第八話 いざ
昇一郎がずっと起きていた。
昨日の彼の様子からは想像できないほど、黒板を凝視していた。
授業中も休み時間中も、ずっと黒板を見ていた。
ああ、いや・・・。と首を振る。
多分黒板を見ていたわけじゃないんだろう。
視線の先に偶然黒板があっただけで、別に黒板を見ているわけじゃない。
多分、その先。
我有先輩達との喧嘩を思い描いてたんじゃないかと思う。
我有先輩と戦うためのイメージを、ずっと思い描いていたのだと。
キーンコーンカーンコーン
帰りのHRも終わった。
昇一郎は結局動かなかった。だから掃除の時間はとても邪魔だったが、それでも誰も文句は言わなかった。
じゃ、なかった。言えなかった。
昇一郎の目が、とてつもなく怖かったからだ。それ程までに、イメージを鮮明にしてたのだろうか。
が、ともあれ、もう放課後になってしまった。これから何が起こるのか知っている僕は、昇一郎を起さなければいけない。
今までになく―――といっても昨日会ったばかりだけど―――真剣な眼差しの昇一郎に、話しかけるのが少しだけ躊躇われる。
が、このまま放っておくとこのまま日が暮れてしまいそうだ。
だから、「昇一郎!行こう!」と、声を掛けた。
「時間だよ!?我有先輩と――――」
喧嘩するんでしょ!?という言葉は飲み込んだ。お風呂上りに飲む牛乳並に飲み込んだ。盛大に。
今教室の中でそれを叫ぶのはまずい。と、いうか、この学園内で叫ぶのはまずい。
何故ならこの学校で“生徒会”に喧嘩を売るというのはほぼ自殺行為だからだ。
自殺行為だからなんだ、と言われても困るけど、ともかく生徒会と関わるのはまずい。関わっていると知られるのもまずい。
別に僕が直接関わっているわけじゃないけど、周りの皆は昇一郎が僕と一番仲が良いと思っているから、めぐり巡って僕も“危ない奴”というレッテルを貼られかねない。ただでさえレッテルがもう僅か1cmの距離まで迫ってるのに!
「――――お話が、あるんでしょ?」
急遽、脳内思考回路をフル活動させて何とか路線変更に成功。
ついでにギコチナイ笑顔も追加。
なんとも言えないカモフラージュに涙が溢れそうになるが、ぐっと堪えてみる。
四方八方から「怪しいな・・・」とか、「何か今言い換えただろ・・・」とか聞こえてくるが、涙とともに飲み込むことにする。牛乳並に。
「ほら、昇一郎!精神統一したいのは解るけど、もうそろそろ行かなくっちゃ!」
言うが、それでも昇一郎は静かに、一点を見つめている。
なにか思うところがあるのだろうか。
だとしたら一体どんな・・・。
と、そこまで考えて、
ん?
と、首をかしげた。こんなような場面を、前にも見た気がする。
たしかあの時は・・・。と思い出し、僕は昇一郎に近づいた。
「ンゴ・・・、グガ・・・」
小さく聞こえるその音はまさに、
I・BI・KI!!!
僕は大きく息を吸い込み、
「昇一郎ぉぉぉぉおおおおお!!」
叫んでやった。
「ッハ!?何だ!?そうか!OK!よく解った!!」
「何が!?今日は何も説明して無いよ!今まで寝てたの!?ずっと!?今まで目を開けたまま!?せっかく僕がさっきカッコイイ事言ったのに!?イメージとか全然ねぇやこの人!」
周りを気にせず僕は叫んだ。
周りの視線が体全体に突き刺さったが、それを解っていて敢えて大きな声で叫んでいた。
もしかしたら、これから起こる事への不安を、叫んでかき消したかったのかもしれない。
もしくは、
楽しみだったのかもしれない。
これから起こる事に、子どものように声を上げて喜んでいたのかもしれない。
もしくはその両方か。
そんな解らない気持ちを胸に、ともかく僕は寝ぼけまなこな昇一郎を体育館裏へ案内した。
放課後。体育館裏。
ここに、僕と昇一郎の二人だけが立っている。
普段なら部活生等の学生の姿がちらほら見られるはずだが、今日は一人も見られない。
恐らく、我有先輩が手を回しているのだろうと思う。
体育館裏に近づかないように、今日一日の全部活を休止にしたのだろう。
その証拠に、ここから見えるグラウンドには人っ子一人見受けられない。
やはり、我有先輩はここに人を近づけないようにしている。
と、いう事は、だ。
我有先輩も意識している、という事だ。“喧嘩”を。
図書館ではその事は口にしなかったが、やはり我有先輩も察したのだろう。
まぁ、机を目の前で四散する程殴られれば誰でもわかるかもしれないが。
ともあれ、我有先輩は“その気”である、という事だ。
今まだ、先輩は来ていない。
僕等は――と言っても昇一郎がどうかは解らないが――、高鳴る心臓を落ち着けながら、先輩が来るのを待った。
「待たせたな」
声がした。
声のほうを向くと、いつの間にそんなに接近していたのか、数歩向こうに我有先輩の姿があった。
その一歩後ろには、やはり漸樹、鋼器先輩の姿も見える。
「ちょっと色々と時間がかかってな」
ニヤリ、と笑う我有先輩は、何かこれから起こることを楽しみにしているように見えた。
「双子先輩もつれてきたんスね。一人じゃ不安でしたか?」
「なに、こいつ等は心配性でな。俺を一人にしない。何かあったら、俺を守ってくれる頼もしいやつ等だ」
そう言う我有先輩の口調は、本当に二人を誇っているように感じた。
と、共に、漸樹、鋼器先輩が我有先輩の前に立つ。
「お・・・、っと?なんスか?」
「回りくどいのは嫌いだ。どうせ、お前もそうだろう?」
言いながら我有先輩は踵を返して、向こうの方へ歩いていく。
「何だ?アンタは高みの見物かよ?」
「ああ」
こちらを振り返ることなく、我有先輩は言った。
「お前じゃたどり着けない高みでな」
「すぐにそこから引きずり降ろしてやるよ」
掛けられる言葉の間に、二人の“鬼”が立ちはだかる。
「いざ」と漸樹先輩。
「グフ・・・」と鋼器先輩。
そして、
「掛かって来い。即効で終わらせてやるよ、雑魚等が」
昇一郎は楽しそうに拳を鳴らした。
楽しそうに笑いながら、それでも目は厳しく二人を視線から外そうとしない。
僕はそんな三人を、遠くから見守ることしか出来そうに無かった。
遅くなってしまいました。
すみません。
主人公がようやくまともな対決です。相変わらずギャグ要素が少ないですが、楽しんで頂ければ幸いです。