ep0 聖騎士の再来(改稿版)
――白銀の聖騎士。
顔を覆い隠す白き兜を被り、重厚なる白銀の甲冑を身に着けた最強の騎士。
彼の英雄譚は、このランドリオ帝国だけでは収まらない。
竜の巣食う宮殿へと単独で突入し、千年以上畏怖されていたという竜帝を滅ぼした。そしてその末に、彼の地から異世界へ渡ったという伝説。
始祖竜シルヴェリアを討伐し、世界に広まりかけた混沌を払ったという伝説。
それらはとても有名な話であって、彼の偉業はそれだけでは済まない。幾百もの死闘を繰り広げ、その度に多くの人間が聖騎士を語り、注目と尊敬を集めた。
主に絶対の忠誠を尽くし、このランドリオ帝国の一将軍として、恥じぬ正義と強さを示してきた。
……出身不明、本名不明、人種不明の彼であるが、その英雄譚は行方不明から二年の今でも語り継がれている。
――あの忌まわしき『シールカード』を滅ぼすべく、我らを救うために帰って来て欲しい。……この記事を書く私は少なくとも、そう思っている。
あの悲劇があっても、聖騎士は我等の英雄である。私だけでなく、多くの民がそう思っているだろう。
歴史研究家 ジェラルド・モーキンス
その記事を読み終えると、ゼノスは新聞を破りたい衝動に駆られた。
ランドリオ港の桟橋に座り込む彼は異質な服を纏い、目元にまで伸びるストレートの茶髪を掻き毟る。
桟橋に視界が入った通行人は、誰もがその不可思議な姿に奇異の視線を送っていた。
『珍獣を見るような目を止めろよ!』と言いたい所だが、周りの人間が態度を変化させる事はまず有り得ないだろう。
傍から見れば、その姿は確かに異様なのだから。世界中のどこを探しても、こんな格好をした人間は見当たらないだろう。
……といっても、この服は赤のジャケットに黒のカラージーンズというのだが、これが異世界の服だと訴えた所で、納得する事はないと見ていいだろう。あえて視線を気にしないことにしよう。
とにかく、今の問題はこの胸クソ悪い記事である。
いや、記事自体に問題はないのだが、正確に言えばこのような記事が出回っている事実に呆れていた。
――だから戻りたくなかったんだ。
こんな記事を見てしまうから、人々の記憶にまだ聖騎士を頼る気持ちを垣間見てしまうから、ゼノスはこのランドリオ帝国に戻りたくなかった。
第一、この記事に書かれている事は間違えている。異世界には行ったが、竜帝を滅ぼしてなどいない。奴とは死闘の末に引き分けで終わったのだ。
それだけじゃない、確かにプロフィールなんて語っていないが、まるで人間じゃないかのような言い回しには、いささか憤りを覚える。
「……ちゃんと、ゼノスっていう名前があるのにな」
ゼノスは一人でそう訴えていた。外見からしてみれば、眉が少々動いたという変化しかわからないと思うが。
そんな記事への不満にふけていた頃、後方から自分を呼びかける声に気付いた。
それが自分の仲間のものだというのは、少し経ってから把握した。
「おーい、ゼノス!そろそろ宿舎に行くって、早く行くよ!」
聞き慣れた男の声。
ゼノスはもう時間かと思いつつ、広大な海を背に立ち上がった。新聞はその場で破り捨て、前方の巨大な城下町、そしてさらに後方にそびえ立つ壮麗な城を見上げる。
二年前と同じ光景、兜を通して見たあの懐かしい町が視界に映る。
それを見て、ただ一言だけ呟く。
「……あーあ、面倒になりそうだなこりゃ」
彼はダルそうにあくびをしつつ、眠気眼のまま呟く。
聖騎士を知る者が見たら、とても同一人物とは思えない言葉を言い放つ始末であった。
ゼノス・ディルガーナは、今年で二十三歳となる。
放浪騎士団シルヴェリアの騎士見習い。
元ランドリオ帝国六大将軍であり、『白銀の聖騎士』の名を冠する帝国屈指の最強。
だが現在の日課は、掃除に洗濯、そして主に居眠り。
あえて何かを付け足すならば――
ここ最近、武器を握った覚えがないボンクラ騎士である。