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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
一章 最強騎士の帰還
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ep11 姫と騎士の語らい(改稿版)




 ゼノスが一週間後の模擬試合に思いを馳せている一方、とある少女騎士もまた頭を悩ませていた。




「……怪しいですよね。いや、絶対に怪しい」



 その少女騎士――ゲルマニアは就寝前の一仕事をする為に、皇族が住まう離宮への回廊を歩いていた。だがリカルドはその離宮に住んでいないため、実質アリーチェ皇女殿下の住居と化している。通り過ぎる者にも下賤な貴族は存在せず、彼女に付き従うメイドや執事ばかりだ。



 彼等はゲルマニアを見かけると即座に立ち止まって頭を垂れてくるが、彼女は意に介すこともなく、ただ悩み続けているばかりである。



 悩みとはもちろん、例のシルヴェリアの見習い騎士についてだ。



「見習いとは言っていましたが、あの雰囲気はどうも只者じゃありませんね。……有能な戦士を雇用した?いや、にしても扱いが下っ端同然ですし……」



 率直な感想だが、あの男は普通ではない。



 思い当たる節は沢山ある。握手をした時の感触、何気ない口調に含まれる威圧的な覇気、そしてあのリールカードをも追い返した実力。彼自身はあえて口を閉ざしているが、戦闘によって撃退したのは間違いないだろう。



 それも一人で。たった一人で、シールカードの集団に勝つなど常軌を逸している。過去の事例でも、千人規模のランドリオ騎士が討伐に赴いても勝てなかったものがある。結局そのシールカードは六大将軍の一人が打ち倒したが、世間の批評は厳しいものであった。



 幾ら六大将軍とはいえ、単体でシールカードに勝てるのか?奴等は神獣などとは比べ物にならない。決して勝てるわけがない……などと、実際見たことのない連中はそう結論づけている。



 シールカードの恐ろしさは、ゲルマニア自身も承知している。



 あれは人智を超えた魔物だ。ギャンブラーはそれ以上の存在であり、幾多もの英雄が既に敗北を体験している。



 そんな危険な存在を――彼一人が?いや有り得ない。



 たとえ有り得たとしても、それはもはや人間としての基準値をはみ出している。そんな事が出来るのは、極限られていたはずだ。




 例えば――六大将軍とか。



 ゲルマニアは今はいない六大将軍を思い出し、喉をごくりと鳴らす。




「……いや、まさか彼なわけがない。実力を疎かに扱い、その身を低くするなど考えられない」



 ゲルマニアは今でも彼を――白銀の聖騎士を尊敬している。



 数年前までは聖騎士の人形劇を見て、英雄譚を聞いて、目を輝かせながら彼の物語を待ち焦がれていた。他の子供たちも揃って聞き惚れ、よく村では聖騎士と化け物を装って英雄ごっこなんて遊びが流行ったほどだ。



 白銀の聖騎士……ランドリオ帝国の英雄にして、同じ六大将軍と実力を連ねる圧倒的な存在。



 普通の村娘は純情に彼を想い、彼の夢を見続けてきた。普通の男たちは彼のようになろうと、ひたすら自分を研鑽してきた。



 聖騎士は皆にとって、憧れの対象であった。この場にいるゲルマニア自身も、彼を崇拝し、雲の上の存在として記憶していた。



 ――しかし、今は違う。



 現在はシールカードであり、ランドリオの騎士ともなった。



 願わくば、彼のいた時期になりたかったが…………でもまだ、可能性はあるに違いない。戻ってくれば夢は叶うのだから。彼に従う騎士になるという――淡い希望が。



「……聖騎士様、何処におられるのですか」



 その為にも探さなければならない。



 国の未来のために、自分のために、そして――――



 ――と、そんな考えを何度も繰り返している内に、ゲルマニアは目的の部屋へと辿り着いた。



 ここはランドリオが誇る皇女、アリーチェ姫の部屋である。



 彼女はリカルドの正室に迎えられる予定のため、その身の安全を保障すべく、ここ最近は離宮に軟禁状態となっている。故に彼女は暇を持て余しており、皇女側近であるゲルマニアが、必然とお相手しているのが現状である。



