六点五話 朧
『我有には気をつけなよ』
美冬先輩のあの一言が気になった。
気をつける。
何をだろう?
アレは僕に言ったのか、それとも昇一郎に言ったのか。
僕は考えながら、向かってくる練習生を投げ飛ばした。
「ほじゃッ!」
奇妙な声を上げて床に叩きつけられる練習生。
すかさず立ち上がって、再び僕に向かって距離を詰めてくる。
今僕は自分の家にある道場で練習生を相手取った組み手をしていた。
そこそこの実力者ではあるが、あの学校に通っていると、この程度の子ならば腐るほどいる。
しかし、と僕は構えを取った。
とんでも無い人が転校してきたな、と。
容姿、態度は勿論、
力が。
強い。強かった。
あの島津達を、ものの数秒で倒してしまったあの力。
どの型にも当てはまらない、無手勝流の典型。
まさしく我流。それ故に強く、あの自信が出てくるのだろう。
考えながら、再び練習生を投げる。
気付けば、向かってくる人数が二人に増えている。父さんが増やしたのだろう。
その二人を“いなし”ながら、昔祖父が言っていた事を思い出す。
『強い者には必ず相応の力が引き寄せられる。故に強い者は苦労し、故に強い者は更に強さを得る事が出来る』
所々曖昧ではあるが、こんな様なことを言っていた記憶がある。
そして今日の美冬先輩の言った、『我有には気をつけなよ』の一言。
祖父の言っていた事が、いやに現実味を帯びてきている。
昇一郎は強い。
それも相当に。
しかし、もし仮にあの三人と対峙した時、果たして勝てるかどうか。
バシィンッ
バシィンッ
二人を同時に床に叩きつけて、ふぅ、と一息を入れる。
二人も、もう向かってこなかった。床に倒れこんで、「はぁ・・・はぁ・・・」と荒い息をしている。
少しやりすぎたかな・・・。
父さんに一言断りを入れて、道場から出る。
縁側から足を投げ出して、空を見た。
朧雲に月が霞んで見える。
さて、
と、僕は目を細めた。
厄介な事が起きなければ良いな。
そう思う。
出来れば巻き込まれたくないし。
僕は普通でいいし。
ただ、
ただ、
祖父はこうも言っていた。
『強い者には支えも必要』
と。
支え。
今日会っただけだが、昇一郎には何か色んなものを惹きつける魅力を感じた。
どうだろう。
日々、平凡過ぎてつまらなかった生活。
それがもしも一変するような事が起きたら。
楽しいかもしれない。とは、思った。
昇一郎なら、何かやってくれそうな気がする。
僕は空を見上げて、朧に霞む月を、細めた目で眺めた。
雲はまだ、開けそうになかったが。
特に意味は無いです。