第十四話 強さ
「痛たたたたた・・・」
僕は頭にできた“こぶ”を撫でながら、沈む日の中帰路についていた。
頭に出来た“こぶ”の原因は、誰あろう、昇一郎である。
『ああ、そうだ。おい隆平。俺のパワーアンクル』
そう言って、彼は僕に向かって手を差し伸べた。
だから僕は、
『あ、う、うん・・・』
と、壊れたパワーアンクルを引きずるように差し出した。そこまでどうやって僕がパワーアンクルを運んだかは気にしないで欲しい。
まぁ、後は説明しなくてもわかるだろう。
僕は容赦なく殴られた。
「手加減を知らないんだから・・・」
ため息混じりに呟いて、
・・・ああ、否。
と頭を振った。
あれで、手加減をしているのだろう。
そう思う。
先の一戦。あれを見ていれば、そう思えてくる。
あの一戦は本当に凄かった。
鋼器先輩の瞬歩。漸樹先輩の連撃。
それ等を見事に返して、さらには、余力を残して我有先輩をも倒してしまった。
我有先輩には、挑発もしていたし。
昇一郎は並じゃない。
それは島津の時から思っていた事だが、今日で確かなものに変わった。
それを裏付けるかのように、昇一郎はさっき別れ際、こんな事を言っていた。
僕が、頭を抑えながら「誰にあの体術を習ったの?」と聞いたとき、彼は、
『俺は誰にも喧嘩の方法を習っちゃいねぇ』と言った。
そして更に、『俺は自力でここまで這い上がった』とも。
それだけ言って、昇一郎は帰っていった。壊れたパワーアンクルを持って。
とは言っても、だ。
人間が“0”から何かをするのは難しいことだ。
武術とは“何か”を基盤として、そこに得た情報をプラスしていって構成されるもの。
つまり昇一郎の“何か”を我流だとするならば、さっきの瞬歩と連撃は、後々からの情報と我流からなっているという事になる。
前に瞬歩や連撃を使える人と戦ったことがあるのだろうか。
本来ならそう考えるのが妥当だが、それならば相手の出方が解る前に先手を打とうとするだろうし、わざわざ相手の出方を見るような真似はしない。
だから、僕は逆に考えてみた。
何故わざわざ相手の攻撃を食らうような真似をしたのか。
それは相手の動きを真似て、自分のものにするからじゃないか。
ハッキリ言ってそんな事は普通できたもんじゃない。というか、普通はやらない。
やるとするならば、自分の力によほどの自信がある人だけだろう。
自分は負けない。相手の技を真似し、更にそれを使いこなせる。という自負に裏付けられた戦闘パターン。
並外れた格闘センス、運動神経が無ければ出来得ない事だ。
昇一郎には、それがあった。
現に、一度真似てからは、その技に慣れるかのように相手を徐々に圧していた。
そして結果、漸樹先輩、鋼器先輩を下して、さらには二人の実力を上回る我有先輩すらも下して見せた。
“生徒会”の一郭を潰したのだ。
が、
昇一郎が思い違いをしていないだろうか。と、少し不安になる。
我有先輩はハッキリ言って、生徒会の中でも下位の人だ。一郭といっても、端っこが欠けた程度にしか生徒会は思っていない。
もし仮に昇一郎がこの一戦で天狗になるような事があれば、我有先輩を含め、生徒会はすぐにでも昇一郎を潰しにかかるだろう。
そして、“予備軍”も。
昇一郎が思っている以上に、あの学校には敵が多い。
その中から昇一郎が這い上がって、一番を取れるのか。
それは難しい事だった。
それでも、
何故だろう。
昇一郎には、それを期待させる何かがあった。
だからこそ、と、僕は思う。
いつか僕とも――――。
いや、と、僕は再び頭を振った。
今はいい。
今は、見ていよう。そう思う。
昇一郎がどこまでいけるか。そして、これからどうなるか。
『強い者には必ず相応の力が引き寄せられる。故に強い者は苦労し、故に強い者は更に強さを得る事が出来る』
祖父の言っていたことを、今再び思い出す。
昇一郎の苦労とは何だろう。そして、昇一郎はこれからも強くなっていくのだろうか。
『強い者には支えも必要』
強い者の支え。
支え。その支えは僕なのか。僕は彼を支えきれるのか。
しかしいつか、時が経てば彼も知ることになるのだ。
ああ、と、空を見上げる。日は沈みかけて、空は赤く染まっている。
平凡だった僕の暮らしは、いつしか“過去”に変わっていっていた。