ep18 初代聖騎士の正体
夢か幻か……いや、この際どうでも良い疑問だろう。
現にゼノスは、この世界を肌で感じている。全てが色鮮やかに体現され、吹き抜ける風も頬を撫でる。全てが忠実に再現される等、幻想世界では有り得ない事だ。
――そして勿論、押し寄せる聖騎士達の波動も。
かつてないほど、ゼノスはその身を震わせる。特に、カスタリエと名乗る二代目聖騎士に関しては、その姿を見ただけで軽い眩暈が生じてしまう。
これが魔王神を封じた聖騎士。可憐な見た目とは裏腹に、底知れない力を秘めている。
恐ろしくて……とても怖い。
『もう、そんなに怯える事はないのに。血族ではないけれど、私と貴方は家族も同然、同じ宿命に生きる仲間です。命を取るような愚行には走りませんよ』
「そ、そんな事は分かってる。俺が感じているのは、カスタリエ自身の純粋な覇気。これが殺気じゃないのは百も承知だ」
『ふふ、なるほど。ならもう平気ですよね?』
ゼノスは、「ああ」と短く答え、心を落ち着かせる。
恐れもそうだが、彼女は創世記に生きた伝説の英雄だ。何度もガイアから御伽話として英雄譚を聞かされ、何度もその活躍に酔いしれた。言わば憧れの対象であり、自然と緊張してしまうのだ。
ようやく平静を取り戻したゼノスは、正面からカスタリエと見つめ合う。
「……まずは説明してほしい。俺がこの場に来れた所以を。言っとくが、俺はわけも分からないままここに飛ばされて来たからな」
自分はマグマに落ちるイルディエを救う為、自らの命を張ってマグマへと落ちた。それから意識を失う直前、不死鳥と名乗る者の囁きが聞こえ、気が付けばこのような場所にいたのだ。
カスタリエはしばし沈黙した後、天空を見仰ぐ。
『簡単な話です。貴方は運命に導かれ、不死鳥という仲介人の手により参った。この一連の出来事は、ここにいる聖騎士達も体験済みです』
「……そうか。なら俺は、今から聖騎士になれるのか?」
『……聖騎士たる加護を与える前に、もう一度聖騎士の責務について問いましょう。よろしいですね』
カスタリエは有無を言わせぬまま、責務とやらを問い直す。それは歴代聖騎士達は愚か、ゼノスも何となく把握し、あの言葉を思い出す。
遠い過去にて聞いた、ガイアの苦言を。
『――ゼノス・ディルガーナ。聖騎士はその時世にて活躍する正義の救済者。しかしそれは表向きの言われであり、実際は違う。それは――』
「それは初代聖騎士の過ちを清算する為に……だろ?」
カスタリエは瞠目し、やがて唇を噛む。
『……ええ、恥ずかしい事に。来るべき初代の罪に対抗するべく、各時代の豪傑が聖騎士という初代と同じ力を得るのです』
それもガイアから聞いた話だ。
聖騎士は初代の罪を浄化するべく、強く在らねばならない。何年、何十年、何百年、何千年も、この場にいる聖騎士達はその意思を継いできた。
――しかし、ゼノスはどうにも納得出来ない。
根本的な疑問が、脳裏にこびり付く。
「なあカスタリエ。あんたは何故、初代の罪を後世に伝えていないんだ?こんな叙任式を行い、聖騎士の宿命を担わせるならばそれくらい……」
『――彼女がこの場に来たのは、今日で初めてなのだよ。若き後継者』
「――――なッ」
唐突に、聖騎士達の中からそのような声がした。
それを皮切りに、聖騎士達が次々に言葉を紡ぎ出す。
『そう、だからあたし達は知らないのよ』
『初代の罪を、その真相を。……けど、ようやくこの時が来たぜ』
『罪の代償が、まもなく到来するから。カスタリエはそれを察知し、初めてここを訪れたの』
『――我々に、そして君に真実を伝える為に。彼女は初代から直接聖騎士の称号を賜った身……全ての事実を知っている』
故に、聖騎士達は強い興味心を抱いている。
好奇なる視線に晒されているカスタリエは、静かに息を吐く。
『……というわけです。三代目聖騎士が誕生したのは、私の死後半年が経過した辺り。彼もまた直接私と会っていないので、私以外は知らないのです』
「ちょ、ちょっと待て!そこは理解したけど、罪の代償がまもなく到来するって……どういう事だよ一体!?」
