第7話 公爵家の宴
ダンジョン周回とデュネイとの鍛錬を並行するようになってから、ちょうど60日目を迎えた。
周回も軌道に乗り、もはや入口付近の敵であれば100匹狩っても体力が尽きることはなくなった。
そしてついに、僕の身体にも変化が訪れる。
「ステータスオープン!」
本日5匹目の茶色いウェアラットを狩り終えた時、頭にピコンと電球が灯るような感覚があったので思わずステータス画面を開いた。
すると……
―――――――――――
名 前:アーク
性 別:男
年 齢:10(±0)
身 長:141(+1)
体 重:63(-1)
―――――――――――
「うおおおお!!」
思わずガッツポーズを取り、奇声を上げてしまう。
だって、やっとだよ!
60日頑張ってやっと体重1kg落とすことができたんだ!
ついでに身長まで1cm伸びてるし。
こんなに嬉しいことはない。
なんなら魔力の器が規格外と言われた時以上の喜びがある。なぜならこれは、完全に僕のたゆまぬ努力の勝利だから。
たかが1kg落としたくらいでなにそんなに発狂してんだよって?
いやいや。
この成長期のアークの身体。
食事はしっかり摂ってきた上で成し遂げたんだ。ただ接種カロリーを減らすだけの減量など、意味がない。
それでは体力が落ちるし、筋肉もつけられないからね。あくまで健康体を維持したうえでのこの結果。
それにこれから成長するであろうこの身長が170cmくらいまで伸びれば、これくらいの体重のほうがむしろ適正値だしね。
無理をして急激に減らす必要など最初からないのだ。ゆるやかな減少と身長に合わせた体格の維持こそ、肉体改造において最も重要だ。
「おっと、そろそろ帰らないと間に合わないな……っと、その前に」
僕は持参していた軽い樹脂製の透明カップを取り出し、そこへ一緒に持って来た《《とある粉末》》を入れて水を注ぐ。
蓋をしてシャカシャカと振ること十数回。しっかり粉が溶けたことを確認してから再び蓋を開け、出来上がったそれを一気に飲み干す。
「ふぅ。料理長特製、魔素入りプロテイン。筋力と魔力を高めたいなら、1日3回は飲めってうるさいからね」
まぁ味は悪くないし小腹の足しにもなるから、重宝してるんだけど。
さて、と。
今日は午後から用事をひとつ入れている。
「あんまり気乗りしないけど。これも伯爵家の長男に転生した者の宿命か」
両親の付き添いで、公爵家主催のパーティへ出席しなければならない。
そう、公爵家というのはもちろん。
メアの実家。クリストフ家へ行くと言う意味だ。
ただ、さすがの僕もパーティーへ行くためだけだとしたら、それは何がなんでも参加を拒否したであろう。
実は目的がひとつある。
そのパーティの参加者リストを僕は事前にチェックしていた。ゲッティにお願いしてなんとかそれを手に入れさせたんだ。
原作的にとても気がかりなイベントだったから、あえて名簿を先に見ておきたかったのが理由だけど、残念なことにその懸念は見事的中してしまった。
出席者リストには、やはりこの男の名が載っていた。
『バンビーノ・ルエ・デリシャリス』
僕の父と同じ、伯爵の爵位を持つバンビーノ。
原作では、選択次第で《《メアに》》破滅フラグをもたらす、人間の皮を被った悪魔のような男だ。
当然、そのフラグはへし折ってやらればならない。
僕がこのグランドテイルズの世界に転生したからには、どうせなら僕を取り巻く大切な人たちの破滅も回避しなければ割に合わないと思っている。
原作知識とこの余りある才能の数々を駆使すれば、救える命は多くあるはずだ。
たとえ白豚と蔑まれようとも、その目的を達成するためなら喜んでこの身を危険に晒す覚悟は、とうにできている。
◇
パーティー会場はクリストフ家の大広間だった。
磨き上げられた大理石の床に燭台の光が反射し、壁際には豪奢なタペストリーが掛けられていた。
中央の長卓には果実酒や羊肉、香草を添えたパイが並び、侍女たちが銀盆を手に忙しく行き交う。
貴族たちは椅子を用いず、杯を傾けながら軽やかに言葉を交わし、笑みをこぼしながら建前と忖度を繰り返す。
公爵家の紋章を刻んだ赤い絨毯の上で、僕には馴染みの薄い舞踏の戯れがすでに始まっていた。
「メアから詳しい話は聞いている。エニグマダンジョンへはウチのバカ娘が自らの意思でついて行ったそうだな。すまなかった。非礼を詫びよう」
そんな中、脂質と糖質を気にしながら食べられるモノを物色していた僕に、メアの父である公爵、デモン・アシュ・クリストフが声をかけてきた。
ワイン片手に紅潮する頬を見る限り、酒の力を借りて僕に謝罪をしているようだ。
「公爵殿が気を揉むまでもない。些細なことだ」
「はっはっは。相変わらずアークくんの態度は尊大だな」
大仰に笑いを演出しているようだが、目は全く笑っていない。
形だけのものだ。デモンは筋を通しているだけだ。僕を嫌いという感情まで捨て去っているようにはとても見えない。
ただ、それでいい。
原作から乖離したキャラ変は僕の予想しない、余計なイベントを引き起こす可能性が高いと思っている。
だから、僕は極力この悪役貴族の演出をしばらくは辞めるつもりがない。
「ん? メアがいない」
パーティーの始まりからずっと目で追ってはいた。
今も目を離したつもりはなかった。
デモンに声をかけられ、瞬間的に視線を外してしまったようだ。
「(まずいな。バンビーノの姿も見失った)」
「メアはあんな性格の娘だが、客人の前では公爵家の息女たる振る舞いをこなせる出来た子だ。君も挨拶したいのは山々だろうが、今日のところは大人しく……って、おい、どこへ行く! 白豚ぁ!」
建前を崩して本音を聞けたのは満足だけど、今はそれどころではない。
アナタのその大切な娘の命が今、危険に晒されているかもしれないんだ!




