ep9 余暇の出来事
「ふふん、どうやら決着がついたようねえ」
「ぐ、ぬぬ……」
睨み合う二人の乙女。彼女達――エルーナは不敵に微笑み、イルディエは悔しそうに涙を浮かべる。
今は朝食の時間で、ゼノスとレイダを交えた四人は仲睦まじく食事を摂り、平和且つ穏便に過ごす……筈だった。
現実はそうも簡単に行かない。何を思ったのか、今日はエルーナとイルディエが朝食を作ると願い出たのだ。勿論断る理由もないので、ゼノスは快く厨房を預けた。
だが、そこで気付くべきだった。あそこで火花を散らす両者を止めておけば良かった。
二人は「ゼノスを射止める?エルーナが?」とか、「何よお、文句ある?人の恋路を邪魔するなんて……ヤキモチ?」とか、「ち、違う……いや違わない!何でゼノスに惚れたのよ!?」等々。……とまあ、ゼノスを前に言い合っていたのである。
結局、二人は料理対決をする形で、どちらがゼノスに相応しいか勝負をする事になった。
――結果は見ての通り。イルディエは黒ずんだ物体の乗る料理皿を持ち、エルーナは完食された皿を誇らしげに掲げている。
「……うぅ。ゼノスが食べてくれなかった、ゼノスが食べてくれなかった……」
「当たり前でしょう~、そんなの食べたらゼノス様が失神すると思うよお。ね~ゼノス様?」
甘えた声を出し、エルーナが隣に座るゼノスに抱き着いてくる。あからさまに胸を押し付け、誘惑している。
「あ~!ちょっと、ゼノスから離れて!」
今度はイルディエが反対側から雪崩れ込み、ゼノスの腕を引っ張ってくる。こちらは意識していないが、その豊かな胸が腕に直撃している。
……言っておくが、ゼノスもまだ思春期の少年である。そんな彼が左右同時に、しかも同年代の綺麗な少女達に抱擁されているのだ。
顔が真っ赤で、心臓がドギマギして仕方がない。
「あっはっは!いやあいいねえ、ゼノス。両手に花なんて……将来嫁さんには困らないねえ」
「お……お嫁さん」
その言葉に反応したのは、案の定イルディエとエルーナだ。
頬を極限にまで紅潮させて、しばし愉悦に浸る乙女達。その間、彼女達は自分が純白のドレスを着て、ゼノスと永遠の愛を誓う夢でも見ているのだろうか。時折、唾を飲む音が聞こえる。
やがて二人は強固な眼差しをゼノスに注ぐ。
「……ゼノス。もし私がその、ゼノスの……になったら…………料理、一生懸命頑張りますね」
「私は何もかも頑張りますよお。掃除洗濯料理、旦那様の朝のお世話や……夜のお世話もね~」
「んなッ!そ、それぐらい……私だって!」
エルーナが挑発し、それに乗ってしまうイルディエ。
まだ食事中のゼノスを引っ張り合い、両脇で喧嘩を繰り出す中……ゼノスは大きく溜息をつく。
「……勘弁してくれ」
長く辛い食事を終え、ようやく一息つくゼノス達。
無事朝食が済んだ所で、今は丁度今日の予定を組んでいる最中だ。
本当ならばやる事は沢山ある。敵の観察、町外部に滞在する傭兵団員との情報交換、日々の鍛練。これらは欠かせない仕事だ。
なら何故やろうとしないのか?それには何通りかの理由がある。
まず敵の観察に関しては、現在アルバートに一任されている。六大将軍は常に単独で行動し、協力は原則断っているらしい。むしろ本人にとっては邪魔であり、レイダもそれを重々承知している。
次に情報交換についてだが、これも控えるよう忠告されている。外部とのやり取りが出来れば、アグリム勢力が町から逃亡した事が明確に分かり、その動向をもっと詳しく知れる。
しかし、それは同時に大きなリスクを伴う。アグリム勢力に知られれば、傭兵団の隠れ家を晒す結果となるだろう。
最後に鍛練だが……これは早朝の鍛練だけで十分だ。無理に身体を動かせば、それだけ余計な疲労も付加される。
……というわけで、アグリム勢力に大きな動きがあるまで、実質ゼノス達は休暇を余儀なくされている。だからこうして、食卓で予定に悩んでいるわけだ。
「さあて、どうしよっかねえ」
