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第四十九話 それぞれの帰る場所

 退院の日は、よく晴れた日だった。


 病室の窓から見えていた空よりもずっと広くて、少しだけ眩しかった。


「本当に大丈夫なんですの?」

 九条が言う。

 病院の正面玄関を出たところで、彩葉は思わず苦笑した。


「大丈夫だよ」

「その“大丈夫”が信用ならないのですわ」

「うっ」

「無理はしないこと。階段はゆっくり。立ちくらみがしたらすぐ言うこと」

「九条さん、お母さんみたい」

「そういう軽口が言えるなら、少しは回復したようですわね」

 そう言って九条はにこりとする。

「たぶん」


 彩葉は空を見上げた。

 風が抜けていく感覚。


「……うん。だいぶ」


 その横で、御堂が小さく息をついた。

「病み上がりで上を見て歩かないでください。転ばれたら面倒です」

「メガネぇ、そこ普通“危ないよ”とか言うんちゃうんか?」

 律がツッコむ。

「意味は同じです」

「同じかなあ」

 と彩葉。

「同じだよ」

 天海が笑って言う。

「御堂くんの言語変換は少し特殊だけど」

「誰のせいでこうなったと思ってるんです?」

「半分くらい僕かな」

「自覚ありますのね」

 九条が言う。

「あるよ」

 天海は肩をすくめる。

「だから今日は、ちゃんと最後までやる」


 最後まで。


 その言葉に、彩葉は少しだけ胸の奥がきゅっとなるのを感じた。


     ◇


 代表チームの正式な解散は、その日の午後、小さな会議室で告げられた。


 世界大会の結果報告。

 棄権に至った経緯。

 そして、日本代表選抜チームの活動終了。


 言葉にしてしまえば、それだけだった。


 でも、たったそれだけの文言が、不思議なくらい重たかった。


「以上をもって、今大会における新人戦優秀者日本代表選抜チームは活動を終了とする」


 担当者の声は事務的で、余計な感情が一切なかった。


 だからこそ、余計に現実味があった。


 終わったのだ。


 この五人のチームは、ここで終わる。


 一瞬だけ世界に届いた、曲者揃いの即席チームは、ここでほどけて、それぞれの場所へ戻っていく。


 担当者が去り、会議室に残ったのは五人だけになった。


 誰もすぐには喋らなかった。


 最初に椅子から立ち上がったのは、律だった。


「……なんやろなあ」

 頭をかきながら言う。

「終わる言われたら、何かなあ」

「分かる」

 彩葉が答えた。

「まだ全然、終わった感じしない」

「でしょうね」

 御堂が眼鏡を押し上げる。

「僕らは途中で終わらされた側だから」

「その言い方、やっぱ腹立つな」

 律が言う。

「せやけどちょっとは寂しなんな」

「まあね」

 天海が言った。

 珍しく、今日は軽口の温度が少しだけ低い。

「終わり方は最悪だった。でも」

 そこで少しだけ笑う。

「楽しかった」


 彩葉は、その言葉に小さく目を瞬かせた。


 やっぱりこの人は、そう言うのだと思った。


「……ええ」

 九条が言う。

「少し悔しいですけれど」

「少しやない」

 律が続ける。

「めっちゃ悔しいけど、めっちゃ手応えもあった」

「そうですね」

 御堂が言う。

「少なくとも、何も届かなかったわけじゃないね」

 その声は、いつもの刺々しさより少しだけ静かだった。


「みんなと戦えてよかった」

 彩葉が、自然にそう言っていた。

 四人がこちらを見る。

「最初、ほんとにどうなるかと思ったけど」

「それは僕も思ってた」

 天海が笑う。

「かなり」

「お前はちょっと楽しみすぎや」

 律が言う。

「否定はしないよ」

「否定しろや」


 少しだけ笑いが起きた。


 それだけで、空気が少し柔らかくなる。


 九条が静かに姿勢を正した。


「……では」

 少しだけ改まった声。

「ここで終わり、というのも味気ありませんわね」

「うん」

 天海が頷く。

「ちゃんと挨拶しようか」

「柄やないなあ」

 律がぼやく。

「でも、やる」


