表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/51

第四十六話 二回戦・技術大国ドイツ、そして覚醒

 二回戦の相手は、技術大国ドイツ代表だった。


 一回戦のオーストラリア代表とは、まるで別の意味で厄介な相手だった。


 重いわけじゃない。

 派手なわけでもない。

 圧で押し潰してくるわけでもない。


 ただ、精密だった。


 無駄がない。

 ズレがない。

 五人で一体のゴーレムを操っているはずなのに、そこにあるのは「連携」よりさらに先の何かだった。


 誰かが考え、誰かが補い、誰かが動かしている、という段階が見えない。

 最初から一つの意思、一つの設計、一つの身体として完成しているようにしか見えなかった。


 事前に配られた資料にも、そう書かれていた。


 ドイツ代表。

 高精度・高同期型。

 競技機体制御における欧州屈指の完成度を誇るチーム。

 無駄のない攻防と、演算じみた組み立てによって勝ちを拾う、堅牢な技巧派。


「……嫌やな」

 律が珍しく真面目な声で言った。

「何が来るか分からん相手の方が、まだ殴りやすいわ」

「逆だよ」

 御堂がモニターを見たまま言う。

「向こうは“何が来るか分からない”んじゃない。“来るべきものしか来ない”んだ」

「それが一番嫌や言うてるねん」

「分かってるじゃないか」

「そこだけ切り取るなや」

「二人とも」

 九条が静かに言う。

「始まる前から消耗しないでくださいませ」

「でも実際、今の僕たちが一番苦手なタイプだよね」

 天海が言った。

 相変わらず口調は軽い。

 けれど目だけは、しっかり相手の映像を追っていた。

「一回戦みたいに、勢いと度胸だけで押し切れる相手じゃない」

「押し切れたとは言えへんやろ、あれも」

 律が素直に認めた。

「まあね」

 天海が言う。

「だから今日は、もっと丁寧に行こう」

「御堂さん」

 九条が言う。

「駆動は昨日のままですの?」

「基礎出力は維持する。けど追従性を少し上げる」

「追従性?」

 彩葉が聞く。

「向こうは小さくズラしてくる」

 御堂が短く答える。

「重い一歩で勝負する相手じゃない。だからこちらも、大振りすぎると死ぬ」

「死ぬって言い方やめて」

 彩葉が言う。

「比喩ならいいでしょ」

「良くないよ」

「良くないですわ」

 九条も被せた。

「お二人とも少し表現が雑です」

「お二人とも、って何で私まで」

「橘さん」

 天海が言う。

「今日は見えなくてもいい。感じたものを言える範囲で言って」

「うん」

「全部言い切ろうとしなくていい」

「……うん」

「律さんは」

「分かっとる。最初から全部壊しに行かん」

「えらい」

「でも行けると思ったら行くで」

「それは止めない」

 天海が笑う。

「ただ、今度はちゃんとみんなで行こう」


 その言葉に、彩葉は少しだけ息を吸った。


 みんなで。


 一回戦も、最後はたしかにそうだった。

 でも今日は、最初からそうでなければ勝てない。

 相手は、たぶんそういうチームなのだ。


     ◇


 実況の声が高く響いた。


『世界新人魔法競技大会・団体戦、二回戦!! 日本代表の相手は、技術大国ドイツ代表!! 完成度の高い高精度・高同期チームを前に、日本代表はどう立ち向かうのかーーッ!!』