ゼノスの問いに、カスタリエは整然とした面持ちで返す。
『そのままの意味です。…………それと申し訳ない事に、私は事実を全て語るつもりはありません』
その言葉に、一同が驚愕する。
『な、何故です。罪を知らねば、我々は勿論、若き後継者も納得できない!』
『見果てぬ目的を頼りに生き、私達は息絶えた。……せめて、在るべき事実を』
歴代聖騎士達が反論するが、それは一瞬だった。
カスタリエが目を向けた途端、彼等は押し黙る。幾ら聖騎士とはいえ、二代目の覇気はそれ以上の凄みがあったのだろう。
だが当の本人は、黙らせたという自覚がない。ふいに深く頭を下げてくる。
『ごめんなさい。この事に関しては、ゼノス自身が見るべきだからです。……ですが、少々の事実ならば打ち明けられますが』
「……ならそれだけでもいい。じゃないと、歴代の聖騎士達が不憫でならない」
ゼノスは後に知る事となる。だが過去の聖騎士達は、一生知らぬまま過ごす事になるだろう。報われぬまま、自分が何の為に尽くして来たのかも分からぬまま。
……カスタリエは瞑目する。
彼女の心中は、未だ整理がついていないのだろうか。僅かだが眉間に皺を寄せ、何から話せばいいのか戸惑っているようだ。
時間は刻々と過ぎていく。
聖騎士達は真実の一端を語られるまで、静かに待つ。
ゼノスは逸る気持ちを抑え、成り行きを見守る。
――そして、ようやくカスタリエの口が開く。
『…………後世の人々が創世記と呼ぶ時代、まだ善と悪が区別されていなかった。世界は神々で満たされ、人間達はその奴隷……そこまでは分かりますか?』
「ああ、俺は先代の聖騎士に聞かされた」
『……そうですか。なら、無駄な前置きは必要ありませんね』
ゼノスと聖騎士達は頷く。
カスタリエが述べた話は、聖騎士となる者ならば誰もが知っている。語り継がれた物語の一部分であり、今更驚くべき事実ではない。
『ならこれはご存じですか。――何故この世に、善と悪という区別が出来てしまったのかを』
「………………それは」
答えようとするが、ゼノスは二の句を告げられない。
分からない。そう認識したカスタリエは、『なるほど』と呟く。
『今まで感じた事はありませんか?遥か古の創世記には区別されなかった善と悪。ではどうして、今の時代には悪が存在するのか。とても不思議で、何だか妙な現実ですよね』
「……悪の定義とは何だ。あんたの時代にも、悪意の思想を持つ者はいなかったのか?」
ゼノスの問いに、カスタリエは首を横に振る。
『いいえ、悪意の持ち主は確かにいました。しかし私が言う悪とは、具現化された大いなるもの。心には思えど、私の時代にはそれを成し遂げる者は存在しませんでした。――ある人物を除いては』
「……ッ」
創世記の人間は、神々に反抗するという行為を知らなかった。ただ平然と奴隷としての立場を全うし、苦しみや不条理も当然として受け入れた。
……だが、ガイアは言った。
初代の聖騎士は、そんな不条理な世界に疑念を抱き、神々に初めて反抗した。その偉大なる力を用いて、たった一人で神々に戦争を挑んだ。
――心臓が跳ね上がる。
ゼノスは俯き、想像したくもない真実に辿り着こうとしている。
この世に悪という存在を作り、未来永劫まで続く悲劇を生んだ張本人とは…………初代聖騎士なのだろう。
――しかし、それだけではないはずだ。
初代聖騎士が起こした反乱。そして口伝に伝えられて来た史実の一つを組み合わせると…………もっと恐ろしい真実が、待ち受けている。
その史実とは、《魔王神》の出現だ。
「――俺はガイアから聞かされた。創世記の頃、魔王神と呼ばれる『始まりの闇』が現れたという事を」
『……なら、もうお気づきでしょう。それは私が言える範疇の事実であり、初代聖騎士の《罪の一つ》』
……刹那、空気の流れが変わる。
吹き起こる風も止み、同時にカスタリエの表情が消える。無音の世界にてひしめくのは、壮絶なる緊張感。息つく間もなく、吐き気を催すような時間だけが過ぎていく。
彼女は聖騎士達とゼノスに目も暮れず――告白する。
『――――初代聖騎士は、神々と戦う為に魔王神となったのです――――』




