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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
四章 オアシスの踊り姫
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ep7 守護の誓い




 トル―ナの町は広大だ。




 唯一のオアシスを町の最西端に置き、オアシスの水が流れる水路に沿うように民家が展開されている。大体の面積は統計で確認されていないが……その規模は一大国の城下町にも匹敵する。



 更に町の構造も複雑多様である。古い建造物も存在すれば、全く新しい様式の異なった建造物もあるのだ。道も変に舗装され、よほど土地勘がないとすぐに迷ってしまう。



 そんな迷路に似たトル―ナを、ゼノスは歩き続けていた。



 鋭い日照がゼノスの意識を朦朧とさせる中、あらゆる場所へと行き、イルディエを捜索している。



 相変わらず人混みの激しいバザール地区、貧困層が集う集落地帯、旅人の憩いの場となる歓楽街……。そして勿論、アグリムの屋敷と彼が保有する別荘へも赴いた。




 ――しかし、それでも彼女は見つからない。




 念入りに気配を探っているが、イルディエらしき波動の持ち主は存在しない。彼女は「戻らきゃ」と言っていたのにも関わらずだ。



 彼女は既に殺されたのか?そんな想像もしてしまう。



「……ったく。何処にいるんだ」



 イルディエを探し始めてから、もう数時間が経過している。



 太陽は沈み、また夜が訪れる。砂漠の夜は非常に冷え込んでいて、外套を着込まないと肌寒い程だ。



 だが弱音を吐ける立場ではない。



 イルディエを見つけなければ、グライデン傭兵団の沽券にも関わる。自分の所属する団の評価が下がるのは嫌だし、また叱責をくらうのは御免だ。



 …………そう、その筈だ。



 如何に広大な町と言えども、粗方の場所を探し尽くしたゼノス。元奴隷の身分の上に、彼女はトル―ナ出身の者ではない。どこかの民家に泊まっているという可能性はないだろう。



 なら一体どこにいるのか。



 寒空の下で、ゼノスは考え込む。



 だがすぐにある場所を思いつき、ゼノスは歩を進める。




「――オアシスにいるかもしれない」




 可能性は大いに低いが、それでも捨て切れない。



 例えオアシス自体には何も無く、普段は誰も立ち入らない場所だとしても……。



 進む。前進する。無我夢中で歩き続ける。



 オアシスは最西端に位置する。今歩いている大通りはトル―ナの最東端にある為、ここからだと軽く二時間は掛かってしまうだろう。



 利口な人間ならば、一旦戻って明日に備えるかもしれない。そこまで彼女に固執する必要はないかもしれない。



 ――だが気持ちが焦る。



 ゼノスにとって、イルディエは無力な存在だ。



 過去数回にわたって見てきた。非力で哀れな少女達を。彼女は無残に殺され、畜生に犯され、女だからと言って虐げられてきた少女達によく似ている。ふと、彼女達とイルディエを重ねてしまう。



 ……いつの間にか、ゼノスは走っていた。



 最初こそイルディエを意識しなかったが、今は違う。



 通り行く人々にぶつかりながら、そして痛烈な罵倒をも無視して、トル―ナの夜を駆け抜ける。 



 頭の中はイルディエで一杯だった。生きていてくれ、死なないでくれと祈りながら…………走る。



 やがて人通りの多い地区を抜け、閑静な住宅街を突き進む。次第に建物さえも点々と散らばる程度となり、砂塵が体全体へと付着してくる。景色も大きく変化し、広大な砂漠が見えてくる。



「はあ……はあ……」



 息を切らしながら、ゼノスはオアシスへと辿り着いた。



 雲に隠れていた満月が姿を見せ、淡い月光を放つ。月光は目前に広がるオアシスの水面を照らし、水面は幻想的な光を反射させる。



 周囲を覆う草木はなびき、心地良い自然の音楽を演奏する。オアシスはさながら、一つの大きな舞台。



 誰も居ない…………………………いや。





 一人の少女――イルディエだけが舞う、孤独の舞台だ。





「……」



 ゼノスは疲労も忘れ、息を呑んだ。



 彼女はゼノスの存在さえも認識せず、ただ踊り歌う。月光という名のスポットライトを浴びながら、軽やかに跳ねる。優雅に腰をひねる。魅惑の足が軽快なリズムを作る。



 彼女が踊れば、草木も踊る。彼女が美しい姿を晒せば、月光がそれを綺麗に、そして艶めかしさを助長させる。



 イルディエは美しい。容姿や肢体だけでなく、その雰囲気も。全ての男を虜にする姿は……ゼノスさえも魅了する。



 先程まで怯えていた彼女とは違う、本来在るべき姿。



 大地を祝福する為に踊り、空を喜ばせる為に歌う古代民族――アステナの民だけが有する特徴なのかもしれない。



 ……絢爛華麗、且つ激甚の想いを乗せたこの踊りは、彼ら以外には真似できない。






 

