第十三話 情けとチャイム
「昇一郎ォッ!」
叫んだ僕の声が終わるかどうかの瞬間に、昇一郎の拳は我有先輩に向かって振り下ろされ――――
ドガッ
「ぐ・・・っ!」
「がは・・・ッ!」
我有先輩に当たる前に、漸樹、鋼器先輩によってそれはさえぎられた。
腕を交差させて、昇一郎の拳を受け止めた。
が、二人掛りで止めたのにも関わらず、二人共全く表情に余裕は無い。
交差させていた腕を下ろし、だらん、とさせている。恐らく腕が上がらなくなったのだろう。
が、構わず昇一郎は第二撃目のために腕を再び振り上げている。
「貴様ァ・・・ッ」
漸樹先輩が昇一郎を睨みつける。
「何故・・・!何故そこまでする・・・!?」と。
振り絞るようにして、言った。
「退け」
漸樹先輩の問いに答える事無く、簡潔に昇一郎は言った。
「退かぬ」
と、一歩も退く事無く漸樹先輩も言う。
退けない。
退けるわけが無い。
退けば、我有先輩に危害が及ぶ。
もう我有先輩は昇一郎の一撃を、一発だって耐えれる状態じゃない。
間違いなく、次の一発で我有先輩の意識は途絶える。
それは昇一郎だって解っているはずだ。絶対に。
そもそも、昇一郎が先輩達を追い込む必要は全くない。
自分の力を誇示できればいいはずだ。転校してきて間もないのに、先輩達に恨みを持っているなんてことは無いのだから。
それなのに・・・。
昇一郎は、振り上げた拳を更に固めた。
もう、鋼器先輩も漸樹先輩も止められない。止められる事なく、誰かの体にノーガードの状態で昇一郎のパンチが当たるだろう。
「退けよ」
もう一度、昇一郎は言った。
が、
「退かぬ」
「ぐふっ!」
答えは変わらない。
鋼器先輩と漸樹先輩は、体を張ってでも我有先輩を助けるつもりだ。
「そうかよ・・・」
昇一郎の声は冷たかった。
寒気がするほど。
だから、
仕方が無かった。
ブンッ
風を唸らせて振り下ろされる昇一郎の拳。
それを、
誰が止められる?
今、この状態で。
僕しか居ないだろう・・・?
気が付くと駆け出していて、
ミシミシミシィ・・・ッ
気が付くと僕は昇一郎の拳を受け止めていた。
「ッぐぅ・・・ッ!」
体中が軋む。
今までに受けたことのないような、呆れるほど重い一撃だった。砂の詰まった袋を高い場所から投げ落とされたかのような衝撃。
気を張っていないと、今にもこの場に倒れこみそうだ。
が、
僕は耐えなきゃいけなかった。
耐えて、
「昇一郎ォオッ!」
昇一郎を強くにらみつけた。
「何で、ここまでする必要があるんだよ・・・ッ!?」
受け止めた昇一郎の拳を振り払って、僕は昇一郎に詰め寄った。
「何だ、隆平。お前いつからそっちの味方になったんだ・・・?」
「質問に答えろッ!」
僕は昇一郎を見上げて、強く言い放った。
昇一郎は僕を見下ろしたまま、僕をも睨んでいる。
それでも、退けない。
「我有先輩はもう動けないだろ!?もう無理なのは見ても解る事―――――」
「何でそんな事が言える?」
僕の声を遮って、昇一郎は言った。
振り上げていた拳を下ろして、僕を見据える。
僕はその気迫に押されて、
「何で・・・、って・・・」
口篭ってしまった。
構わず、昇一郎は言う。
「ソイツが、自分から負けを認めたんなら解る。それは俺の勝ちで終わりだろうよ。現に、さっきの戦いは二人が身を引いて、ソイツが出てきたから終わったんだからな」
解るか?と、昇一郎は言った。
解る。確かに。理は通っている。が、
「それでも・・・!」
やりすぎだ。と、言おうとした。しかし、
「やりすぎだ、とか、そんな事は言わせねえ」
昇一郎は僕の言葉を遮って、続けて言う。
