ep10 密かな思惑(改稿版)
「なっ……なぜだ、ニルヴァーナ!」
シールカードとの戦いから約一時間後、ゼノスは急いて酒場へと行き、賞金を貰ってきた。その金で近くにある露店でファストフードを買い、それを部屋でゆっくり食べようと帰ってきたのだが……突然、サナギの怒声が耳に入ってきた。
玄関先の広間にはサナギとニルヴァーナがいて、何やら揉めているようだった。
ゼノスは近くへと寄り、声を掛ける。
「団長、どうしたんですか?」
するとニルヴァーナは助かったと言いたげに安堵し、笑顔を向けてくる。
「ああゼノスか。丁度いい所に来てくれた」
はて、何か自分に用でもあったのだろうか?
サナギはゼノスを物凄い形相で睨みつけてくる。
「……ゼノス、お前一体何を企んでいるんだっ!」
「?……良く分からんが、ただ俺は出店の照り焼き若鶏を買いに行ってただけであって、別に深い意味はないぞ。――って、もしかしてお前も食べたかった?」
「――ッ!この、殺してやろうか!」
何をとち狂ったのか、サナギは急にゼノスに刃を向けてきた。
サナギは昔からゼノスとは仲が悪く(一方的に嫌われているだけだが)、事あるごとにゼノスに対してちょっかいを出してくる。もう見慣れたものだが……今日はどこか様子がおかしい気がする。
ニルヴァーナもそれを承知しているのか、いつになく厳しい瞳でサナギを睨む。
「……サナギ、いい加減にしろ。仲間内で殺し合う事は許さない」
「くっ……」
冷静さを取り戻したのか、静かに刃を鞘に納める。まだゼノスに怨嗟の視線を向けてくるが、もう一度刃を向けようという気はないようだ。
歯軋りを立てながら、サナギは憎々しげに告げる。
「相変わらず気に喰わない奴だっ!なぜお前みたいな奴が……」
一体何があったのだろうか。流石に興味がないとは言えず、ゼノスは真剣な表情でニルヴァーナを見据えた。
「――何か、あったんですか?」
「いや何、皇帝陛下から直々に仰せつかった依頼で少しな」
ニルヴァーナは苦笑しながら、ゼノスに淡々と説明した。
今から一週間後――ランドリオ騎士団内で模擬試合が行われ、そこにシルヴェリア騎士団が参加することになったようだ。
そこでシルヴェリア側から抜擢された三人の騎士は、
「団長とリリス副団長……それに、俺が試合をするんですか?」
「そうだ。相手は紛れもない世界最強の六大将軍に鍛えられた騎士だ。想像以上に苦戦するかもしれないが、頑張ってくれ」
「い、いや待ってくださいよ。そんな大層な試合に、見習いである俺が出ても構わないのですか?団長だって知っているでしょう、俺がどんな奴かを」
「知っている。だからこそ――見せてくれ」
ニルヴァーナの発した意味深な一言に、サナギとゼノスは黙ってしまった。
――これは、どう反論しても聞かないだろうな
この男はなぜゼノスに拘るのか?そう疑問符を付けても一般人としては不思議には思わないだろうが、ゼノスは違った。
間違いなく、ニルヴァーナはゼノスを知ろうとしていた。
「君が入団してから、私達は君の技量を拝見した覚えがない。丁度いいから、当日は実力を発揮してくれ」
「……」
そう断固な態度で言われてしまうと、さしものゼノスも断れない。
どうやら、無断で戦闘に参加しなかったツケが回って来たらしい。ここで普通に断れば、ゼノスの正体について怪しまれる可能性が高い。しかし、参加すれば技量を知れてしまう。それもランドリオ城内となると、旧知の人物から正体を見破られるのは避けられない。
はて、どう断ろうかと悩むゼノスであったが、それはニルヴァーナの宣告により徒労に終わった。
「ちなみに、君の対戦相手はマルスという騎士だそうだ」
「…………」
あまり表立って表情に出さなかったが、内心では運命の恐ろしさというものを痛感した。
――マルス、確かあの少女騎士の部下だったな。
彼はゼノスの予想が正しければ――盗賊のギャンブラーと密接な関係にあると推測できる。
もしかしたら、その試合で何かが繋がるかもしれない。
関わりたくないのに、どうしてこう一本道に話が進んでしまうのか。運命とは、余程残酷な理念のようだ。
ゼノスは腹を括った。こうなれば、もう抗っても仕方ないと。さっさと自らの手で事件を終わらせ、即座にこの国を出ようと。例え騎士団が滞在しようと言いだしても、ゼノスは賞金稼ぎの道を歩み、騎士団を辞めて他大陸へと赴く覚悟でいた。
だからゼノスははっきりと言った。
「分かりました。出ますよ」
「「え、本当にっ?」」
……意外だったのか、驚愕の声を漏らしてくる二人。
日頃の行いが悪いと理解しているものの、どうも虫の居所が悪いゼノスであった。
不機嫌オーラを出しつつ、ゼノスは試合の際にやるべき事を問う。
ニルヴァーナ曰く、試合ではこうあれと言ってきた。
「まず服装は奇妙なそれを禁ずる。しっかりとシルヴェリア見習い騎士の鎧を装着する。そして剣は今所持するものでも構わんが、面目を気にしてくれるのなら、過去に依頼で手に入れた名剣を装備してくれると助かる」
という事らしい。
この説明で八割方面倒だという気分が増してきたが、素直に従う素振りを見せた。
そして隣のサナギは、珍しく神妙にこう伝えてきた。
「おいゼノス。お前の実力、見させてもらうぞ。本気で戦わなかったら承知しないからな!」
と言って、そのまま二階へと上がってしまった。
これで九割面倒臭くなったゼノスであったが、やはりそうも言ってられない状況だった。
残り一割、ゼノスは何の違和感も無くマルスを打ち倒し、奴が何者かを問い詰める事を決意していた。