 フィールド中央。

 マジックメタル製の二体のゴーレムが向かい合う。


 日本機は、一回戦で失った右腕部を交換し、再調整を終えている。

 だが、見た目が整っただけで中身まで完成したわけじゃない。


 対するドイツ機は、構えからして静かだった。


 低すぎず、高すぎず。

 重心が中央に吸い込まれているみたいに安定している。

 両腕は自然に前へ。

 肩にも膝にも、余計な力みがない。


 武骨でもない。

 威圧的でもない。

 でも、その静けさが逆に不気味だった。


「何か腹立つな」

 律が言った。

「隙なさすぎやろ」

「隙を見つけるのが君の仕事だよ」

 御堂が返す。

「うるさい」

「はい、集中」

 天海が言った。

「来るよ」


『レディ――ファイト!!』


 開始。


 最初に動いたのはドイツ機だった。


 踏み込みは浅い。

 小さい。

 だが、距離の詰め方が妙に滑らかだった。


「うわ」

 彩葉が思わず声を漏らす。

「近い」

「前へ」

 天海の声。

「律さん、ジャブだけ」

「分かった!」


 日本機の左が出る。

 だが、その拳はドイツ機の肩先をかすめて空を切った。


「避けた?」

「いや」

 御堂が低く言う。

「そこに居なかった」


 ドイツ機は大きく避けていない。

 ほんのわずかに軸をずらしただけだ。

 それなのに、日本機の打撃は最初から当たる場所がなかったみたいに外れている。


 次の瞬間。


 ドッ。

 短い打撃が、日本機の胴へ食い込んだ。


『速い!! ドイツ代表、極めて小さい動きで内側を取る!!』


「っ」

 彩葉が息を呑む。

 衝撃は大きくない。

 だが、確実に嫌なところを抉ってくる。


「次、下」

 御堂が言う。

「分かっとる!」


 日本機が下段へ返そうとする。

 だがその前に、ドイツ機の膝がこちらの脚部フレームを軽く払った。


 浅い。

 壊れはしない。

 でも、重心だけがずれる。


「また!?」

 彩葉が叫ぶ。

「細かっ」

「向こうの方が速い」

 御堂が言う。

「いや、速いというより正確だ」

「どっちでもええわ!」

 律が返す。

「前に出るしかないやろ!」

「前に出るのと突っ込むのは違う」

「今それ言うんかい!?」

「今だから言ってるんだけど」

「二人とも!」

 九条が鋭く言う。

「脚部の負荷が散りません! 橘さん、同期上げられます!?」

「やってる!」

 彩葉は必死に返す。

「でも細かくて、追いつけない……!」

「御堂くん」

 天海が言う。

「どこがズレてる?」

「全部」

「雑だね」

「なら言い直す。向こうは五人で一つの流れになってる。こっちはまだ五本の線だ」


 その言葉が、妙に胸に刺さった。


 五本の線。


 たしかにそうだ。

 律は律で前へ出ようとしている。

 御堂は駆動の正解を通そうとしている。

 九条は崩れないよう支えている。

 天海は全体を見ている。

 彩葉だけが、そのどれにも完全には追いつけていない。


 だから、相手の方が半歩早い。


「来る」

 彩葉が小さく呟く。


 右。

 いや、違う。

 右と見せて、その前の肩の沈みが少し違う。


「律っちゃん、右――」

 言葉が止まる。

 違う。

「違う、左!」


 次の瞬間、ドイツ機の左ハイが飛んできた。


 ギィィン!!


 日本機のガードがぎりぎりで間に合う。


『おおっと日本、読んだ!! だが、完全には押し返せない!!』


「読めても押し返せへん!」

 律が言う。

「これ、相当きついで!」

「だから最初からそう言ってる」

 御堂。

「ほんま今その一言要るんか!?」

「必要だよ」

「必要ちゃうわ!」

「二人とも」

 天海の声が割り込む。

「続けるよ」


 ドイツ機は止まらない。


 右ストレート。

 フェイントからのロー。

 体幹を崩しにくる肩当て。

 大きな破壊はないのに、こちらだけが少しずつ削られていく。


 御堂の最適化でも追いつかない。

 律の突破も読まれる。

 九条の補助も飽和しかける。

 彩葉の同期は、追いつこうとするほど指の間から零れていく。


「っ……」

 彩葉の呼吸が速くなる。

 視界が狭い。

 焦る。


 その時だった。


 次の攻撃が来る、その手前。

 何かが、はっきりと“先に”触れた。


 空気じゃない。

 音でもない。

 動きそのものでもない。


 もっと前の、何か。


 何だろう――”視える“


「律っちゃん来る! 右! ガード!」

「!? まかせとき!」


 日本機の右腕が上がる。

 直後、ドイツ機の左ストレートがそこへ叩き込まれた。


 ガギィン!!


