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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
四章 オアシスの踊り姫
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ep9 余暇の出来事



「ふふん、どうやら決着がついたようねえ」




「ぐ、ぬぬ……」



 睨み合う二人の乙女。彼女達――エルーナは不敵に微笑み、イルディエは悔しそうに涙を浮かべる。



 今は朝食の時間で、ゼノスとレイダを交えた四人は仲睦まじく食事を摂り、平和且つ穏便に過ごす……筈だった。



 現実はそうも簡単に行かない。何を思ったのか、今日はエルーナとイルディエが朝食を作ると願い出たのだ。勿論断る理由もないので、ゼノスは快く厨房を預けた。



 だが、そこで気付くべきだった。あそこで火花を散らす両者を止めておけば良かった。



 二人は「ゼノスを射止める?エルーナが?」とか、「何よお、文句ある?人の恋路を邪魔するなんて……ヤキモチ?」とか、「ち、違う……いや違わない!何でゼノスに惚れたのよ!?」等々。……とまあ、ゼノスを前に言い合っていたのである。



 結局、二人は料理対決をする形で、どちらがゼノスに相応しいか勝負をする事になった。



 ――結果は見ての通り。イルディエは黒ずんだ物体の乗る料理皿を持ち、エルーナは完食された皿を誇らしげに掲げている。



「……うぅ。ゼノスが食べてくれなかった、ゼノスが食べてくれなかった……」



「当たり前でしょう~、そんなの食べたらゼノス様が失神すると思うよお。ね~ゼノス様?」



 甘えた声を出し、エルーナが隣に座るゼノスに抱き着いてくる。あからさまに胸を押し付け、誘惑している。



「あ~!ちょっと、ゼノスから離れて!」



 今度はイルディエが反対側から雪崩れ込み、ゼノスの腕を引っ張ってくる。こちらは意識していないが、その豊かな胸が腕に直撃している。



 ……言っておくが、ゼノスもまだ思春期の少年である。そんな彼が左右同時に、しかも同年代の綺麗な少女達に抱擁されているのだ。



 顔が真っ赤で、心臓がドギマギして仕方がない。



「あっはっは!いやあいいねえ、ゼノス。両手に花なんて……将来嫁さんには困らないねえ」



「お……お嫁さん」



 その言葉に反応したのは、案の定イルディエとエルーナだ。



 頬を極限にまで紅潮させて、しばし愉悦に浸る乙女達。その間、彼女達は自分が純白のドレスを着て、ゼノスと永遠の愛を誓う夢でも見ているのだろうか。時折、唾を飲む音が聞こえる。



 やがて二人は強固な眼差しをゼノスに注ぐ。



「……ゼノス。もし私がその、ゼノスの……になったら…………料理、一生懸命頑張りますね」



「私は何もかも頑張りますよお。掃除洗濯料理、旦那様の朝のお世話や……夜のお世話もね~」



「んなッ!そ、それぐらい……私だって!」



 エルーナが挑発し、それに乗ってしまうイルディエ。



 まだ食事中のゼノスを引っ張り合い、両脇で喧嘩を繰り出す中……ゼノスは大きく溜息をつく。




「……勘弁してくれ」
















 長く辛い食事を終え、ようやく一息つくゼノス達。




 無事朝食が済んだ所で、今は丁度今日の予定を組んでいる最中だ。



 本当ならばやる事は沢山ある。敵の観察、町外部に滞在する傭兵団員との情報交換、日々の鍛練。これらは欠かせない仕事だ。



 なら何故やろうとしないのか?それには何通りかの理由がある。



 まず敵の観察に関しては、現在アルバートに一任されている。六大将軍は常に単独で行動し、協力は原則断っているらしい。むしろ本人にとっては邪魔であり、レイダもそれを重々承知している。



 次に情報交換についてだが、これも控えるよう忠告されている。外部とのやり取りが出来れば、アグリム勢力が町から逃亡した事が明確に分かり、その動向をもっと詳しく知れる。



