第31話 東の最強ヒロインは勝利を確信した
~アーク視点に戻る~
カナデが【界閃】を使用したという事実はすぐに認識できた。
そして僕は素直に驚いていた。
「(あの技は……)」
僕の記憶には、その発動効果がしっかりと刻まれていた。
究極奥義八閃・絶縁の刃【界閃】――
原作知識のとおりだとすれば、あの技は敵の正面からの攻撃であればすべて無力化でき、また側方や背後からの攻撃であったとしても、おおよそ95%以上のダメージ軽減が図れる、チート級防御結界のひとつだったはずだ。
カナデの破滅フラグを回避するために必須の奥義だ。シナリオ通りであれば、この技を彼女が習得するのは、本来であれば物語の終盤。
まさか13歳の年にしてすでに習得していたとはね。いい意味で、このシナリオ改変は今の戦局においてプラスに働く。
昨日の夜言っていた、新たに習得した技ってのはこれのことだったんだな。
それでもまだ、現状の総合的な実力においてカナデは間違いなくザビに劣っている。だがこの奥義、本当に使いこなせるレベルにあるというのであれば……
僅かながらとはいえ勝算はあるのかもしれない。
「アーク……」
僕の隣で不安げな様子でカナデとザビを見つめるメア。
いくら僕との仲を訝しんでいる彼女とはいえ、さすがにこの場面でそのナリは潜めていた。ただ同じ戦友として、この戦局の行方に思いを馳せている。
大丈夫だよ、メア
あの奥義が発動している以上、カナデの命の危険は相当低くなっている。
その点だけは、心配には及ばない。
「問題ない。彼女の力を信じよう」
とは言いつつ、この思いが願いに近い感情だということは自分でもわかっている。カナデが一度死地に足を踏み入れた以上、あとはもう見守るしかできないんだ。
「ふむ……」
ザビはカナデの【界閃】が発動してからも、その場でウロウロしながら相手の出方を窺い続けている。
迂闊に飛び込まないのは、ヤツの経験と直感がそうさせているのだろう。
あの慎重さはカナデの勝率を著しく下げる。
それこそ慢心したまま舐めてかかってくる、もしくは激昂して力任せに攻めてもらったほうがまだ勝機はある。
実力差を埋めるためには、あの奥義だけを展開できただけでは正直まだ不足している。なにかもうひとつ、決定的に相手の心理や精神を搔き乱す、戦略的な挑発スキルが必要だ。
「……たかが小娘ひとり殺るのに、なにをそんなに警戒しているの? それでも世界で五指に入るアサシンのひとりなの?」
よし、それでいい。煽れ、挑発しろ。
攻めさせろ。ヤツに先に手を出させろ。
【界閃】の正面防御は絶対だ。
ザビの大技に限らず、あのデュネイの殲滅魔法すら簡単に防ぐ鉄壁。
まずは守れ。自身を守り抜いて、敵に多くの技を繰り出させろ。そうすれば必ず隙ができる。勝機はそこにしかない。
側方や背後のダメージは仮に負っても致命傷にはならない。もちろん受け続ければその限りではないが、瞬殺されることはまずないだろう。
見切りと忍耐は必要だ。
耐えられなくなる可能性も当然にしてある。
だが、勝つためにはそれを我慢するしかない。
「私の仕事は慎重さと確実性が売りでね。くだらん挑発には乗らんよ」
やはりそう簡単にはいかないな。
この勝負、もしかしたら相当長引く可能性もあるな。
ああ、ちなみになんだが。
あの【界閃】という技、実はデメリットがひとつある。防御状態のままでは、こちらから反撃することがまったくできないのだ。
攻撃に転じるには技を一度解除せねばならず、その瞬間はノーガード状態に戻る。そこをザビに狙われれば必敗だ。まだ耐久性に問題を抱えたままのカナデでは、ザビの軽い一撃だけでも致命傷になるだろう。
もちろんそれがわかっているから、カナデはじっと待っている。
後の先を取り、ここぞのタイミングで奥義を防御系から瞬殺系に切り替え、近距離で一気に叩き込もうという算段だと思う。
「確実性? 笑わせないで。どの口が言ってるんだか。あの日、子供だった私すら取り逃がした、仕事の出来ない無能のクセに……」
「なに?」
ザビの眉が一瞬ピクリと動いた。
「慎重さ? ビビってるだけ、でしょ? この臆病者」
「……もう一度言ってみろ」
あれ? 挑発には乗らないとか言って、結構効いてないか?
いいぞ、そのまま畳みかけろ!
