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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
四章 オアシスの踊り姫
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ep10 ヴェルネイルの祭り



 ゼノス一行は静寂な路地裏を通り、メインストリートへと出る。




 ――すると、一転して雰囲気が変わる。



 このトル―ナに来てから数日も経っていないが、今日は特に活気があるような気がする。その証拠に空には花火が上がり、メインストリートには多くの露店が並び、多くの人々で賑わっていた。



 ……よく見ると、露店には様々な種類がある。食べ物屋は勿論、中には芸を披露したり、客も楽しめるゲームを催す露店も存在する。



 そして露店の看板には全て、紺色のハットとステッキを模ったマークが添えられており、町の一角には『ヴェルネイル一座・来訪』と書かれた垂れ幕が下がっている。



 ――どうやらこれ全部、今日来ている大道芸団が出店しているらしい。



「ほう、これは凄いな」



「は、はい~!」



 その光景を見て、隣のエルーナが目を輝かせて感嘆する。ゼノスを誘惑する時の態度とは違い、年頃の少女らしい反応だ。



 対するイルディエも、興奮を抑えきれない様子で周りをキョロキョロと見渡し始める。



「エ、エルーナ。見て見て、あれ!」



「わあ……!イルディエ見てみよう!」



「うん!」



 喧嘩する所か、イルディエとエルーナは仲良く露店の方へと走って行く。



 二人の表情は明るい。露店に並ぶ商品を見つめるその顔には、奴隷の頃の面影は残っていない。



 天真爛漫、そこに偽りは存在しない。心から喜んでいる彼女達を見て……自然とゼノスの顔も綻ぶ。



 それは一時の休息かもしれない。先に待つ未来は、三人にとって酷なものかもしれない。……しかしそれでも、今だけは普通の少年少女として祭りを楽しんでいた。



 ショーを見せるピエロで笑ったり、火の輪をくぐる獅子を見て驚いたり。他にも沢山の芸や催しを見て体験し、何もかも忘れてはしゃいでいた。




 ――そして気付けば、町は夕陽に包まれていた。




 それでも尚、祭りの熱気は収まらない。むしろ昼間よりも人気に溢れ、特に外国からの観光客で埋め尽くされている。



 一方のゼノス達は遊び疲れ、出店の郷土料理店で夕食を味わっていた。



「はあ~、楽しかったぁ!こんなに楽しんだのはいつ振りだろう!」



 エルーナは瞳を輝かせ、昼間の余韻に浸っていた。



「そうだねえ。……でもエルーナ。幾ら楽しいからって、ゼノスの有り金を全部使おうとしちゃ駄目だよ」



「えへへ、ごめんなさい」



 そう言って、照れ笑いを見せるエルーナ。



 ……しかし、その表情が一変し始める。


 

 それは唐突だった。笑みがどんどん消えて行く。



「あ……でもその。これはわざとじゃなくて…………」



 突如エルーナは小刻みに震え始め、怯えた瞳でゼノスを見つめてくる。顔は恐怖で歪み、何か失態を犯しかの様に、深い罪悪感に包まれている。



 それを見て、ゼノスとイルディエは一瞬でその理由を把握した。



 …………そう。エルーナは快活に振る舞っているが、つい数日前までは奴隷の身分だったのだ。



 失礼を出せばアグリムに殴られ、失敗をすれば鞭で叩かれる。幸い性的な虐待は受けなかったが、暴力のトラウマは刻まれている。



 その習慣は簡単には離れない。今のエルーナはゼノスに殴られると思い、瞳をキュッと閉じていた。……ゼノスはそれを見て、動揺を隠せなかった。



「……ゼノス」



 イルディエは最悪の事態に備え、ゼノスを宥めようとする。



 しかし、それはとんだ杞憂である。



「――――ッ」



 刹那、エルーナは瞠目する。



 何とゼノスは、隣のエルーナを引き寄せ、彼女を優しく抱擁し始めた。咄嗟の行いに、周囲の客から熱いエールが飛び交うが……これは下心でやったのではない。



「ゼ……ゼノス、様?」



 赤面するエルーナを他所に、ゼノスは彼女の頭を撫でる。



 優しく、慈しむように。ゼノスの鼓動を聞き、ゼノスの手の温もりを直に感じ、次第にエルーナは安らぎを覚える。



 彼女が恐れる心配など無い。ゼノスはそんな些細な事では怒らないし、手を出す気など更々無い。――本当の騎士は、そのような愚行を許さない。



 エルーナが落ち着いたのを見計らい、ゼノスは微笑を浮かべながら問う。



「もう大丈夫か?」



「は、はい……。すみません、取り乱してしまって」



 未だ赤面しつつも、どうにか平静を保つエルーナ。真っ青だったその顔も、徐々に色を取り戻していく。



 ゼノスは不器用だ。年頃の少女を口説く力も無ければ、大胆不敵に自分は何もしないと豪語する事も出来ない。そもそも彼女に対しては、言葉による解決は難しいだろう。



 だから――抱擁した。



 深い意味は無い。ただそうすれば、安らいでくれると思った。結果的にそうなってくれたので、とても嬉しい限りだ。



 イルディエも安堵したのか、胸を撫で下ろす。



「――ゼノスなら大丈夫。アグリムみたいに、私達には絶対暴力を振るわないから」



「……うん、そうだよね。こんな事をしてくれる人に……悪い人はいない、よね」



 エルーナは頬を緩め、自分の頭に手を置く。ゼノスの感触がまだ残っているのか、それがまた心地良く感じるようだ。……奴隷になる以前にも、こうして撫でられた事があるのだろうか。




 ――ふとそこで、周囲の人々が途端にざわめき始める。




 その原因は、愉快にラッパを吹くピエロであった。



 彼は軽快にステップを踏み、詩的な口調で高らかに言い放つ。



「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!我等ヴェルネイル一座、時として大道芸を、時としてサーカスを!そして次に開催されるメインイベントはあっと驚き!それは――――」



 ピエロが紡いだ先の言葉に――ゼノスは唖然とした。



 上手く聞き取る事は出来なかったが、ある単語だけは明確に聞こえた。思わず手に持つフォークを落としてしまう。



「……ゼノス?」



 イルディエが問いかけても、ゼノスは反応しなかった。



 ただ茫然とし、ぼんやりとした調子で正面を見据えていた。……まるで、過去の記憶に浸るかの如く。



 やがて口を開くと、そこから震え声が響いてくる。



「なあ二人共。……後で見たいものがあるんだけど、いいかな」



「……見たいもの、ですか?ゼノス様がそう仰るなら、何処へでも付いて行きますよ~」



「すまない、エルーナ。イルディエは大丈夫そうか?」



 ゼノスが尋ねると、イルディエははたと思う。彼女もまたピエロの言葉が聞こえたのか。そして更に、ゼノスの素性を僅かに知った上で……答える。



「――ええ、構いませんよ」



 二人の同意を得たゼノスは、勢いよく夕食を掻っ込む。







 ヴェルネイル一座の祭りは佳境を迎え、皆は言い知れぬ高揚感に当てられていた。









※9月21日午前5時追記;投票バナーを付け忘れていましたので、貼り付けました。(詳細は記事にて)

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