第十二話 力の抑制
緊迫感。という言葉がある。
空気が張り詰め、今にも何か起こりそうな状況を説明する語の事を言うのだが、
今まさに、今まさに僕はその中に居る。
空気の緊迫。
鬼気迫る、という言葉がここまで当てはまる状況も珍しい。
特に凄いのが我有先輩だ。一瞬の内に昇一郎の後ろに回りこみ、昇一郎は弾かれるようにして距離をとった。
今でも、昇一郎を睨みつけているのに、こっちにまで怒りが伝わってくる。
それほどまでの気迫。
「勝てるだろうか」
ふと、隣で声がした。
「へ?」
素っ頓狂な声を出してしまったが気にしない。
僕は声がしたほうを向いた。
「どう思う?」
そう言って僕のほうを見ていたのは、さっきまで昇一郎と拳を交えていた漸樹先輩だった。
「せ、先輩・・・」
さっきまで向こうに居たはずなのに、いつの間にこっちに来たのだろう。
隣には当然のように鋼器先輩が立っている。
「どう思う、って・・・」
「別に深く考えなくてもいい。単純に、どっちが優勢に見える」
僕の方は見ず、未だ向かい会う二人の方を見つめて、漸樹先輩は問うた。
僕は考える。
「さっきの瞬歩。あれは明らかに鋼器先輩よりも早かったです」
当然だ。と、漸樹先輩は頷く。
「だけど、昇一郎も完全に反応できなかったわけじゃない」
僕は強く、昇一郎の方を見て言い切った。
「後ろには回られたものの、一応後ろには反応していました。だから、戦っている最中にその速さに慣れさえすれば、決して惨敗という結果にはならないはずです」
だろう、と思う。強く言ってみたものの、あくまでもこれは僕の予想だ。慣れさえすれば、とは言ったが、慣れる前に叩かれる可能性だって全く否定できない。
寧ろその確立の方が・・・。
「本当にそう思うか・・・?」
漸樹先輩が呟くように言った。
「はい」と、僕は答えた。
全然、確信は無い。ハッタリだ。僕がハッタリを言っても何の意味も無いけど。
「そうか」と、漸樹先輩は呟いた。
「それじゃあ・・・」と。
「それじゃあその予想は、恐らく覆るだろう」
ザッ
漸樹先輩が話し終えるか否かの刹那。
にらみ合っていたはずの我有先輩と昇一郎が同時に地を蹴った。
「二人とも同じタイミングを見計らってたんだ!」
思わず解説してしまう。
スパパパパパパパパパァンッ
同時に繰り出した連打が交錯する。同じ手数がぶつかり合って、その音はさっきのような一方的な連打よりも遥かに大きい。
世間一般で言われる「目にも止まらない速さ」、とはこういうことなのだろうと実感する。
「見てみろ」
漸樹先輩が、ふと二人の方へと指をさす。
「・・・?」
スパパパパパパパパパ・・・・・・
依然として、二人は連打を打ち続けている。
「何ですか?」
僕はその光景を見続ける。が、別に変化など―――――
・・・・・・・?
―――――ない・・・、か・・・?
否。
若干。
本当に、若干。
片側が徐々に、それでも確かに押し始めている。
「何で・・・?」
押しているのは―――
「何者だ、アイツは」
漸樹先輩が呟く。
―――昇一郎、だった。
「ハッ!ハハハハッ!!」
「ちぃッ!」
連打が交錯している。
その内、徐々に我有先輩の手数が少なくなっていっている。
当然だ。人間というものにはスタミナというものがある。
パンチというものは無呼吸運動の類に別けられるが、普通あれほどの連打を続けていれば呼吸による酸素の吸入を体が欲し、体に乳酸が溜まって体の動きは鈍くなるものだ。
それがどうだ。
徐々に手数が減っている先輩に対して、昇一郎の手数は徐々に上がっていっている。
「どういう事・・・?有り得ない・・・」
思わず口にもれる。そう。まさしく“有り得ない”。
体の創りを完全に無視している。
しかし、現に僕の目の前で展開されている光景が“そう”なのだから、それを事実として受け止める意外、僕達にはできない。
「クソがァッ!」
ザンッ
我有先輩が地を蹴った。
回り込まれるか!?
僕は視線を昇一郎の後ろに持っていった。
が、我有先輩の姿はそこには現れず、
「え?」
逆に、ただ昇一郎から距離をとるために後退した姿が見えるだけだった。
「ハァ・・・、ハァ・・・、ハァ・・・」
我有先輩は息を荒げて、呼吸を何とか落ち着かせようとしている。
それを見て、そういえば喧嘩開始時から浮かべたままである笑みを浮かべている。
『強い』
もうこれはどう見ても揺るがない事実らしい。
昇一郎は、強い。確かに、強い。
「やはりか・・・」
漸樹先輩がボソリと呟いた。
「奴は、恐らく力を隠していたのだろう。我等双子で奴に対峙した時から、ずっと」
顔の下半分は布で覆われているが、恐らくその下は様々な感情で歪んでいる事だろう。
「そして・・・」
と、漸樹先輩は拳を握った。
「そして・・・、恐らく今も、力を抑え続けている・・・」
と、漸樹先輩は昇一郎をにらみつけた。
今尚、力を抑えている・・・?
一瞬疑問思ったが、もうここまできたらその全てを否定することは出来ない。
「クソがァッ!」
今一度、我有先輩が地を蹴って昇一郎との距離を詰める。
「おォぉおぁァアああああッ!!」
スパパパパパパパパパパパパアンッ
懇親の連打を、昇一郎に向けて放っていく。
が、
ド・・・ッ
重い音が低く響いた。
「が・・・ぁぅあ・・・」
昇一郎の拳が、我有先輩の水月に深く入っていた。
力が抜けるかのように、我有先輩は膝から崩れ落ち、昇一郎の足元に倒れこんだ。
「ぅ・・・ぁあ・・・ッ」
呻く声が、静かに悲しく聞こえてくる。
勝った。
もうこれは完全な勝利だ。我有先輩はもう戦えない。
もう終わりだ。
そう思い、僕は半壊したパワーアンクルを持って昇一郎の方へ歩いて行こうとした。
が、
出来なかった。
見えたからだ。
昇一郎が、高々と拳を振り上げているのが。
その拳は勝利を誇っているのとは違って、
明らかに、我有先輩に止めを刺そうとしていて――――
「昇一郎!」
―――叫んだ僕の声が届いていたかは解らないが、
拳は振り下ろされて――――
隆平が解説キャラになりました。
下僕から解説キャラに格上げです。
下がってるんでしょうか。
ともかく、楽しんで頂ければ幸いです。