「……考えてみれば、戦いのない日なんて久しぶりだな。俺は特に思いつかないが」
「あたしもだね。こう、何て言うの。傭兵にとって休暇は、死を意味しているもんだしねえ」
レイダの言う通りである。
傭兵は戦争や戦いを生業とし、生計を稼ぐ。もし休暇なんて存在したら、それは仕事が無いのと同義だ。……まあ、今回みたく依頼が継続していれば大丈夫だが。
しばし沈黙が部屋を過る。
だがそこで、エルーナが何かを思い出し両手を叩く。
「そうだ!なら今日は、この町に来ている大道芸団を見に行きませんか?」
「……大道芸か」
ゼノスはレイダを見やる。
それに気付いたレイダは、快く承諾する。
「いいんじゃないかね。無駄に時間を過ごすよりはマシだと思う」
「おいおい、いいのか?」
あっけからんと答えるレイダに、ゼノスは自分なりの不安を打ち明ける。
いくら白昼堂々に襲われないと分かっていても、それが確実とは断言できない。もしアグリムの手下に見つかれば、また一騒動起こるかもしれないし、イルディエ達の無事も保障出来ない。
「ま、言いたい事は分かるよ。あたしだって、これ以上の面倒事は避けたいからねえ」
「なら――」
「けどね、お嬢ちゃん達のストレスを溜めるのも良くないんだよ。なら、これを口実にストレス解消をさせるのも悪くないだろ?」
レイダはにやりと笑み、ゼノスを指差す。言葉には出さないが、勿論お前も同行しろよという意味を含んでいるのだろう。
一気に気を引き締めるゼノスだが、その様子をレイダに鼻で笑われる。
「まあ出掛ける時は、顔隠しのフード付きマントを身に着けるといいさ。……それに、町にはアルバートもいる。今日ぐらいは、安心して出掛けてもいいさね」
「……」
ゼノスはしばし考え込む。一方のイルディエとエルーナは、不安と期待を込めて彼をジッと凝視する。
その誠意に観念し、静かに肩を落とす。
「……分かった。確かにアルバートがいれば、目立った問題が起きる事も無いだろう」
「――それじゃあ!」
満面の笑みを見せる二人の少女に、ゼノスは優しく微笑みかける。
そうだと決まれば、すぐ出掛ける準備をする必要があるだろう。大道芸団というものは、朝早くから来て昼には退散してしまう一団もいる。トル―ナに来ている一団がそうなのかは不明だが、早く行くに越した事はない。
「よし、なら支度をして行こう。レイダはどうする?」
「ん、あたしはいいや。三人で楽しんできな」
そう言って、レイダは台所へと向かい、ごそごそと何かを漁り始める。
戻って来たその手には、埃の被った赤ワイン。レイダはそれを見せつけてくる。……今日は酒を飲みながら過ごすつもりのようだ。
三人――それを聞いた瞬間、エルーナはつまらなさそうに呟く。
「む~、レイダさん来ないのかあ。それじゃあイルディエの話し相手がいなくなるじゃないのさ」
「……そ、それはどういう事だろうね。まさかエルーナ……自分はゼノスと仲睦まじく並んで、私だけは……」
「そ、レイダさんと一緒にいる予定だったんだけどね~」
悪戯っぽく笑んで、ゼノスの右腕へと抱き着くエルーナ。
「ささ、行きましょ~ゼノス様。こんな地味娘は放っといて、私達は愛を育みましょ~」
「あ、あ~ッ!そんなの駄目、駄目ったら駄目ッ!」
今度はイルディエが左腕に抱き着いてくる。これでは朝食時の再来であり、また二人の喧嘩に付き合わなければならない。
……前途多難。
ゼノスはふとガイアの言葉を思い出す。
『ゼノス。この世に生きる限り、男と女の触れ合いは大事だ。……だが、時として女性達は野獣になる。私みたいに……振り回されぬようにな』
ガイアは苦笑しながら、幼いゼノスにそう言い聞かせていた。
あの頃はどういう意味だか分からなかったが、今なら痛いほど理解出来る。
ガイア、確かに女性は積極的だ。……怖い意味で。
9月10日午前0時10分追記;さ、最初の一部抜けていましたので追加しました……。