 御堂が腕を組んだまま言う。


「次はもっとマシな形で勝つ」

 それは独り言みたいな声音だった。

 でも四人にちゃんと届いた。

「今回みたいに、誰か一人に負荷を寄せる形じゃなく。もっと再現性のある、ちゃんと勝てる形で」

「御堂くんらしい」

 彩葉が言う。

「褒めてないよね、それ」

「でも」

 九条が御堂を見る。

「私は嫌いではありませんわ。そういう言い方」

「そうですか」

「素直ではないですけれど」

「余計なお世話です」


 今度は律が前に出た。


「ウチはな」

 胸を張る。

「今度会う時は、最初から最後までちゃんと暴れたる」

「言い方」

 御堂が小さく言う。

「でもな」

 律はにっと笑う。

「次は一緒にやるんやったら、もっとすごいこと出来る気ぃするわ」

「うん」

 天海が言う。

「僕もそう思う」


 続けて九条が前に出た。

「皆さんと一緒に戦えたこと、大変光栄でございました」

「澪、堅いでえ」

 律が野次を飛ばす。

「……それなら。コホン」

「私はぁ!次は!絶対に負けません!かかってこい!世界!」

「これで如何かしら?」

 ニヤリとして律の方を見る。

 自分で煽ったのに目を点にしている律。

 御堂まで目が点になっている。


「あははは。最高だよ九条さん」

 と天海が笑う。

「笑わないでくださいましっ、失礼ですわよ」

「次は天海さんの番ですわよっ」

「そうだね」

 天海が前に出る。

「僕はね、正直言うと、このメンバーはもっと荒れると思ってたんだ」

 天海が続ける。

「もっと噛み合わなくて、もっと個性がぶつかり合って、まとまらない、そんな関係を想像してた」

「でも、違った」

「それぞれが目標を目指して遮二無二頑張っていた。そして遠巻きにそれを眺めていた人が一人いた」

「僕だ」

「これだけ高いパフォーマンスを持った人たちに囲まれていながら、積極的に関わっていくのを避けてしまっていた。今回の途中棄権、責任があるとしたら、それは僕だ」

 一同が静まり返る。

「みんな、本当にごめん」

 天海ははじめて頭を下げた。

「あなたは、まずもう少し人を頼ることを覚えてくださいませ」

 九条が天海へ向き直る。

「次があるなら、なおさら」

「はい」

 天海は珍しく素直に頷いた。

「努力します」

「本当に?」

「たぶん」

「曖昧ですわね」

「でもやるよ」

 天海は少しだけ目を細めた。

「また会いたいから」


「最後は私ね」

 彩葉が歩み出る。

「最初は私なんかが、と思ってた。付いていけずに振り回されて足を引っ張ってばかりと思ってた」

「でも」

 四人を見直して、

「最後めちゃくちゃ気持ちよかったね!」


 五人全員で笑顔になる。


 最後に、彩葉は四人を見た。


「インターハイで、また会おう」

 自然に出た言葉だった。

「今度はちゃんと、最後まで」

「ええ」

 九条が言う。

「約束ですわ」

「おう」

 律が言う。

「次は負けへんで」

「その台詞は僕ら全員のものだね」

 天海が笑う。

「覚えておいてください」

 御堂が言う。

「次はもっと面倒な相手になりますから」

「うわ、言い方最悪」

「内容はだいぶ前向きやけどな」

 律が言って、皆が少しだけ笑った。


 それが、即席チームとしての最後の約束になった。


     ◇


「……というわけで!」


 天海が両手を広げた。

「打ち上げだね!」

「軽っ」

 彩葉が思わず言う。

「今までの空気返して」

「返しません」

 御堂が即答する。

「別に僕は最初からそのつもりでしたし」

「絶対うそやろ」

 律が言う。

「さっきまでちょっとしんみりしてたやん」

「思い過ごしではないですか?」

「お前ほんま面倒くさいな」


 結局、そのまま五人は駅前のカラオケ店に入った。


 個室に通され、飲み物が配られ、妙に明るいモニター画面が灯る。


「こういうのって、普通もっとしんみりするんじゃないの?」

 彩葉が言う。

「誰が決めたの?」

 天海がマイクを握りながら笑う。

「ほら、こういう時こそ楽しく締めないと」

