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第十九話 腹が立つ理由

昇一郎は腹を立てていた。

本人も、何故こんなに腹が立っているのかわからないくらいに。

我有朝彦、漸樹鋼器兄弟。

漸樹、鋼器はともかく、我有朝彦までも立てないまでにやられていた。

あの後一応隆平と三人を保健室に運んでいったが、その後すぐに昇一郎は部屋を出た。

今はそのまま、部屋を出た足で廊下を歩いている。

歩きながら、

思う。


腹が立つ。


昇一郎の表情は無表情ではあった。

しかし、確かに腹が立っていた。ただその腹立たしさがどこから来るのか理解できず、昇一郎は表情を作れずにいたのだ。

曲がり角を曲がって、昇一郎は考える。

何で俺は腹を立てているのか?と。

いや、まぁ、何だかんだ言ってある程度の理由は解っている。というか、確定している。

間違いなく、我有明彦達の事についてだろう。

そこまでは解っているのだ。昇一郎自身。

が、解らないのはその先だった。


怪我を負っている相手に対し、更に追い討ちをかける行為。


至極普通の一般人ならば「酷い」と口を揃える事だろう。

が、今回は違う。

そう、昇一郎は思う。

一般人に、我有明彦達にしたような事をしたのならば、「酷い」で事がつく。

が、今回の相手は我有明彦、漸樹、鋼器兄弟である。

あの三人が武術を心得ているのは前回の昇一郎との一戦で明白。

格闘技を習っている以上、それはもうどんな理由をつけようと最終的には『喧嘩の練習』をしているという事になるのだ。

格闘家たるもの、行住坐臥ぎょうじゅうざが常に戦えなければならない。

それがたとえ手負いの時であろうとも、勝負を仕掛けられたのならばそれに答えなければいけない。

だから、今回の件に関しては、昇一郎が腹を立てることではなかった。

あのニット帽は何も間違った事をしていない。

相手が手負いで、その時潰せると思ったのなら、そうして然るべきなのだ。

少なくともあの三人はそういう世界に居る。


そこまで、昇一郎は理解できていた。


そうだ。と。

だから、俺が腹を立てる必要はないんだ。

そうだ。と、昇一郎は思う。

そもそも、あの三人を手負いにしたのは昇一郎なのだから。

しかし、それを昇一郎が気に病む事もない。それで“良い”のだから。

この件に決着をつけるとしたら、それはあの三人でしかない。

あの三人以外に居ない。

解っている。

重々、承知している。


なのに、


「腹が立つ・・・!」

昇一郎は呟いた。

呟いて、

立ち止まる。

そして、視線を上げた先。“1−H”と記されたプレートが目に入った。


ああ、と昇一郎は思う。

そうだ。と。


俺は腹が立っている。


ああ、俺は腹が立っている。


そうだ。と、昇一郎は笑った。


それでいい。理由なんか関係無ぇ。

腹が立つのだから、行動する。

そう。

それでいい。


昇一郎は扉に手をかけて、


ゆっくりと、開けるのだった。

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