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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
四章 オアシスの踊り姫
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ep15 炎獄の魔人

 



 意識を失っていたイルディエは、肌を焼く様な感覚に囚われ、ようやく目を覚ました。




 ……自分は一体、何をされたのか。ゼノス達を見送り、エルーナと共に洗濯物を干そうとした事までは覚えている。しかし屋上に出た途端、急に意識が遠退いたのだ。



 それ以降の記憶は乏しい。だから、視界に映り込む光景に驚き戸惑っていた。




 イルディエは今、灼熱の地獄にいる。




 地上を見下ろせる程の高さを誇る山の頂上。そして正面には、煮え繰り返ったマグマが潜む壺状の穴がある。そこから発せられる熱気が、イルディエの視界を歪曲させる。



 だが、その光景を見る者はイルディエだけでは無い。



 イルディエ以外にも、レイダが、エルーナが、数十人もの奴隷達が……そして、あの憎きアグリムもいる。




「ほう、ようやく目が覚めたか」




 アグリムがイルディエの目覚めに気付き、邪な微笑を浮かべる。



 既に起きていたレイダは、疲れ切った表情を向けてくる。



「イルディエ嬢ちゃん……身体の方は大丈夫かい」



「は、はい。私は大丈夫…………ですが」



 イルディエはレイダの全身を見て、おもわず言葉を失う。



 彼女の肌には痛々しい青あざがあり、右肩には深い切傷が残っている。出血が止まらず、レイダは苦悶に満ちていた。



「……なに、大した事はない。ちょいとまあ反骨精神を示したら、そこのお偉い騎士様に……ね」



「そこの女が妙な真似をするからだ。――だからワシが、二度と武器を振るえない様にしてやったのさ」



 甲高く笑い叫び、近くにいたレイダの頬を叩く。



 怨嗟を込めてアグリムを睨むが、彼女は何も抵抗する事が出来ない。暗殺者の不思議で全身の筋肉に力が入らず、更に右手はもう使えない。武器を持つ事は愚か、立ち上がる事さえもままならない。



 それはイルディエ達も同様であり、抗う術を持たない。奴隷達に関してはもはや論外である。



 ――彼女達はクレーンのロープによって持ち上げられた檻の中で、真下に潜むマグマに戦々恐々としていた。



 泣き叫び、格子を叩く奴隷達。阿鼻叫喚の地獄絵図が展開され、必然とイルディエは血の気を引く。



 最低な真実に辿り着き、イルディエは歯軋りを立てる。



「――アグリム。こんな事をして楽しいですか?私達奴隷を痛めつけ、苦しめ……その末に殺す。貴方に良心というものは無いのですか!?」



「アグリム、だと?このワシを呼び捨てにするとは、とんだ身分になったものだな」



 癪に障ったのか、額に血管を浮き立たせるアグリム。恐ろしい形相でイルディエを睥睨する。



 だがこの場で殴る気は無いらしい。軽く深呼吸をした彼は、また余裕の表情で仁王立ちする。



「……まあ良い。どちらにせよ、お前達はここで死を迎える。ワシが手を下さずとも、この煮え滾ったマグマが浄化してくれよう」



「はっ、怖気づいたのかい?自分の市場が狙われ、奴隷全てを殺して隠蔽しようなんてねえ……」



「だ、黙れッ!捕らわれの分際がッ!」



 アグリムは激昂し、地団駄を踏む。



「お前達が来てから、奴隷市場は一気に信頼性を失った。――そしてマハディーン女王に捕まれば、間違いなくワシは異端審問を受けるだろう!」



 そうなれば、アグリムは審問で異端者と断定され、処刑されるだろう。そんなのは御免だし、もっと人生を謳歌したい。



 ここで死ぬわけにはいかないのだ。



「――だからワシはやり直す。今から奴隷を殺し、奴隷市場を隠蔽すればお咎め無しで済むに違いない。またここで、ここでワシは新たなる奴隷市場を築き上げるのだぁッ!」



「……馬鹿が」



 奴隷という存在が彼を満たし、狂わせる。様々な欲がアグリムを取り巻き、人としての理性を失っている。



 どちらにせよ、彼の説く未来は夢物語で終わるだろう。マハディーン女王陛下がアグリムを許す筈も無く、先に待ち受けているのは死だけだ。トル―ナは王国直下の管理に置かれる為、奴隷市場は二度と展開されない。



