」
「……うん」
イルディエは零れ落ちそうな涙を拭い、笑顔で答える。
「ふふ、その調子だ。まあ名残惜しい面もあるけど……あんたはゼノスと共に歩むと決めたんだ。遠くから応援してるよ」
「有難うございます」
イルディエは深々と頭を下げる。
――彼女はアルバートの勧めにより、ランドリオ騎士団に入団する事にした。
不死鳥の力は勿論、彼女自身に宿る潜在能力は非常に素晴らしい。ゼノスと同様、才能有りと判断したアルバートは、躊躇なく誘ってみたのだ。
返事は早かった。ゼノスもまた聖騎士として入団する以上、イルディエの居場所もそこしかない。……ランドリオ騎士として、多くの人々を救っていくつもりだ。
だからこそ、レイダやエルーナと別れなければならない。
「……っと、そうだ。イルディエ、あんたに渡したいものがある」
「渡したいもの…ですか?」
疑問符を浮かべるイルディエを他所に、レイダは後ろの団員に軽く目配せをする。団員は静かに頷き、布に包まれた長い何かを持って来る。
イルディエにそれを渡す団員。「布を解いてみな」と促すレイダに従い、イルディエは布を解いていく。
「これは……槍?」
「そ、練習の時に使ったやつさ。実はこいつ、ちょっとした優れものでね……。あたしの相棒でもあるから、大事に使ってくれよ」
「え、でも…………」
反論しようとするが、レイダはそれを止める。
「細かい事はいいさ。――あんたに使って欲しいから渡す。不死鳥の力は確かに便利だが、頻繁には使えないだろう?人としての武器はあるに越した事はない」
レイダの意図を聞き、イルディエは感極まった様子で立ち尽くす。
「……レイダさん」
イルディエは何度も何度も頭を下げてくる。今度は涙をぼろぼろと零しながら、感謝の念に包まれる。
「さてと……そろそろ行こうかね。ウチの旦那が心配する前に」
レイダは後腐れもなく、団員に車椅子を引かれて遠ざかる。
そしてエルーナも行くかと思いきや、彼女はゼノスの前に立つ。
唐突に、深くお辞儀をしてきた。
「――ゼノス様。本当に、本当に有難うございました。こんな私を救ってくださって…………このご恩は、いつかきっと返します。必ず」
「気にするなよ。けどもし恩返しを願うならば、俺はエルーナの幸せを望む。――立派な医者になって、お前なりの方法で人々を救いたいんだろ?」
「は、はい」
「ならそっちを頑張ってくれ。……平和を望む者同士、頑張って行こう」
彼女は頬を染め、頷く。
奴隷という経験から、エルーナという少女は医者になりたがっている。
ゼノスと別れる事は死ぬほど辛いが、仕方ない。
エルーナは涙を見せまいと顔を背け、去りゆくレイダの後を追う。
ゼノスは後ろからジッと見つめ、やがて自らの剣を胸元で掲げる。これはグライデン傭兵団でのしきたりであり、武運を祈る時によく使われる。
言葉にするより、ずっと分かりやすい。そしてゼノスから別れを言うつもりは無い。いつか再会できると信じて……今は二人を見送るのだ。
レイダ達が見えなくなった所で、ようやくアルバートが口を開く。
「よし、では儂達も向かうとするか。――武を極めた者達が集う、ランドリオ帝国へとのう」
「……ああ!」
勢いよく返事をし、白銀の鎧を入れた布袋を担ぎ、一歩を踏み出そうとする。
が、イルディエに後ろから襟を掴まれる。
「ちょっと待って下さい、ゼノス」
「ごほッ……ど、どうした?」
少々喉を絞められたゼノスは、咳き込みながら尋ねる。
イルディエは恥ずかしそうにしながら、しばし赤面状態でいる。
深呼吸を重ねた後――彼女は唐突に妖艶な笑みを見せ、彼女らしくない雰囲気を醸し出す。
「――ふふ、これからも宜しくねゼノス。貴方の足手まといにならないよう、精一杯努力するつもりよ」
「……あ、ああ。でも何で口調を変えたんだ?」
「そ、それはあれよ。臆病な性格じゃ騎士はやってられないし、丁寧口調だと馬鹿にされるかもしれない。うん、これなら大丈夫そうですね。……じゃなくて、大丈夫そうね」
「…………」
何がしたいかよく分からないが、彼女には彼女なりの決意があるのだろう。とても似合わないが、今は何も言うまい。
――奴隷だった少女は、不死鳥の力とレイダの相棒を手にする。
これから彼女を待ち受けるのは、人種差別という問題だけではない。騎士団に入る以上、戦争は避けられない。
戦争では人が死ぬ。恨みもない人間を殺す機会が増える。例え理不尽だと思う所業でも、素直に受け止めなければならない。
……とても辛い世界だ。
だから戦争が終わった時は、アステナの教えを守るようにしよう。
アステナ民族は、踊りをこよなく敬愛する。どんなに辛い事があっても、彼等は踊る事で鬱憤を晴らす。
……そうして生きて行こう。
これから先、どんな運命が待っていたとしても。
――もう、立ち止まらないようにしよう。




