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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
四章 オアシスの踊り姫
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ep11 サリノート英雄叙事詩



 老若男女問わず、あらゆる人間が広場に集っていた。




 既に日は落ち、昼間のような暑さは失せている。しかし人々の熱気は収まる事を知らず、彼等は目前の舞台に視線を集中させていた。



 放たれた光虫に照らされ、闇夜にて一際目立つ舞台。そこには数名の役者達が檀上に上がり、劇的な演技を披露する。華麗且つ大胆に、役者はその登場人物に感情移入する。




 ……これはある騎士の物語。




 古代文化を尊重し、後世にまでその繁栄を維持してきた王国――サリノート王国。古き良き伝統に則り、選ばれた者だけが国の統一に携わる。だからこそ、身分や血族には囚われない。



 ――騎士は奴隷だった。



 不幸な家庭に生まれ、その家族に売られ、日々を生きるのに苦労していた。……こうして一生を奴隷として過ごし、哀れに死んで行くのだろう。騎士は毎日そう思っていた。



 しかしある時を以てして、騎士はその力を買われる。



 奴隷から剣闘士として成り上がり、やがてサリノート王国の騎士団に入団する。



 そこから、彼の物語は激変する。



 英雄の如く参上し、騎士は戦場を駆け巡った。




 ――白銀の鎧を身に着けて。




 白銀の聖騎士と謳われた騎士は、サリノートの英雄として成り上がる。……この劇は、騎士の英雄譚を描いたものだった。



 ゼノス達は、その劇をジッと見つめていた。



 それぞれ違った思いに駆られ、彼の生き様を見届ける。……ここにいる全ての者達が、息を呑んで魅入っていた。



 美しくも気高い騎士の鑑。



 彼もまた苦悩していた。自分の理想だった騎士像が、実は幻想論だという事を。純粋なる心に容赦なく現実を突き付けられ、何度も何度も馬鹿げた目標だと揶揄されてきた。




 ……所詮、騎士に正義はいらないと。




 しかしそれでも、それでも騎士は認めなかった。



 劇中。白銀の鎧を纏った役者が、剣を高々と掲げる。後ろには傷付き、怯えた表情をする村娘、そして目前には侵略国の騎士達が立ちはだかっている。



 これはサリノート王国が戦時中の頃。国に放棄された村の住民を救う為に、騎士が単独で赴いた話である。



『はは、一人で来るとは愚かなものよ!サリノートの騎士は哀れな酔狂揃いと見た!』



『……吠えるがいい。例え何を向けられようと、私は退かない!」



 全身全霊を込め、聖騎士の役者は叫ぶ。



 その言葉を聞いて、敵の騎士達が一歩後ずさる。



『――私は他の騎士とは違う。助けられる民を助けないで、何が騎士かッ!』



 ……聖騎士は戦い狂う。



 彼が有名たる所以は、この戦いに在り。何故なら単独で村を救い、戦局を大きく揺るがした要因にもなったから。




 劇はこれにて終焉を迎えた。




 しかしこの物語は、ほんの一部に過ぎない。それでも客達は、聖騎士の英雄伝に感銘し、拍手とエールを劇団員に送る。



 勿論、ゼノス達も例外ではない。



「か、かっこいい騎士様ですねえ~。何だか惚れ惚れしてしまいました~」



「……そうだな」



 エルーナの意気揚々とした声音。一方のゼノスは、それに相槌を打つだけであった。



 呆然とした様子のゼノスに、傍目から覗き見ていたイルディエが問う。



「……ゼノス。この聖騎士って人は……貴方の」



 言葉を紡ぎ終える前に、ゼノスが答える。別に包み隠す事でもないので、極めて簡潔に、分かりやすく述べる。




「――恩師でもあり、祖父でもあった人だよ」




「……」



 打ち明けられた真実に、二人の少女は驚愕する。



 聖騎士は歴史上、何人もの人間が務めている。彼等はその時代に巣食う悪を駆逐し、何度も祖国を救済してきた。



 白銀の聖騎士、その存在の英雄伝は何百も存在する。歴史研究家でない限り、一つの英雄伝を聞いてどの聖騎士の偉業かなど、分かる筈がない。



 だがこの英雄伝に関しては、ゼノスはよく知っている。



 幼少期、自分はいつもこれを子守歌替わりに聞いていた。だからこそ、ゼノスは断言できる。




 ――これは、聖騎士ガイアの物語だと。




「……あの人らしい生き様だ。堅固な精神を持って、己が正義を貫き続ける……。劇を見て、また再確認出来た気がする」



 ゼノスがこれを見たかったのは、同時に自らの本音を知る為でもある。



 あのオアシスで誓った約束は、果たして本心から来るものだったのか?それとも、あれは虚言だったのか?



 ……結果、答えを見つけた。



 やはり自分は、本当の意味での騎士道を行きたい。その為にも、一刻も早く騎士になりたい。



 ――自分が望む騎士に。他とは違う、正義の味方に。



 ガイアもまた、犠牲を増やさない為に戦い続けて来たのだから。



 劇も終わり、広場にいた者達が散らばり始める。この後もヴェルネイル一座の催しは続くので、そのまま家に戻る事は無いだろう。



 しかし、イルディエとエルーナは眠そうだった。



 それもそうだろう。朝からあれだけ遊び回っていれば、例え誰であっても疲れてしまう。……アルバートの様な六大将軍は別だろうけど。



「二人共眠そうだけど、今日はもう帰るか?」



「え、え~。私はまだ大丈夫ですよ~!マジックショーもあるし、まだ眠るつもりはありません~ッ!」



 目は既に閉じ掛かっているが、エルーナは眠るつもりは無いらしい。



「ならイルディエは…………って、もうフラフラじゃないか」



「はい。エルーナはとにかく、私は……あ、でもちゃんと付いて行きますので、気にしないで」



 イルディエはそう言うが、彼女の足元はおぼつかない。体力の無いイルディエにとって、これ以上歩く事は出来ない筈だ。



 無理をしようとするイルディエに、ゼノスはその頭に軽くチョップする。



「いたっ。……ゼノス?」



「あまり無理するな。――俺がおぶって一旦帰るから、お前はもう寝てろ」



 そう言って、ゼノスはイルディエに背中を貸す。



 勿論、無下に断る事は出来ない。むしろその厚意が嬉しくて、心が満たされた様な気分になる。



 イルディエは何も言わず、ゼノスにその身を委ねる。



「というわけで、エルーナ。祭りの続きは、イルディエを隠れ家に送ってからな」



「は~い!」



 微笑ましい表情で、エルーナが元気よく答える。



 その頃には既に、イルディエは眠りに落ちようとしていた。



 ……祭りで賑わうトル―ナ。眠らぬ町の喧騒を子守歌に、彼女はある思いを抱いていた。



 ――奴隷から英雄にまで上り詰めた聖騎士。



 彼は一体、どのような決意を持っていたのか。奴隷の身分で、何故そこまでの意思を抱けたのか。



 ……もしそれが出来たのならば、イルディエも可能なのだろうか?



 彼の様に強く――そして、ゼノスの役に立てるだろうか。





 

 イルディエの心は、その事で一杯だった。










アルファポリスの投票バナーを貼りました。


9月23日午後4時42分追記:みてみんにてアリーチェの全体図をUPしました。登場人物イラストからも閲覧できます。

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