 だがこの男は、もはや現実が見えていない。



 焦点が定まらないまま、助けてと懇願する奴隷少女達へと振り向く。マグマから放出される熱気をものともせず、アグリムは一歩、また一歩とクレーンへと近寄る。



 アグリムは剣を抜き、息を荒げながら――クレーンと檻を繋ぐロープに、刃を当てる。



「――ま、待ちなッ!」



「は、はは……もう遅いわッ!この一振りで……ワシの、ワシの未来を」



 と、アグリムが剣を振ろうとした瞬間だった。




 ロープを切る寸前の所で、彼は剣を止める。




「…………は?」



 途端、アグリムの全身が震え始める。



 その突然の兆候に、皆が疑問符を浮かべる。イルディエやエルーナは勿論、レイダも困惑を隠せなかった。



「な、なんだ…………身体が……」



 アグリムは両手で自分の身体を抱き締め、震えは徐々に増していく。終いには剣を落し、その場でうずくまる。



 タイミングを見計らったかの如く、乾いた拍手の音が聞こえる。




「――いやあ、お勤めご苦労様。君は十分役目を果たしてくれたよ」




 この場に相応しくない呑気な声が響く。



 声を発したその男――ラインは、吊るされた檻の上に座っていた。



「ラ、ライン!お前、これはどういう事だ!?ワシは元通り復活したのではないのか!」



 軋む心臓を手で抑え、必死に訴えかけてくる。それがもう滑稽で、ラインは自然と笑みが生まれる。



「ふふ、そうだね。確かに復活はさせた」



 ラインは軽やかに飛び、皆のいる地へと降り立つ。



 優男の見せる笑みを崩さぬまま、アグリムの肩に手を置く。




「……けどね、人間は万物の理を凌駕出来ない。君は一度死に、その事実は誰も覆せない。例え僕の秘術でも……理には抗えないのさ」




「なっ――」



 ふいに、アグリムの表情が絶望に染まる。



 死の恐怖を肌で感じたのか、涙を零しながら地面を這いずる。



「い、嫌だ。ライン……何とかしろ。お前はワシの護衛だろ!何とかしろ!何とかしろおおおおおおおッッ!」



 先程までの威勢はどこへやら。



 苦しそうに嘆き、ラインの足に掴まるアグリム。死の寸前にも関わらず、まだ人に頼る元気があるらしい。



 ラインは嫌悪の念を覚える。




「悪いけど、僕は君に幻滅しているんだ」




「……ッ?」



 泣き腫らした顔を見上げ、そこでアグリムは更なる恐怖に襲われる。



 ラインの表情が、憤怒のそれへと豹変していたからだ。



「僕はあれほど言ったよね?僕の指示があるまで、奴隷には手を出させないって。――そして」



 言う前に、ラインはアグリムの胸倉を掴み、持ち上げる。細身の腕とは信じられない程の腕力で、巨体のアグリムをだ。



 声にならない絶叫を放つが、アグリムは逆らう事が出来ない。その場にいる全員が沈黙する中、アグリムをマグマ上へと持って来る。



 悪魔の微笑と共に、哀れな彼に死の宣告をする。




「――金を貰った以上、君のような屑に用はない。あの世で一生、殺してきた奴隷達と宜しくやっていなよ」




「ま、待ってくれ。た――助け――――」



 下劣な言葉を最後まで聞く程、ラインは優しくない。



 冷めた瞳を送りつつ、掴んでいたその手を離す。醜い彼はそのまま落下し、マグマの中へと吸い込まれる。



 汚い絶叫が木霊する。心の淀んだ人間が死んだ事で、ラインは晴れやかな気分となる。苛立ちも収まり、元の柔和な顔へと戻る。



 非業の死を見届けた後、今度はイルディエ達の方へと向き直り、深々と頭を下げる。



「申し訳ない、淑女達。アグリムは君達を殺そうとしていたが、僕にその意思は無い。安心してくれ」



 ラインは三本のクナイを放つ。



 すると、イルディエ達を拘束していたロープが切れる。



「な、何の真似ですか」



「別に?深い意味はないよ。僕は差別主義者じゃないし、個人的な恨みを抱いているわけでもない。単純に、無意味な殺しは好きじゃないんだ」



「……」



 両手を上げ、降参の態度を取るライン。



 それが本意なのか、イルディエとエルーナは疑る。自分達を攫い、尚且つアグリムに不思議な術を施した罪は重い。幾ら本人に殺意が無くとも、容易に信用する事など有り得ない。