「どうせ申し訳程度の貧相な●●●●しか付いてないんでしょ? この○○○な□□野郎がっ!」
「殺すっ!!」
思い出した。
カナデって、とんでもない毒舌女子だった。
少し大人になって、その自主規制レベルはさらに上がっていたようだ。
「ねぇ、アーク。カナデちゃん、今なんて言ったの?」
「聞かなくていい」
さすがの僕でもあの台詞を説明にはかなり躊躇する。13歳の子供に聞かせられる内容では到底ない。
「あのザビって人、めちゃくちゃ怒ってるみたいだけど……」
膨れ上がる膨大な魔力を巻き散らすザビの姿を目の当たりにし、メアの表情に焦りと緊張が生まれている。
観客のざわつきも騒音に近い。
たしかにアレは、ここの学生たちにとってはまで見たことも経験したこともないほどの魔力の奔流だろう。ザビからはかなり離れているこの距離でも、静電気のような力場の残滓がバシバシ飛んできていて、肌がピリピリする。
「いや、これでいい」
どうやらカナデの挑発は成功したようだ。
原作知識の通りだとすればザビは今、いわゆる本気の覚醒状態に入っている。濃い紫色の魔力がザビの周囲と彼の足元から円を描くようにほとばしっているのがその証拠。あれは大技を放つときの前兆だ。
「じわじわ追い詰め、嬲るつもりでいたのだが……」
ついに、ザビがカナデに向けてゆっくりと進撃を開始した。
ヤツが一歩ずつその歩みを進めるたびに、魔力の圧がプレッシャーとなって辺りの空気を震わせている。
「気が変わった。貴様はすぐにあの世逝きだ」
徐々に二人の間合いが迫る。
ザビが近づいてきているのに、カナデはまったく動じない。剣も構えず、ほぼ無防備とも思える態勢でザビの視線を見据える。
「アークっ!」
「黙って見ていろ」
メアは取り乱している様子だが、問題ない。
アレなら大丈夫だ。
ザビが繰り出そうとしている大技の正体はわかっている。急所を二か所同時に強襲する、必殺の暗殺剣【二断】。
ヤツが1:1で対敵しなければならなくなった場面でよく使っていたのを覚えている。とてもシンプルな大技で、ただ正面から超速で迫って瞬殺することが目的化された特技。
並の防御技ならそれごと突き破れるから当たれば確かに必殺だ。だがこの技の威力が僕の想定内ならば、その程度の斬撃でカナデの絶対防御はまず破られない。
「これで終わりだ! 哀れなゴミ屑がっ!」
そう叫んだかと思った瞬間、地を鳴らし、ザビはその場から一気に加速した。並の人間なら消えたと勘違いするほどの速度だ。
よし。イケる!
あの技は全力斬りだ。しかも、これまでヤツがあの技を使って倒せなかった敵はいなかったはず。カナデでも余裕で見切れるだけの大きな隙は必ずできる。
あとは接触の瞬間に【界閃】を解除し、最強の奥義を叩き込めば……
……いや、おかしい。
なんだ、このザラついた違和感は。
ザビの魔力の質や量、速度や思考に至るまで、僕の持っている原作知識と一致する点にほとんど乖離はない。
想定内であるはずなのに、何かを見落としている気がしてならない。
なんだ。
この違和感の正体は、いったい……
……いや待て。
全盛期。そうだ、ザビの全盛期は《《今》》なんだ。
僕がシナリオ上邂逅した時はそれはもうとっくに過ぎた後の話だった。同じであるハズがないんだ。僕の知っている能力値は。
ヤバい!
ザビのこの大技は《《ブラフ》》かもしれないっ!
「ダメだ! カナデっ!!」
カナデとザビの間合いは秒で詰まった。ザビの両手には具現化された禍々しい紫の魔力刀。横薙ぎでカナデの首と鼻頭が正面から同時に狙われる。
おそらく僕の思考と同じだったカナデは【界閃】と【二断】の接触した瞬間を逃がすまいと凝視している様子が窺える!
待て! 反撃に転じるのはまだ早い!
やめろ、カナデ!!
「……私は、八閃のすべてを知っている」
「!?」
いつの間にか、ザビはカナデの左隣にヌルっと移動し、渾身の右正拳突きを放つ体制を整えている!
マズい!
「暗殺拳・極突!」
直撃だった。
魔力を集約したザビの右拳はカナデの左わき腹を完全に捉えていた。
打撃の勢いそのままに、カナデはまるで弾丸のようにそのままふっとび、決闘場の側壁へ背中から激突した。
蜘蛛の巣のように走る壁の亀裂が、その威力を物語っている。
「ほう、まだ立つか……」
カナデは膝を着かない。
血反吐を吐きながらも剣は手放さず、よろめく身体を必死に起こしてザビを睨む。
まだ、闘志は尽きていないようだ。
それにしても……
僕の必死の助言がよかったのか、どうやらカナデは最後のところで【界閃】の解除をしなかったらしい。ザビの【極突】も徒手空拳による一撃必殺の大技。ノーガードで受ければ身体はバラバラになっていただろう。
ダメージ軽減効果は残っていた。
だがそれでも、カナデの耐久性を考えれば致命傷に近いことは言うまでもない。
少なくとも複数の肋骨はバラバラに砕けているだろう。あの顔色を見る限り、内臓にも相当の痛手を負っている様子。
戦う気持ちが尽きてないのはわかる。
だが、これ以上この戦いを続けても、カナデの勝率はほぼゼロに近いだろう。
終戦、だな。
彼女の復讐は僕が代わりに果たすことにしよう。
「カナデ……」
「……」
この戦いを止めるため、僕はカナデに降参するよう声をかけようとした。瞬間、今にも前のめりにぶっ倒れそうなカナデと、ふと目が合った。
本当に一瞬だったけど、僕はその目の輝きと覚悟を見逃さなかった。
彼女は勝利を確信し、笑った気がした。