「次も右!」

 彩葉が叫ぶ。

「その次、左!」

「!?!?」

 律が思わず叫ぶ。

「ちょ、ちょ待って、彩葉ちゃん、なんでわかるん!?」

「え? あ、何か、来るって感じだった! 何これ!」

「始まったね」

 天海が言った。


 その声だけが、不思議なくらい落ち着いていた。


 次の瞬間、天海が檄を飛ばした。

「みんな、今から切り替える!」


 一瞬で声の温度が変わる。


「ゴーレムの全体制御系統を橘さんへ繋いで! 橘さんは動きをイメージすればいい!」

「え、え!? りょ、了解!」

「律さんは攻撃に集中! 思いっきりね!」

「よっしゃ!」

「御堂くんは駆動系の維持とサポート!全力でいくよ!」

「……正気?」

「正気だよ」

 天海の声に迷いはない。


「今、全体が“視えてる”のは橘さんだ」


「九条さんは各関節円滑性維持! 負荷重いよ、頑張って!」

「最初からそのつもりですわ」

「総指揮は僕が取る!」

 天海が言った。


「みんな、いくよ!」


 日本機の動きが変わった。


 重いはずの脚が、するりと横へ流れる。

 大きな一歩ではない。

 でも、間違いなく“軽い”。


『!? 急に日本チーム、ゴーレムの動きが軽くなったーー!! だけじゃない! ステップを踏んでいる!! 実に軽やかな動きだ! 本当に同じゴーレムなのかぁ!?』


 彩葉は、自分の意識がゴーレムの内側へ広がっていくのを感じていた。


 右脚。

 左脚。

 腰の回転。

 肩の浮き沈み。

 腕の返り。

 床を踏む重さ。


 全部を完全に理解しているわけじゃない。

 でも、次にどこをどう動かせば最も自然か、それだけは身体感覚みたいに分かる。


 ドイツ機が再び前へ出てくる。


「右、半歩」

 彩葉が言う。

「うん」

 天海が即答する。

「そのまま軸ずらし」

「取る」

 御堂。

「膝、開きます」

 九条。

「こっからやな!」

 律の声が弾む。


 ドイツ機の打撃が空を切る。


 日本機はただ避けたんじゃない。

 軸をずらし、体幹を逃がし、最小限の動きで“当たらない位置”へ移っている。


『躱す、躱すーーッ!! 軸ずらし!からのスウェーバック! 相手の攻撃がまるで当たらない!! 何だこの動きはーーーッ!?』


 ドイツ代表の精密な打撃が、今度は逆に読まれている。

 明らかな焦りが見て取れる。


 右。

 左。

 ロー。

 コンビネーション。

 その全部の“前”が、彩葉には少しだけ見えていた。


「殴る瞬間に爆破魔法で威力を上げる。位相同期遅れないように」

 天海が言う。

「……おっけー、次、いける!」

 彩葉が答える。

「各関節可動域全解放! 八乙女さん! いつでもいけます!」

 九条。

「そのままいくよ、みんな」

 天海。

「よっしゃ、ぶちかましたるで!」


 ガコォン!!

 ドォン!!


 律の拳が、御堂の最適化した駆動に乗り、そこへ天海の指示したタイミングで爆発的出力が重なる。


 ドイツ機のガードは間に合っていた。

 だが、その上から、日本機の打撃が撃ち抜く。


『日本チームの右フックが炸裂ーーッ!! ガードの上から撃ち抜く!! 入ったァッ!! ドイツチーム、衝撃で頭部が一回転ッ!!』


 ドイツ機の首が大きく捻れ、体勢が崩れる。


「効いてますね、八乙女さん。いきましょう!」

 御堂が言う。

「よっしゃ!いくで! 初めて気が合うたな、メガネ!」

 律が返す。

「全部視える! このままいける!」

 彩葉が叫ぶ。


 観客席の熱が跳ね上がる。


 日本機がオープンスタンスで構える。

 鼻を拭うような仕草。

 そのあと、両手を広げる。


 掌を上に。

 指先で、“来い”と挑発する。


『なんだぁーーッ!? 日本チーム、両手を広げたオープンスタンスで構えた! 掌を上に! 指先で――来い、と挑発している!! この行動はぁ! 