 ……可哀想な話だが、こればかりは仕方ない。



 暴君になりつつある彼を止められる者は、誰もいないのだから。



 ゲルマニアは吸って、吐いて、吸って、吐いてと軽く深呼吸を行う。



 そして、自分に言い聞かせるように呟いた。



「……いつ来ても慣れないですね。初めて来た時は、まさか姫様の部屋に行くとは思わなかったから……無理もないか」



 ゲルマニアは元村娘であった。北のエトラス山にあるエトラス村の出身で、今でも貧しかった頃の名残が抜けていない。今でこそ一日三食、それもバランスの摂れた料理を食べているが、昔は一日パン一個だけという日もあった。



 だからこんなにも豪奢な部屋に来ると、どうしても心臓の鼓動が早くなる。これは元々の性格所以かもしれないが……貧しかった頃と比べているのもまた事実である。



「ふう。ま、ずべこべ言っても何ですし」



 ゲルマニアは気持ちを切り替える。ドアに近づき、コンコンと軽くノックする。



「姫様、ゲルマニアで御座います。入っても宜しいでしょうか?」



 間髪を入れずに、部屋から声が返ってきた。




「ええ、どうぞ入って来てください」




 それでは、と遠慮を込めてゲルマニアは入室する。




 豪奢な造りの部屋。天蓋付きのベッドが置かれ、如何にも高そうな調度品があらゆる箇所に置かれている。



 そんな目もくらむような部屋の窓辺に、孤独に座る一人の少女がいる。窓を眺めていたその瞳をこちらに向けて、慈母の如き笑みを浮かべてくれた。




 ……いつ見ても、この人は美しい。




 皇女アリーチェ・ルノ・ランドリオ。年齢は十六であるのに、発せられるオーラは姫としての風格を大きく漂わせている。



 器が広く、尚且つ心優しいお方でなければこのような感覚は感じもしないだろう。



 そして、姫様は外見でも他者を圧倒している。



 姫のイメージを感じさせる豪華なドレスではなく、公な行事以外は純白のワンピースに身を包み、肩にまで行き届いた金髪をなびかせている。蒼玉のような色の瞳は一点の曇りもなく澄んでおり、同性であるゲルマニアでさえ息を呑む。



 世間で『美姫』と呼ばれるのも無理はない、そう納得するしかなかった。



 彼女は微笑みを絶やすことなく、ゲルマニアに語り掛けてくる。



「……今日も苦労をかけてすいませんでした、ゲルマニア」



 儚い印象をこめた言葉に、ゲルマニアはしっかりと応じる。



「はっ、もったいなきお言葉。姫の要望に応えるのが騎士の役目であり、一寸の苦もございません」



 ゲルマニアが片膝を付こうとすると、姫様はそれを止めた。



「ふふ、二人のみで堅苦しい話は止めましょう。なにせ、ゲルマニアとはそう歳も違わないのですから。……いえ、むしろ貴方の方が歳は上なのですから。気さくに語り掛けて下さいな」