 こうして華麗な舞踏が終わった頃。




 ようやくイルディエは、ゼノスの存在に気付く。



「……あ」



 彼の姿を見つけ、意表を突かれる。



「よう。こんな寒い所で、よくもまあ踊り子衣装で居られるな」



 ゼノスは咳払いをし、何とか平静を保つ。そのおかげで、彼女に対する個人的な想いは消え去る。



 一方のイルディエは、申し訳なさそうに口を開いた。



「……私を探しに来たのですか?」



「まあな、あちこちを探し回ったよ。……まさか、こんな場所にいるとは思わなかったが」



「ここはお気に入りの場所なんです。何か嫌な事があったり、不安な事があった時は……いつもここで踊っています。そうすれば、何とか忘れる事が出来ますから」



 また弱々しい態度で答えるイルディエ。この様子からすると、恐怖でアグリムの元に戻れなかったのだろう。



「――俺達の元に戻るつもりは?」



 イルディエは首を横に振る。



「ありません」



「何故?」



「……命の恩人達を巻き込みたくないからです。特に、貴方を」



 心臓を締め付けられるような思いに駆られ、恩人に対する罪悪感に囚われる。



 アグリムの勢力は強大だ。彼が本気で潰しに掛かれば、ゼノス達の傭兵団は瞬く間に壊滅し、恐ろしい劫罰が待ち受けている。知見から得る事ではなく、トル―ナに住まう誰もが常識とする範疇である。



 奴隷の救済――それ即ち禁忌であり、アグリムはそれを許さない。



 しかしゼノスが酷い仕打ちを受ける姿なんて、イルディエは見たくもない。



 それ故に、彼女は拒絶する。



「だから関わらないで下さい。……弱い私には、この運命に従わなければなりませんから」



「……」



 悲哀を抱いた背を向け、イルディエは銀髪をなびかせ離れ去ろうとする。

 



 ――運命、か



 

 全てが神によって定められ、思うがままに操作されて来たのか?



 イルディエは自分の不幸を運命と決め付け、観念している。奴隷という身分に束縛され、それこそが自分の役割だとしている。



 ――ならゼノスは?



 ゼノスもまた、彼の運命とやらに振り回されているのか?



 傀儡の様に操られ、何も変えられないのか?一生弱いままで、一生大切な者達を奪われ、それを静観するだけしか出来ないのか?



 ……だとしたら、何て不条理な世界だろうか。



 しかし、そう思えたら幸せだという自分も存在する。複雑な感情に苛まれず、才能が無いと分かれば、他に行く道が開かれるかもしれない。



 あるいは崩壊への一途も、あるいは平和への道筋を。



 ……願う物を捨てれば、救われるかもしれない。



 

 イルディエは奴隷からの解放を捨て。




 ゼノスは騎士になる夢を捨てれば。



 ……でも。



 


『――奴はお前のように、他の騎士とは比べなかった。他の騎士とは違う騎士になろうとした。奴にそれが出来て、何故お前が成し遂げられない?』

 



 

 ふとゼノスは、アルバートの言葉を思い出す。



 才能以前の問題として、ゼノスは単に逃げているだけであり、向き合おうとしていない。結局は意思の問題で、揺るがぬ希望を追い求めてこそ真の結果が見えてくる。



 要はそう言ったのだ。諦めの早い人間ほど幸が薄く、生涯夢を叶える事は不可能であると。




 進まねば、始まらぬ。




 切り開かねば……夢物語のまま終わってしまう。



「……」



 それは自覚しているつもりだ。――否、今自覚した。



 ゼノスも、イルディエも。体験してきた悲劇を繰り返したくなければ、やれるだけの努力をしないといけない。



 鏡に映る自分のように、ゼノスはイルディエの生き様を見て、イルディエはゼノスの在り方を見て――。




 ――閉ざされた想いを、曝け出す。



 無意識に近い状態で、ゼノスはイルディエの手を掴む。



 突拍子の行動に、彼女は目を丸くする。



「…………離して下さい。覚悟を決めて、今から主の元に行くのですから」



「……自分の意思に反してでも、か?」



「――当然ですッ。他にどうしろと、弱い癖に抗えと?」



 無理に決まっている、と付け足すイルディエ。



 ああやはり。彼女とゼノスは酷似している。



 似ているからこそ、彼女の全てに共感する事が出来る。これ以上苦しい世界を見たくないから、現実に従う。巨大な壁に立ちはだかろうとせず、悲劇のヒロインを気取る。



 何も変えようとしない、ゼノスと同じ考え。




 けれども、『変える事』は可能だ。




「イルディエ。――自分が弱いと思うなら、強くなろう」




「強……く?」



「そう。実は俺も、お前と同じなんだ。そうして弱い自分に絶望し、夢さえも諦めかけていた。――騎士になろうという夢を。けれどもッ!」



 イルディエの手を両手で握り、懇願する様に続ける。




「――イルディエと共に強くなれば、変われるかもしれない」



 

「……ゼノス」



 真摯な瞳に覗き込まれ、イルディエの心に揺らぎが生じる。



 月夜の下で告白された言葉により、一抹の思いが瞬時に張り巡らされる。



 ――この人と共に行けば、変われるかもしれないと



「俺はイルディエをアグリムから守って見せる。そしてイルディエは、奴隷から抜け出せる程の力を付けてみろ。……心も体もな」



「……自信が、ありません。それに私が居れば、迷惑に――ッッ!?」



 言葉を紡ぎ終える前に、イルディエの視界が虚ろになる。異様な眠気に誘われ、意識がはっきりと機能しない。



 少々手荒だが、無闇にアグリムの前へと現れ、無残に殺されるよりはマシだ。こんな時の為に、眠り花の花粉を持参した甲斐があった。



 ゼノスは倒れる寸前のイルディエを抑え、小さく呟く。



「大丈夫。迷惑なんて思っていないし、答えに関しては急を要する必要もない。…………俺はその言葉を絶対守るから、それを見てから答えを出してくれ」



 静かな寝息を立てるイルディエに対し、決意を述べる。それは弱い自分との決別であり、誓いでもある。








 完全に意識を失ったイルディエを抱えて、ゼノスは隠れ家へと戻る事にした。…………言葉通りの覚悟を示す為に。












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