 しかし、それは同時に大きなリスクを伴う。アグリム勢力に知られれば、傭兵団の隠れ家を晒す結果となるだろう。



 最後に鍛練だが……これは早朝の鍛練だけで十分だ。無理に身体を動かせば、それだけ余計な疲労も付加される。



 ……というわけで、アグリム勢力に大きな動きがあるまで、実質ゼノス達は休暇を余儀なくされている。だからこうして、食卓で予定に悩んでいるわけだ。



「さあて、どうしよっかねえ」



「……考えてみれば、戦いのない日なんて久しぶりだな。俺は特に思いつかないが」



「あたしもだね。こう、何て言うの。傭兵にとって休暇は、死を意味しているもんだしねえ」



 レイダの言う通りである。



 傭兵は戦争や戦いを生業とし、生計を稼ぐ。もし休暇なんて存在したら、それは仕事が無いのと同義だ。……まあ、今回みたく依頼が継続していれば大丈夫だが。



 しばし沈黙が部屋を過る。




 だがそこで、エルーナが何かを思い出し両手を叩く。




「そうだ!なら今日は、この町に来ている大道芸団を見に行きませんか?」



「……大道芸か」



 ゼノスはレイダを見やる。



 それに気付いたレイダは、快く承諾する。



「いいんじゃないかね。無駄に時間を過ごすよりはマシだと思う」



「おいおい、いいのか?」



 あっけからんと答えるレイダに、ゼノスは自分なりの不安を打ち明ける。



 いくら白昼堂々に襲われないと分かっていても、それが確実とは断言できない。もしアグリムの手下に見つかれば、また一騒動起こるかもしれないし、イルディエ達の無事も保障出来ない。



「ま、言いたい事は分かるよ。あたしだって、これ以上の面倒事は避けたいからねえ」



「なら――」



「けどね、お嬢ちゃん達のストレスを溜めるのも良くないんだよ。なら、これを口実にストレス解消をさせるのも悪くないだろ?」



 レイダはにやりと笑み、ゼノスを指差す。言葉には出さないが、勿論お前も同行しろよという意味を含んでいるのだろう。



 一気に気を引き締めるゼノスだが、その様子をレイダに鼻で笑われる。



「まあ出掛ける時は、顔隠しのフード付きマントを身に着けるといいさ。……それに、町にはアルバートもいる。今日ぐらいは、安心して出掛けてもいいさね」



「……」



 ゼノスはしばし考え込む。一方のイルディエとエルーナは、不安と期待を込めて彼をジッと凝視する。



 その誠意に観念し、静かに肩を落とす。



「……分かった。確かにアルバートがいれば、目立った問題が起きる事も無いだろう」



「――それじゃあ!」



 満面の笑みを見せる二人の少女に、ゼノスは優しく微笑みかける。



 そうだと決まれば、すぐ出掛ける準備をする必要があるだろう。大道芸団というものは、朝早くから来て昼には退散してしまう一団もいる。トル―ナに来ている一団がそうなのかは不明だが、早く行くに越した事はない。



「よし、なら支度をして行こう。レイダはどうする?」



「ん、あたしはいいや。三人で楽しんできな」



 そう言って、レイダは台所へと向かい、ごそごそと何かを漁り始める。



 戻って来たその手には、埃の被った赤ワイン。レイダはそれを見せつけてくる。……今日は酒を飲みながら過ごすつもりのようだ。



 三人――それを聞いた瞬間、エルーナはつまらなさそうに呟く。



「む~、レイダさん来ないのかあ。それじゃあイルディエの話し相手がいなくなるじゃないのさ」



「……そ、それはどういう事だろうね。まさかエルーナ……自分はゼノスと仲睦まじく並んで、私だけは……」



「そ、レイダさんと一緒にいる予定だったんだけどね~」



 悪戯っぽく笑んで、ゼノスの右腕へと抱き着くエルーナ。



「ささ、行きましょ~ゼノス様。こんな地味娘は放っといて、私達は愛を育みましょ~」



「あ、あ~ッ!そんなの駄目、駄目ったら駄目ッ!」



 今度はイルディエが左腕に抱き着いてくる。これでは朝食時の再来であり、また二人の喧嘩に付き合わなければならない。



 ……前途多難。



 ゼノスはふとガイアの言葉を思い出す。




 

『ゼノス。この世に生きる限り、男と女の触れ合いは大事だ。……だが、時として女性達は野獣になる。私みたいに……振り回されぬようにな』





 ガイアは苦笑しながら、幼いゼノスにそう言い聞かせていた。



 あの頃はどういう意味だか分からなかったが、今なら痛いほど理解出来る。








 ガイア、確かに女性は積極的だ。……怖い意味で。


 


 


 


9月10日午前0時10分追記;さ、最初の一部抜けていましたので追加しました……。

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