「その理屈、便利すぎるやろ」

「いいじゃない」

 九条が少しだけ口元を緩める。

「今日はそれで」


 最初にマイクを取ったのは、やはり天海だった。


「トップバッター、僕いきます!」

「なんでそんな自信満々なん」

 律が言う。

「カラオケ得意なん?」

「いや、全然」

「じゃあ何でやねん」

「盛り上げ役?」

「その言い方いややな」


 曲が始まる。


 天海はノリノリだった。


 手拍子もする。

 合いの手も入れる。

 身体も揺れる。

 本人は本当に楽しそうだった。


 だが。


「……」

「……」

「……」


 彩葉はそっと御堂を見た。

 御堂は眼鏡を押し上げた。

 九条は表情を整えようとして失敗していた。

 律は口を押さえて震えていた。


「天海さん」

 彩葉がやっと言う。

「うん?」

「それ、わざと?」

「何が?」

「……何でもない」

「え、ちょっと待って。もしかして僕、下手?」

「少し」

 九条が正直に言った。

「少しどころやないやろ!」

 律が吹き出した。

「なんやねんその音程! 自由すぎるやろ!」

「えー」

 天海は本気で驚いている顔をした。

 無情にも画面に点数が表示される。


 ー53点ー


「えー、ショックなんだけど」

「だいぶ今さらです」

 御堂が言う。

「でも楽しかったでしょ?」

「それはそう!」

 彩葉が答える。

「なんか悔しいけどね」


「次私いくねっ」

 次に歌ったのは彩葉だった。


 アップテンポの曲。

 少しだけ明るくて、でもちゃんと勢いのある曲。


 マイクを持った瞬間、空気が変わる。


「え、うま」

 律が素で言う。

「上手いですわね」

 九条も頷く。

「音の取り方が綺麗」

「彩葉ちゃん、ノリいいなあ」

 天海が手拍子を入れる。

 彩葉自身も、歌いながら少しずつ気分が上がっていくのが分かった。


 身体はまだ完全じゃない。

 でも、歌っている間だけは、昨日までの重さが少しだけ遠くなる。


「やるやん彩葉ちゃん!」

 律が言う。

「これはモテるわ」

「何目線?」

「分からん」

「適当だなあ」


 そのあと、九条がマイクを取った。


「私は、あまりこういう場所には慣れていませんけれど……」

「いやそれって絶対うまいやつやん」

 律が言う。

「そういうフリやん」

「知りませんわ」


 流れたのは静かなバラードだった。


 そして、歌い出した瞬間、部屋の空気が変わった。


「……」

「……」

「……」


 上手い。


 というより、聞き入ってしまう。


 柔らかいのに芯がある。

 綺麗で、澄んでいて、でもただ綺麗なだけじゃない。

 九条そのものみたいな歌声だった。


「すご……」

 彩葉が呟く。

「惚れてまうやろ、これ」

 律が真顔で言う。

「ええ、どうぞ」

 九条が歌い終わったあとに自分で言ってしまって、少しだけ赤くなる。

「いや、自分で言うんかい」

「違いますわ、今のは流れで」

「流れで何言うてんねん」

 天海が笑いをこらえながら拍手した。

「これは強いなあ」

 九条の顔は明るくなっていた。


 次に御堂がマイクを取った時は、全員が少し身構えた。


「……意外」

 彩葉が言う。

「歌うんだ」

「歌ってはいけませんか?」

「そういう意味じゃないけど」

「なら黙って聞いていてください」


 曲が始まる。


 そしてまた、全員が黙った。


「え」

 彩葉が目を丸くする。

「うそ」

「なんでやねんっ」

 律が言う。

「なんでそんな上手いねん、おかしいやろ」

「別に普通ですが?」

「どこがやねん!」


 御堂の歌声は、驚くほど綺麗だった。

 癖がなく、滑らかで、音程も安定している。

 無駄がなくて、でも冷たすぎない。

 妙に耳に残る声だった。


「美声って実在したんだ。都市伝説だと思ってた」

 彩葉が呟く。

「それはちょっと大げさじゃない?」

 と天海。

「いや、大げさやない」

 律が即答する。

「腹立つくらいうまい」

「君に言われると褒められてる気がしませんね」