ブルース・リーだぁぁぁ!! 


映像が見える! 挑発している! 日本チームーーッ!!』


「何してるの律さん!?」

 九条が叫ぶ。

「……ウチやない」

「え……?」

「乗ってる」

 御堂が冷静に言った。

「橘さんだ」


「イメージが流れ込んでくる……映画で観た……あのイメージ……」

 彩葉が呟く。


「今はいいんじゃない?」

 天海が笑う。

「楽しいし」

「そういう問題じゃないのでは!?」

「いや、でも今は大事」

 天海が言った。


「向こう、崩れた」


 ドイツ機は今まで保っていた静けさを失っていた。

 精密だった間合いが、わずかに荒い。

 焦燥。

 憤怒。

 それが分かる。


「来る!」

 彩葉が言う。

「真っ直ぐ!」

「分かった」

 天海が応えた。


「終わらせるよ」


 次の瞬間。


 日本機が跳んだ。


『と、跳んだぁぁぁッ!! ゴーレムが跳んだッ!? こんな動き見たことないぞ! 何だこのゴーレムはーーーッ!?』


 巨体が空中でわずかに身体をひねる。

 御堂が駆動を通し、九条が関節を開き、天海が軌道を通し、律がその中心で蹴りを振り抜く。

 そして彩葉がイメージしたのは……


 ドガァァァンッ!!


 日本機の飛び回し蹴りが、向かってくるドイツ機の頭部側面へ直撃した。


 一瞬だった。


 壁に叩きつけられる頭部と、日本機の背後で大きくよろめくドイツ機。


『相手の頭部が吹き飛んだぁぁぁッ!! これは決着かぁぁぁ!?』


 観客席が総立ちになる。


『立て! 立つんだ! 立つんだJ.O.Eーーー!!』

 ドイツ陣営が叫ぶ。


 ドイツ機はそれでも立ち直ろうとする。

 だが、頭部制御系を失った巨体は、その場で膝を折った。


 座り込んだまま、がくりと肩を落とした。


『決ッ着ーーー!!! 二回戦!! 日本代表、逆転勝利ィィィィッ!!!』


 会場が爆発した。


 歓声。

 どよめき。

 実況の絶叫。

 それらが一斉に押し寄せる。


 日本の操作席、全員が息を呑んだ。


 勝った。

 今度は、一回戦よりももっとはっきり“勝ち”だった。


「はぁっ、はぁっ……勝ったっ!」

 彩葉が思わず声を上げる。


 鼓動がうるさい。

 胸が激しく上下する。

 頭の奥がじんじんしている。

 でも、嬉しい。

 勝てた。

 繋がった。

 五人の思いが。

 今一つになった。


「勝てたッ!!」


「あ、あれ?」


 急に視界が揺れた。


 操作卓の輪郭が、ブレて遠くなる。

 手の感覚が薄い。

 音が少し遅れて聞こえる。


「橘さん?」

 九条の声。

「ちょ、彩葉ちゃん!?」

 律の声。


 ガクッ。


 膝の力が抜け、身体が横へ崩れる。

 力が抜ける。

 机に額がぶつかる前に、何かが遠のいた。


 倒れる前に御堂が支える。

「スタッフさん、担架を早く、急いで! 救急室へ連絡を!」

 そばにいたスタッフに急いで指示を出す。

「全く……最後まで何をしているんですか!?」


「あちゃあ、やっぱり負荷が大き過ぎたか…」

 天海が頭をかく。

「橘さん、しっかりするんだよ!」


「彩葉ちゃん! しっかりしぃや!」

 律が身を乗り出す。


「私が付き添います!」

 九条が即座に立ち上がった。


 歓声はまだ、会場いっぱいに鳴り続けている。


 世界大会二回戦。

 日本代表、ドイツに逆転勝利。


 だがその代償は大きかった。


彩葉、どうなる

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