第四話 空腹と出会い
存在感、という言葉がある。
それは決して見えるものではなく、体で感じるものである。
それは時には美しさとして。
それは時に畏怖として。
さまざまな形として人はソレを感じる。
それ程の“気配”を感じさせるには並じゃない訓練が必要だと思われる。
だから、
僕の隣で授業中にも関わらず爆睡中の昇一郎も、そんな訓練をしたのだろうか?
「ぐごがぁあああああ!」
昇一郎が立てている鼾は教室を越えて廊下まで響いている。
が、先生はそれを注意しない。
と、言うより出来ない。
何故なら、
怖いからだ。
単純に。
昇一郎が。
この学校の教師は普通じゃない。それなりの腕を持っていないと生徒を収められないからだ。
だから必然的に、生徒達よりも腕の立つ教師が雇われる。その位になると、人は一目で相手の技量や対戦経験を読み取れるようになる。
つまり、
読み取ったのだ。
昇一郎から。
彼の技量、対戦経験を。
それを踏まえて注意が出来ない。つまりは自分では収めきれないと判断したと言うことだ。
そんな“存在感”を放ちながら、彼は僕の隣で授業中四時限目が終わるまで眠り続けるのだった。
「おい、我が下僕、隆平」
「だから、僕がいつ下僕になったのさ?」
授業終了のチャイムと同時に起き上がった昇一郎は、挨拶の後に開口一番にそう言った。
「腹が減った。飯を寄越せ」
「何で!?自分のは!?」
「食った」
「何時!?」
「学校来る前」
「意味無い!全くお弁当の意味が無い!ちょ、駄目だって!僕のお弁当!お母さんが作ってくれたんだから!解った!待って!マッテーッ!」
と、いうわけで、僕は昇一郎を連れて学校案内を再開していた。
さっき島津云々達とドンパチやったせいで、結局最後まで案内が出来てなかったからだ。
それに食堂を紹介しておかないと僕の弁当が危険に晒される。
「ここが食堂だよ。ここの名物は一杯五百円のちゃーしゅー麺。少し多めにチャーシューを多くして貰えるときがあるんだよ。さ、行ってくるといいよ。・・・え?何その手?え?お金が無い?え、イヤだよ!僕だってお金ないんだから!いや、あるけどもそんな人に渡すまで持って、って、あ!いつの間に!?だ、駄目だって!持ってっちゃ!何!?その冷めた目!?五月蝿い、って、君が財布を・・・!ああ!皆まで!?そんな、ひどいよ!僕の財布――――ッッ!!」
「ふぅ」
昇一郎は食堂名物のチャーシュー麺を食べた後(三杯)、教室に戻ることにした。
と、言うか、それくらいか転校初日にすることなんて無い。学校を見て回るのも、さっきの島津やらの件もあるし。それに何より面倒だ。
食堂を出、さっき隆平と一緒に来た廊下を逆に歩く。
途中、すれ違う全員が振り返って昇一郎を見ていたが、そんなことには全く気付く気配も無い。
「ふふぁあ〜」
さっきまで眠っていたのにも関わらず欠伸を一つ。
目を擦って大きく伸びをして、階段の横を通り過ぎようとした時だ。
昇一郎は欠伸を止めて前に見入った。
異質。
明らかな“異質”に、昇一郎は足を止めた。
それは三人組だった。
一人は顔の下半分を布で覆い隠している男。身長は高く、恐らく昇一郎よりも少し高い。190前半〜後半はあるだろうと思われる。細身に見えるが、恐らくアレはシャープな筋肉。それを思わせる、無駄の無い歩き方をしている。
二人目は更に異質。顔の上半分を布に隠し、見えているのは口元だけ。口元は大きく歯を見せ笑っている。その男の体系はパッと見るところの肥満。それも相当の。しかしよく見るとそれはかなり太い筋肉だと解る。顔もふっくらとしていて、一見ではただの肥満と思われてしまいかねない、それでも確かに筋肉をつけた体系。腕が下手したら頭と同じくらいに太い。前に屈むようにして歩いている。
そして、
三人目。
見た目、及び体躯は言うところの普通。筋肉質でもなく、かといって肥満でも痩せ型でもない。いたって普通に見えるソレだが、昇一郎は並々ならぬ“何か”を感じていた。
それはソイツの“貌”。“表情”。
ソイツの“眼”から、他の二人以上の何かを感じた。
事実、ソイツを中心に、他の二人は一歩を後ろに警護しているように歩いている。
強いな・・・。
昇一郎は思った。
自然と拳を握り締める。
向こうも、さっきからずっと視線がこっちに向いている。
こちらへ歩きながら、確かに双方共に闘争のオーラのようなものを漲らせていた。
が、
「キャァッ!」
突然声は上から聞こえた。
昇一郎は反射的に上を見上げた。
女生徒の一人が、階段の上から足を滑らせて下に落ちようとしていた。
「あ・・・」
と言う間に、女生徒は床へと距離を詰めている。
チッ!錘が・・・・ッ!
錘の所為で、とっさの事態に体が上手く動かない。
もう、落ちる。
そう昇一郎が考えた、
その刹那。
ガシッ
女生徒は抱えられていた。
抱えたのは昇一郎ではない。
さっきの、異質三人組の一人。顔の上半分を布で隠している、あの男だ。
「あ、ありがとうございます!」
床に静かに降ろされた女生徒は、そうお礼を言って階段を駆け上がっていった。
男は去り行く女生徒に大きく手を振っていた。「ぐふぐふ」言いながら。
「オイ!鋼器、行くぞ!」
声に、昇一郎は振り返った。二人が男――鋼器と呼ばれていた――を呼んでいた。
「ぐふ・・・!」
男はそう答えて(?)、二人の下に戻った。
昇一郎はその流れを呆然と見送っていた。
中心に居た男が去り際、昇一郎に嘲笑気味た笑みを投げた事に、昇一郎は気付いていた。
前話から長く間が開いてしまいました。
ネットが繫がらなくなったり小説のネタのデータが一部消失したり色々重なってしまい、この用になってしまいました。
が、こっからまたちょくちょく書いていきますのでよろしくお願いします。
今回も、楽しんで頂ければ幸いです。