「メガネうるさい!褒めとるわ!」


 そして最後。


「よっしゃ、トリはウチや!」

 律が立ち上がる。

「持ってったるで!よう聞いとき!」

「自分でハードル上げてる」

 彩葉が言う。

「下手だったら面白いよね」

 天海が笑う。

「お前自分のこと棚に上げとるやろ」

「始まりますわ、静かにしましょう」

 と九条。


 曲が始まる。


 第一声だった。


「……」

「……」

「……」


 またも、部屋が静まる。


 いや、今度はさっきまでと少し違う。


 ただ上手い、じゃない。


 煌びやかな澄んだ声。


 圧倒される。


 律の歌は、感情がまっすぐだった。

 声量もある。

 音も強い。

 でも雑じゃない。

 伸びるところは綺麗に伸びて、落とすところはちゃんと落とす。

 感情の全部を乗せているのに、ちゃんと歌として成立している。


「……うっま」

 彩葉が思わず言う。

「それと何そのドヤ顔」

 律がにやっと笑う。

「失礼やな」

「いや、ほんとに上手ですわ」

 九条が言った。

「一番意外です」

「それ褒めとるんか?」

「褒めていますわ」

「よっしゃあ!」

 律がガッツポーズを決める。

「八乙女さん、普通に歌手いけるよ」

 天海が本気で言う。

「それほどでも、あるかもな」

「聞いたかメガネ!ウチ歌どないや?」

「今のは君じゃなくて君の“歌”が評価されただけだけど」

 御堂は下を向いたまま、自分の次の曲を連打する

「分かりやすく焦っとるやんか!」

「何を言ってるか分かりませんね」


 結局、その夜のカラオケは予定よりずっと長引いた。


 最初は噛み合わなかった五人が、戦いではなく歌で妙に盛り上がっている。

 その光景が少し可笑しくて、少し嬉しかった。


 気づけば、彩葉もずっと笑っていた。


     ◇


 翌日。


 駅の改札前で、五人は立ち止まった。


 ここで、本当に解散だった。


「じゃあね」

 天海がいつも通りに手を上げる。

「またインターハイで」

「ええ」

 九条が頷く。

「その時は、今度こそ最後まで」

「負けへんで」

 律が言う。

「今度は最初から最後までぶっ飛ばしたる」

「表現が物騒ですね」

 御堂が言った。

「でも」

 そこで少しだけ間を置く。

「次も、必ず登りつめます。再現性を持ってね」

「それ、お前なりの“またな”なん?」

 律が言う。

「別に」

「絶対そうやん」

「違います」

「違わへんやろ」

「もう」

 彩葉が笑った。

「最後までそんな感じなんだ」

「それが僕らだよ」

 天海が言う。

「曲者揃いでしょ?」

「かなり」

 彩葉が頷く。

「でも、嫌いじゃなかった」

「私もですわ」

 九条が言う。

「へへ」

 律が笑う。

「ウチもや」

 御堂は何も言わなかったが、否定もしなかった。


「じゃあ」

 彩葉が言う。

「またね」

「また来ようね」

 天海。

「ええ、また」

 九条。

「今度は負けへん」

 律。

「今度は、最初から最適化します」

 御堂。


 その四つの返事を胸にしまって、彩葉は一人、夢見ヶ丘へ帰る電車に乗った。


     ◇


 最寄り駅に着いて、改札を抜けた瞬間だった。


「彩葉ー!」


 聞き慣れた声が飛んでくる。


 顔を上げると、そこには四人いた。


 新。

 一ノ瀬。

 純香。

 雅。


「……え」

「何その顔」

 雅が笑う。

「帰ってきたこと歓迎されると思ってなかった?」

「いや、思ってたけど」

 彩葉は目を瞬かせた。

「ほんとにいる」

「それ、どういう意味かしら?」

 純香がじとっとした目を向ける。

「うっ」

「おかえり」

 新が言った。

 それだけだった。

 でも、その一言で、胸の奥がふっとほどける。


「……ただいま」

 彩葉は答えた。


 一ノ瀬が少しだけ目を細める。

「大変だったみたいだね」

「うん」

「でも、顔色は悪くないね」

「え、何その言い方」

「褒めてるんだけど」

「分かりにくいよ」