「は、はあ……。それよりも姫様、今日も始めましょうか?」



「あ、そうですね。――では、今日は何を話してくれるのですか」



 こうして、私の一日の最後の仕事が始まった。




 内容は、とある騎士の話。



 覇道を極めた男の――壮絶なる人生。




「うーん……、そういえば、炎獄の魔人討伐の話はしましたっけ?南にある砂漠の国で起きた……」



「ええ、それは一昨日聞きましたね。聖騎士様が砂漠大陸の活火山に赴き、魔人を倒したあの話は、本当に胸が躍る気分でしたわ!」



 アリーチェは目を輝かせながら答える。



「私もあの話は好きですよ。……という事は、次はあれですね」



 そう、ゲルマニアは聖騎士様の英雄譚を姫に話す約束をしていた。



 全ては村で聞いたものばかりだ。それでも姫様は熱心にお聞き下さり、終える度に彼の偉大さを噛みしめていた。



 アリーチェは彼の英雄譚をあまりよく知らない。彼とは何か深い関係があったらしく、こうして少しでも聖騎士の存在を記憶に書き留めようと必死になっていた。



 まるで、昔の自分のようだ。



「……よし」



 さて、今日も聖騎士の英雄譚を語ろう。



 ――これは、多分今までで一番活躍した話だと思う。





 ゲルマニアは詩人になった気分で語り始めた。

















 今から二年前のこと、ランドリオは存亡の危機にありました。



 それは同時にシールカードの目覚めを示し、世界を滅ぼす者と人類の戦争を意味する戦いの始まりでもありました。



 聖騎士様はその事に対して嘆かれ、そして決心しました。



 止めて見せよう、この地獄の始まりを。



 我が祖国の為、我が敬愛する民と主君の為に。



 この身が尽きようと、屈強たる魂は不滅の刃と化し、必ずや闇の終焉を約束してみせよう――と、彼は姫君の御前で仰いました。



 聖騎士様は女神より与えられし神剣リベルタスを右手に、魔界の王より簒奪せし盾ルードアリアを左手に携え、代々の聖騎士に受け継がれてきた重厚なる鎧と兜を全身に帯びました。



 そして――皇帝より授かりし赤きマントを翻し、彼は戦場へと赴きました。



 敵は一にして万に値する史上最強の怪物、ランドリオ軍はわずかにして大半が瓦解しました。



 それから数日後には、ごくわずかとなったランドリオ軍だけが戦場に立ち、聖騎士様は怪物と対峙していました。



 所々に深手の傷を負いつつも、彼は仲間と共に戦場を駆け抜けました。



 三カ月の死闘の末、彼はようやく怪物を封印させました。



 しかしその頃には仲間を逃がし、一人で怪物を駆逐した後には自らも瀕死の重傷を負っていたといいます。



 ――それ以降、彼の消息は途絶えました。



 聖騎士様を称える人々もいれば、戦場となった村人達の罵倒と怨嗟の声を上げるものもありました。



 ……それでも、聖騎士様はランドリオを救いました。



 忠実なる騎士として、彼は単独で挑んだのです。



 その忠誠心と強さは、今の騎士達の尊敬と伝説の対象となったのです――






 白銀の聖騎士よ――我らが、救国の英雄よ

















「……この話はもしや」



「はい、これはランドリオ死守戦争での英雄譚でございます。少々叙事詩的ではあるものの、聖騎士様に付き従っていた吟遊詩人自らが語られた話です」



 ――この話は、姫様にとって辛いでしょうけど……



 何せこの時期に起きた戦争を理由に、聖騎士様は行方不明になられたのだ。彼の身分からして、姫と交流があったのは言うまでもない。



 現実的な話をすると、彼の評価はここで大きく分かれた。



 民衆は国の災厄と謳い、一時期は聖騎士を死刑にしろという声まで上がった。騎士団も様々な派閥に分かれ、聖騎士に対して嫉妬を抱いていた有力騎士たちは……聖騎士を除名処分にしろと告げてきたほどである。



 もちろん未だに聖騎士を擁護する派閥も多く存在し、どちらかというとそちら側の方が数を占めている。六大将軍を含めたランドリオ騎士達が必死に阻止を企てたが、やはりそれもリカルドに邪魔をされた。結果として白銀の聖騎士は六大将軍の地位を剥奪さているが、それでも尚、国民の論争は収まらない。



