ep8 決意の末に
イルディエを連れ戻してから、既に三日が経過した。
あれからレイダ達と話し合った結果、グライデン傭兵団は引き続き依頼を続行する事となった。
アグリムの殺害、及び比較的正常な状態にある奴隷の解放。しばらくは相手の出方を図りつつ、このトル―ナの町に滞在するわけだ。本当ならイルディエとエルーナは王国に保護される予定だったが、本人の意思によりゼノス達の元に居住まう事となったのだ。
グライデン傭兵団員、イルディエ。奴隷という素性が知れないよう、一時的に仲間となり、一方のエルーナは、傭兵団に雇われたハウスメイドとして身を置く事となった。
――まあそんなわけで、今はこうしてイルディエ達を守りつつ、傭兵団と王国が共同でアグリム潰しを行っている途中である。
……さて、そんな大事の最中。
隠れ家の裏方にある庭にて、激しい剣戟の協和音が聞こえてくる。
「はあッ!」
「ぬっ。今のは良いが……じゃが隙も多い!儂をそこいらの素人と一緒にするでないわぁッ!」
精の出る掛け声に、野太い喝が素早く反響してくる。そのやり取りだけで空気が振動し、大地が震える。
――ゼノスとアルバートは、依頼の合間を縫って激しい稽古を行っているのだ。
何故アルバートがいるかというと、これも少々込み入った事情がある。
周知の事実だが、この老騎士はランドリオ帝国の騎士であり、その中でも最強を誇る六大将軍の一人だ。
彼はランドリオ皇帝と教会組織の命により、単独で奴隷市場の殲滅を指示されたらしい。六大将軍は基本、隊を引き連れず独断で仕事を遂行する。今回はその大任を、アルバートに預けたのだ。
レイダの所に来たのは、同じ目的を有するグライデン傭兵団と協力関係を結ぶ為だと言う。
なので、こうして当然の如くいるわけである。
「……ちッ、相変わらずタフな爺さんだな」
「わはは、それが取り柄じゃからな!儂の防御を砕けば、守る者も守れるぞ!」
「――なら、打ち砕いて見せる!」
ゼノスは剣を両手で持ち、アルバートに向かって突進する。
彼は自慢の戦斧の代わりに、今は身の丈に合っていない剣を握っている。仮に戦斧だったとしたら、力勝負では到底勝てない。
だが剣が相手ならば別である。戦斧と比べて、安物に近いあの剣は非常に折れやすい。無理に負荷を加えれば、容赦なく剣刃が破壊されるだろう。
……アルバートに勝つには、それしか勝機が見えない。
剣を頭上へと持ち上げ、アルバートの間合いに入るとすぐさま剣を振り下ろす。
だが、それは甘い考えであった。
「…………ッ」
「……考えが浅いのう。儂は自滅する程、衰えてはおらん」
アルバートは絶妙な力加減でゼノスの一撃を防ぐ。しかも剣は折れておらず、ましてや一寸の刃こぼれもしていない。
だがこれは序の口だ。力の加減など、ランドリオ騎士団員でも容易に出来る。
最も恐ろしいのは――次の手だ。
「ぬうんッ!」
先程までの手加減は嘘のように、今度は全身全霊の力を剣に込める。ゼノスの全身はその覇気に飲まれ、背筋が凍る。
既に折れる段階にあるにも関わらず、アルバートの剣は彼の力に耐えている。……一体どうやれば、こんな芸当が出来るのだろうか。
計り知れない力に圧され、ゼノスは剣を弾かれる。
「くっ……」
「馬鹿正直に突っ込むのはいかんな。それは英雄と呼ばず、愚か者と呼ぶのじゃよ。もっと相手の力量を見定め、自分の特性を生かした戦略を築け」
アルバートは汗を拭い、剣を鞘に納める。溢れる闘志も引っ込ませ、稽古の終わりを告げる。
こうなった経緯は、もちろん三日前の出来事に由来する。
ゼノスがイルディエ達を守ると決めた以上、彼もまた相応の力が必要だと理解している。現状のままでは、あの黒づくめの青年には勝てない。むしろ呆気なく殺されてしまうかもしれない。
自分はこの力を、聖騎士流剣術を過信していた。それではガイアも浮かばれぬし、騎士の本懐には辿り着けないと悟った。
だからゼノスは、もう一度基礎から鍛えようと思ったのだ。
これが正しいのかは分からない。この過程が、自分を騎士たる存在に染め上げるかも分からない。
分からない尽くしだ。だが迷っていては、何も解決しない。
ゼノスはもう後悔したくない。だから自分なりに、騎士として……聖騎士に見合う力と精神を身に着けたいのだ。
「……久しぶりじゃな、その目は」
光を帯びた瞳を見て、アルバートは嬉しく思うばかりだ。
完全に腑抜けたわけでは無い、かつての表情。ガイアの希望は潰えていないと分かり、微かな安堵を覚えた。
この姿を見れば……きっとガイアも、その弟子達も喜ぶだろう。
「なあに満足した様子で剣を納めてんだ。俺はまだやれるぞ!」
剣を構え、アルバートに対して威勢よく言い放ってくる。
好戦的なのは結構だが、今回ばかりは呆れるしかない。アルバートは盛大に嘆息する。
「焦るでないわ小僧。これ以上戦っても、余計な疲労をもたらすだけじゃて。……それに、後ろを振り返ってみろ」
「後ろ?」
そう促され、ゼノスは後ろを振り返る。
そこには、丁度やって来たイルディエとエルーナがいた。二人はマハディーン特有の色鮮やかな民族衣装の姿で手を振っている。
「ゼノス様~。朝食が出来ましたよお~!」
間延びした口調で、エルーナが声を掛けてくる。
――もう朝食の時間か。早朝四時から稽古を始めたのに、既に三時間以上も経過したという事になる。
このまま意地を張ってでも稽古を続けたい。しかしアルバートは愚か、エルーナとイルディエに猛反対されるだろう。彼女達はゼノスと一緒に食事を摂らないと嫌らしい。
ゼノスは不本意だが、剣を腰の鞘にしまう。
「……後でまた頼む」
「分かっとる。全く、その往生際の悪さもガイアそっくりだわい」
「そりゃどうも。……って、何処に行くんだ?」
アルバートも朝食を摂るのかと思いきや、彼は中庭の先にある小さな門へと向かう。
「敵の視察じゃよ。一挙一動を監視し、何か不審な行動を取れば、すぐさま何かしらの行動を行えるようにな」
「……な、なるほど」
納得するゼノスをチラ見し、アルバートは小さく笑む。
「儂も大変じゃが、小僧は小僧であの娘達を守るんじゃろ?……ふふ、精々気張れよ。色々な意味での」
「は……?」
意味深な言葉を残し、アルバートは颯爽と行ってしまう。
朴念仁のゼノスには、その言葉の意味が分からない。
……が、約数分後。
何となくだが、言葉の意味を否応なく理解する事になる。