「褒め方が御堂くん寄りになってるわよ」

 純香が言って、全員が少しだけ笑った。


「とりあえず」

 雅が言う。

「帰還祝い兼ねて、まずは学校だろ」

「え、今から?」

「今から」

 新が頷く。

「何はともあれ、表彰がある」

「は?」

「まだ聞いてない?」

「聞いてない」

「彩葉が寝てる間に話進んでた」

 雅が笑う。

「世界大会代表と全国三位、まとめて学校がテンション上がってる」


     ◇


 その日の午後、夢見ヶ丘高校では簡単な表彰の場が設けられた。


 大げさな式ではなかったが、それでも壇上に立たされると、さすがに少し照れくさい。


 全国大会ベスト四、実質三位。

 さらに日本代表選出、世界大会出場。


 全部が一人で掴んだものじゃない。

 夢見ヶ丘の五人で積み上げた先に、たまたま自分がそこへ呼ばれただけだ。


 五人が壇上へ呼ばれた。

 代表として、橘彩葉の名前が呼ばれる。


 校長から表彰状を受け取り、軽い挨拶を求められた時、彩葉は少しだけ息を吸った。


「ありがとうございます」


 体育館に、自分の声が思ったより大きく響いた。


「でも、これは私一人の賞じゃありません」


 少しだけ視線を動かす。


「全国まで一緒に戦ってくれたこの四人がいたから、私はここまで来れました」


 新が、少しだけ目を細める。

 一ノ瀬が静かに頷く。

 純香が腕を組んだまま、まっすぐ見ている。

 雅が、へへっと笑う。


「世界はすごく広かったです。強くて、すごくて、悔しかったです」

 そこまで言ってから、彩葉は少しだけ笑った。


「でも、届いたって思えた瞬間もありました」

「代表のみんなは個性が強くて、バラバラで、まとまらなかったけど……まとまった時は、ものすごいパワーを感じました」


 体育館は静かだった。

 たぶん、みんなちゃんと聞いてくれていた。


「だから次は、また夢見ヶ丘のみんなと一緒に、もっと先まで行きたいです」

 深く頭を下げる。


「ありがとうございました」


 拍手が起きる。


 それだけで、ちゃんと帰ってきたのだと思えた。


     ◇


 表彰のあと、五人はいつもの公園に集まっていた。


 ベンチ。

 ブランコ。

 夕方の風。


 世界大会の空気とは、まるで違う。


 でも今の彩葉には、それがひどく心地よかった。


「で、どうだった?」

 雅が真っ先に聞く。

「世界」

「ざっくりだな」

 新が言う。

「でも聞きたいのは分かる」

「うーん」

 彩葉は少し考えてから言った。

「広かった」

「それもざっくりだな」

「うるさいなあ」

 彩葉は笑った。

「でもほんとに、そうだったんだよ。強い人がいっぱいいて、すごくて、悔しくて、でも……」

「でも?」

 純香が聞く。

「届いた気がした」

 彩葉は自分の手を見た。

「一瞬だけでも、ちゃんと」

「そっか」

 新が言う。

 それだけで、十分だった。


 一ノ瀬が静かに口を開く。

「じゃあ、次は僕らもだね」

「うん」

 彩葉が頷く。

「次は、夢見ヶ丘で」

「インターハイか」

 雅が口元を上げる。

「面白くなってきた」

「気が早いわよ」

 純香が言う。

「でも、そうね」

 少しだけ笑う。

「今度は、今までより上を見ていいのかもしれない」

「見よう」

 新が言った。

 静かだったけれど、はっきりしていた。

「世界を見たんだろ?」

「うん」

「じゃあ次は、そこに届くところまで行こう」


 その言葉に、彩葉は胸の奥が熱くなるのを感じた。


 代表チームは解散した。

 曲者揃いの、束の間の五人は、それぞれの場所へ帰っていった。


 でも、その時間は確かに残った。


 楽しかった。

 悔しかった。

 届いた。

 足りなかった。


 その全部を持ったまま、またここから始めればいい。


 夢見ヶ丘の公園で、五人はもう一度同じ場所に立った。


 世界を見た、その先へ進むために。

律の歌聞いてみたい

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