 本当ならばこの事実を話すべきだろうが……ゲルマニアはそうしなかった。



 姫は今、悲しんでおられるだろうから。これ以上悲しませることは出来なかったからだ。



「……有難うございます、ゲルマニア。あの戦争のことを、少しでも教えてくれて」



「いえ、これは当然のことです。リカルドの監視がなければ、もっと早くに告げるべきでした。……それで、その、一つお聞きしても宜しいでしょうか?」



「何でしょう?」



 ゲルマニアは言おうとした瞬間、戸惑いがよぎった。



 出過ぎた発言だというのは承知だ。一介の騎士が姫の私情に口を挟むのは、従事する側の特権ではない。



 しかし、しかしだ。



 ゲルマニアの意志は抑えきれなかった。



 聖騎士への思いにふけたかのように、アリーチェは恍惚とした表情でぼうっとしている。――今の彼女の中で、聖騎士という存在はどの位置に佇んでいるのか?



 単なる僕?それとも一緒にお茶を飲むような友達?……そうでなければ?



 まだ村娘としての少女めいた幻想が漂っているせいか、彼女は同じ女として、聖騎士様との関係が知りたかった。……本当に、本当に出過ぎた真似かもしれないが。



 それでもゲルマニアは迷いを断ち切り、言い放った。



「……姫様は、昔聖騎士様とはどのようなご関係だったのですか?」



「関係、ですか?」



 アリーチェに不思議そうに首を傾げる。



 ああ、言ってしまった……。



 後悔はしていないが、無性に恥ずかしかった。



 これではただの、野次馬か嫉妬する乙女ではないか、と。こんな事、姫様が気軽に仰ってくれる訳がない、と。



 ――しかし、予想とは裏腹の返答が返って来た。



「……そうですね、例えるならば――初恋の相手ですかね」



「――ッ。そ、それは本当ですか?」



 姫様は抑揚をつけて、嬉しそうに述べた。



 その表情は、正に恋する純情な乙女のそれだった。姫様の笑顔には、普通の女の子と大差ないイメージを浮かび上がらせてくれる。



 やっぱり、とゲルマニアは納得した。



 この方も、聖騎士様に恋をしておられたのだ、と。



「……とはいえ、私の片思いかもしれませんね。彼の周りには常に少女達がいましたし、恐らく私を意識した事など、ないのかもしれません。私は、引っ込み思案な性分がありますから」



「――そ、それはないかと。姫様程の美貌の持ち主です。きっと聖騎士様も見惚れていたと思いますっ!」



「ふふ、だと良かったのですが」



 小鳥が囀るように言い、相も変わらず微笑んでいた。哀愁を秘めた笑顔を……。



 ――ゲルマニアは決意した。



 もしも、聖騎士様がこのランドリオにいるのなら、絶対に姫様と再会させてみせる。これは絶対である。



 そう思ったゲルマニアは、またいらん事を述べた。



「ひ、姫様!私、絶対に聖騎士様を見つけ出してみせます!」



「……ゲ、ゲルマニア?」



「私は御身の為にあります!姫が困る事、それすなわち私の悩みでもあります!ですから、ですから必ず見つけてみせます!それも早急に!」



 頭に思い浮かんだ言葉を羅列するゲルマニア、それに姫様はどう答えようか戸惑っていた。



 が、それも一時だった。



 姫様は潤んだ瞳を向け、静かにゲルマニアの元へと歩んでいった。



「――有難う。私を思って言って下さったのですね」



「……吉報をお待ちください。近い内、先の言葉が虚言ではない事を明らかにしてみせましょう」



「……無茶だけは、しないでくださいね」



 ゲルマニアは無言で頷き、騎士団独自の胸に手を押し当てる敬礼を行った。これは騎士にとって最低限の礼儀である。



 そろそろ姫様が就寝なされる時間だ。これ以上の長居は不敬に値すると判断したゲルマニアは、姫様に背を向ける。




 今日の仕事は終わった。




 さあ――明日は忙しくなりそうな予感がしてならない。



 部屋を退出した後、圧迫されそうな心を何とか保たせるのに精一杯であった。



 なぜだかは分からない。――ただ、








 明日には何かが変わる。そんな気がしてならない……。







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