 が、レイダは違った。



 彼女は肩傷を気遣いながら、その場から立ち上がる。一切殺意を向けず、ただラインを吟味する。



「……敵意が無いってのは理解した。けど、一つ質問してもいいかね?」



「……ん、何だい?」



 次の言葉は大体予想付くが、それでも聞き返す。



 レイダは服の裾を破り、それで肩の出血を抑えながら続ける。



「あたしは正直、あんたの目的が分からない。アグリムを生き返らせ、アグリムを殺し、終いには手の平を返してあたし達を救う。一体、あんたは何がしたい?道化の様に振る舞って、何を望む?」



「……言い得て妙だね」



 道化、その表現は間違っていない。



 彼はアグリムを裏切り、殺した。まるで自分は忠実なる僕であると振る舞い、最後の最後に絶望を与えた。それを臆する事なく遂げたのだから、信用しろと言う方がおかしい。



 ラインとて、それは重々承知しているつもりだ。



「――そして、あんたは何かに執着している。それは何さね?」



「へえ、流石はグライデン傭兵団副団長。君も全てお見通しってわけだね」



 ラインは本当に観念した様子で呟き、肩をすくめる。



 アルバートといい、中々の曲者が多いようだ。別に隠す内容でも無いので、ラインはありのままの事実を述べる。



「まあアグリムの件に関しては、単に事務的なものだよ。僕はアグリムに護衛を頼まれ、その一方である組織からアグリムの暗殺を依頼されたんだ」



「ッ。ま、まさか」



 レイダの動揺をよそに、ラインは淡々と答える。




「そのまさか――教会からね。一応アルバート将軍は僕の正体を知っていると思うけど、君達には教えなかったようだ」




「……旦那。そういう重要な事を隠さないでくれよ」



 今はいない男に苦言を漏らすレイダ。



 怪しいとは思っていた。彼の実力ならば、いとも容易くイルディエ達を攫えるのに、何故数日経って攫い始めたのかと。



 だが、それだけではレイダの答えにはならない。



 レイダが本当に知りたいのは――何故アグリムを蘇らせてまで、何故自分達を攫ってまでこの件に執着するのか?



 こちらの意図を察したのか、ラインは話を継続させる。



「さて、次は僕が執着する理由だったね。それについては僕自身も曖昧だけど……執着の対象だけは分かっている」



「――ゼノスの事かい?」



 ラインが言うより早く、レイダが確信を突く。



 彼は面食らうが、それは一瞬の事であった。くすりと微笑み、二三回程頷いて見せる。



「……そう、その通りだよ。僕は彼に固執し、今日この日までアグリムの依頼を受けていた。と言っても、執着し始めたのはつい数日前からだけどね」



「……」



 ゼノスに執着する、その詳しい理由までは明かさない。



 だがそれは悪を纏わず、決して卑しいものでは無い。これはレイダの憶測だが、ラインは強い興味を示しているのかもしれない。



 それが何かは分からないが、ここで問い詰めても仕方ないだろう。



 今はとにかく、優先すべき点がある。



「……それについては後でやっておくれ。あたし等に敵意が無いなら、次は奴隷達を解放してやりなよ」



「ああそうだったね。僕の立場が知れた以上、このシチュエーションはもう意味を成さない。……う~ん。これを見れば、彼の強さを知れると思ったんだけどなあ」



 半ば残念そうに唱え、ラインはクレーンの制御装置へと歩み寄る。



 これで奴隷達を救い、今回の依頼は達成する。イルディエ達もまた死の危険が去り、アグリムが死んだ事で安堵する。



 危機は去った。




 そう思った矢先だった。




「――――――ッ」




 マグマの中から、紅蓮の炎を帯びた『何か』が出てくる。



 ――炎の鎧を身に纏い、レイダ達の三倍以上はある大きさ。そいつはラインの目前へとやって来て、彼の腹に炎の鉄拳を浴びせる。



「――ご、ああッ」



 ラインは不意打ちをくらい、地面に叩きつけられながら吹っ飛ぶ。



 安堵は一転して、深い絶望と化す。









 炎獄の魔人を前に、誰もが恐れ慄くしか無かった。 













イルディエ少女期のイラストを投稿しました→http://6886.mitemin.net/i87621/

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