「あくまでも、本人が“負けを認める”まで、その戦いは終わらねぇ。逆に言えば、どんなにボコボコにされても、“負け”を本人が認めないのなら、それは“負け”じゃねぇって事だ。ソイツはまだ、一言も自分から“負け”を宣言してねぇ。そうだろ?それを勝手にテメェ等がソイツを“負け”にしてんだ。それはどうなんだよ?」
落ち着いた口調で、昇一郎は言った。
決して怒鳴っているわけでもないが、僕を含め、誰も反論する事が出来なかった。
確かにそう。
我有先輩は負けを認めては居ない。だから、我有先輩は負けては居ない。
そして逆に、昇一郎はまだ“勝って”はいない。
「その通りだ・・・」
ふいに、声がした。
後ろからだ。
振り返ると、我有先輩が立ち上がって昇一郎を睨んでいた。
「テメェ等、退いてろ・・・。俺は、まだ負けてねぇ・・・。俺はソイツに、“負けた”と自分で認めてねぇ・・・!」
言って、先輩は僕と漸樹先輩と鋼器先輩を腕で制した。
止めようと思った。多分先輩達も。
それでも僕等は何もいえないまま、我有先輩に促されるままに道を開けてしまう。
「さぁ、決着だ・・・!」
昇一郎の目の前まで進んで、我有先輩は笑った。
「ああ・・・!」
昇一郎もまた笑った。
断っておくが、我有先輩はもう昇一郎の攻撃を避ける力も、受け止める力も残っちゃいない。
が、我有先輩が“負け”を認めるまで、僕達はそれを見届ける事しかできなかった。
これを止めるのは、我有先輩に対しての侮辱になってしまうから。
「行くぜ・・・!」
昇一郎が拳を固めた。
「来い・・・ッ!」
固めた拳を、振り上げる。
振り上げて、
バオッ
風が唸り振り下ろされ―――――
キーンコーンカーンコーン
―――――なか・・・、った・・・。
いや、振り下ろされはしたが、我有先輩の顔に当たる直前に止まっていた。
止められたわけでもない。昇一郎の体に異変が起きたわけでもなさそうだ。
つまり、拳は“昇一郎の意思で止められていた”。
「な・・・、何のつもりだッ!」
我有先輩が声を張り上げる。
が、昇一郎は振り下ろした拳を収めて、首を振った。
「残念」と。
「残念、“帰りのチャイム”が鳴っちまった」
確かに、さっきチャイムは鳴った。が、別にチャイムが鳴ったら帰る、とか、そんなルールは決めてなかった。
「だから何だって――――」
「じゃあな」
「あ・・・ッ!?」
我有先輩の言葉を遮って、そのまま踵を返して歩いていこうとする。
「帰るぞ隆平」
「え、あ・・・」
「―――ま、待て!」
言って、我有先輩は昇一郎の腕を掴んだ。
僕等はそのまま呆然と立ち尽くしてしまう。
「テメェ・・・ッ!俺に情けを掛けるのか!?」
漫画とかでよく聞く言葉を目の前で聞いてしまった。
が、昇一郎は振り返って、ニヤリ、と笑った。
さっきまでの楽しむような笑いではない、もの凄く「悪」な顔。
が、それも真の「悪」というわけではなくて・・・、よく解らないが、“やわらかい”「悪」の顔をしていた。
そして、
「そうだ」
と、言った。
「あ・・・?」
「情けを掛けてんだよ。お前があまりにも弱すぎるからな」
それだけ言って、再び踵を返して歩き始めた。
「テメェ、人をなめるのもいい加減に・・・、ぐ・・・ッ!」
昇一郎を追いかけようとして、我有先輩は膝をついた。
「朝彦様!」
「ぐふっ!」
漸樹先輩と鋼器先輩が駆け寄って、我有先輩を抱える。
「クソがァッ!テメェ!覚えてろ!絶対えテメェもう一回勝負して殺してやるからなッ!覚えてろクソ野郎ォッ!」
後ろから、我有先輩の怒声が絶え間なく聞こえてきた。
が、ソレに殺気が篭っていないのは、背中越しにも解った。
ギャグ要素零ですが、次話辺りから再び(?)ギャグ要素増やしていきたいと思います。
楽しんで頂ければ幸いです。