第十話 形勢・・・!
壊れたパワーアンクルを気にしつつ、僕は改めて昇一郎達の方を見た。
鋼器先輩の型が予想外のスピード、パワー型という事は解った。
が、だからといって形勢が変わったかと言われればそうじゃない。
漸樹先輩がどんな攻撃をしてくるのかも解らないし、鋼器先輩の攻撃を攻略できるわけでもない。
それでも、と、僕は昇一郎の顔を見た。
昇一郎は楽しそうに笑っている。
依然として。始まってから、ずっと。
何でこの状況で笑っていられるのだろう。
思ったが、確かに昇一郎がパワーアンクルを外した時の実力を、僕はあまり知らない。
島津の時も、瞬く間に倒されてしまっていたわけだから。
ともかく、と、僕は再び視線を全員の方へ戻した。
ザシッ―――
まさしく瞬間的に、鋼器先輩が地を蹴った。
蹴った動作も見切れない程の速度で、二歩三歩を瞬間的に刻む。
後ろ!!
僕がそう判断した時には、昇一郎は鋼器先輩に後ろを取られていた。
次の瞬間には腕を絡ますように、鋼器先輩が昇一郎を羽交い絞めにする。
「クッ・・・!!!」
あの鋼器先輩に掴まれたなら、並大抵の力じゃ外せないだろう。
昇一郎の顔が、ここにきて初めて歪んだ。
「ぐふふ・・・っ!」
鋼器先輩が不敵に笑い、
「弱いな」
漸樹先輩が昇一郎に近づいていく。
ゆっくりと、それでも確かに昇一郎との距離を詰めていき―――
スパパパパパパパパパパパァンッ
連打。
瞬く間に昇一郎の顔面から腹部にかけて、確認できない程の打突が繰り出された。
「ぐぶ・・・ッ!」
口の中が切れたのか、それとも内臓に痛手を負ったのか。昇一郎の口から少量ながら血が流れ出る。
「痛ぅ・・・ッ」
鋼器先輩の羽交い絞めに体を任せるかのように、昇一郎の体から力が抜けてだらんとなる。
「まだまだ」
漸樹先輩は呟き、
スパパパパパパパパァンッ
再び連続の打突。
鞭で打ったかのようなその音は、普通の打突の“それ”では無い。
僕は先輩の打突をよく観察した。こんな事を冷静にしていて良いのか解らないけど、ともかく僕にはこれしかできなかった。
スパパパパパァンッ
尚も繰り返される打突。
まるで撓る鞭のように、先輩の打突は滑らかだった。
そんな僕の視線に気が付いたのか、我有先輩が再び口を開く。またも、自分の自慢をするかのように。
「気付いたか」と。
「漸樹の特徴はそのしなやか且つバネのような筋肉だ。一つの打突にも、体全体の筋肉をフルに活用する。しかもその動作を迅速に!」
我有先輩はそう言い放った。
確かに、と、僕は力が抜け切ったかのような昇一郎を見て思う。
一つの打突にも幾つかの筋肉の可動を要する。
世間一般では、パンチを強くするためには上腕三頭筋―――力瘤と呼ばれる部―――、上腕二頭筋―――腕の裏の部―――等、つまり腕を鍛えれば良いと思われがちだが、それは違う。
単なる腕の伸縮という簡単な運動のみ、といった区切りの中で言うのなら、それでも問題は無い。
しかし、こと打突の強化となると、そうはいかない。
腕は勿論の事、肩から背面の筋肉、更には腰、足に至るまで、鍛えずに済む部はほぼ皆無と言っても過言ではない。
しかし、それも単に鍛えればよいというわけでもなく、その鍛えた筋肉を如何に上手く流れるように扱えるかが問題になってくる。
漸樹先輩は、その流れるような筋肉の動き、詰まるところのパワーの流れのコントロールが、常人に比べ遥かに上回っているという事だろう。
それ故の連打。
「解ったか?お前の力なんてのはそんなもんだ」
ため息混じりに、目を細めつつ我有先輩は言う。
「まぁ、鋼器の突進を喰らって起き上がってきた時は確かに驚いたが、あれだけの連打を喰らってはもう暫く動けないだろう」
言いながら、体育館の壁に預けていた体を離す。
どやら帰ろうとしているらしかった。が、僕にはそれを止める事もできないし、そんな権利も無かった。
「く・・・ッ!」
自分の力の無さに歯噛みする。
が、
「ぐ、ぐふ!?」
鋼器先輩の方から、変化が見られた。
「どうした、鋼器?」
我有先輩がそちらを見る。僕も、そちらを見た。
「し、昇一郎・・・?」
俯いたままの昇一郎が、鋼器先輩の羽交い絞めを解こうとしている。
ぐ・・・、ぐぐ・・・
「ぐふ・・・!?」
何とか鋼器先輩は押さえつける。やはり、パワーでは鋼器先輩には適わな―――
スル・・・
―――いと思っていたのに、昇一郎は鋼器先輩の羽交い絞めからいとも容易く抜け出してしまった。
「!?」
呆気に取られる三人を、基、僕を含め四人を他所に、昇一郎は顔を上げた。
「全くよぉ・・・」
と呟く顔は、
笑っている。
そして、
スパパパパパパパパパァンッ
「ッッ!!?」
漸樹先輩の顔面に向かって、さっき漸樹先輩が昇一郎に向けて放っていた連打と同じ事をやってみせる。
「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
後ろずさりながら、何とか打突を防ごうと前部をガードする漸樹先輩。
が、
「遅ぇ・・・」
その瞬間には、昇一郎は漸樹先輩の後ろに。
「!!」
この動きは、さっきの鋼器先輩のがしてみせたそれ。
そして次の瞬間には、
ドンッ
「かは・・・ッ!」
漸樹先輩を鋼器先輩に向けて突進で吹っ飛ばした。
これも、さっき鋼器先輩が昇一郎に向かってやって見せた動きだ。
「ぐふぅ・・・!?」
何とかそれを受け止めて、先輩達は体勢を立て直して昇一郎を見やる。
その表情からは、さっきまでの余裕は一切感じられない。
「全くよ・・・」
と、昇一郎が口を開く。
「テメェはセッカチだなぁ?ああ?」と。
その言葉は、我有先輩に向けられていた。
そっちは見ていないが、恐らくそう。
「・・・!!」
我有先輩は依然と呆気に取られて、昇一郎を睨みつけている。
「さっきも言った通り、こいつ等をぶっ倒してお前をそこから引きずり降ろしてやる。待ってろこの野郎!!」
強く言い放つ昇一郎に、
「ハ・・・ッ!」
我有先輩も笑って体育館に再び体を預ける。
「さぁ、仕切りなおしだぜ!!」
再び目に火を宿して、昇一郎は高く叫んだ。
ギャグの要素が零です。しかも途中で筋肉談義みたいなのが入ってます。が、気にせず、楽しんで頂ければ幸いです。