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第四十四話 一回戦・剛腕、オーストラリア

 世界大会の舞台は、全国とはやはり空気が違った。


 広い。


 明るい。


 そして、遠い。


 会場の規模も、観客の熱量も、実況の声の抜け方も、何もかもが一段大きい。日本語だけではないざわめきが観客席のあちこちから波みたいに押し寄せてきて、彩葉は選手席でそれを聞きながら、乾いた唇をそっと舐めた。


 日本代表初戦。


 相手はオーストラリア代表。


 事前資料で見た時から、印象は一つだった。


 重い。


 ただそれだけだった。


 機体の設計思想も、操作思想も、細かい小技ではなく、重量と圧力と正面衝突に寄っている。動きは素直だが、その分だけ一発一発が重い。避けきれなければ終わる。そういうチームだった。


「分かりやすくてええやん」

 律が操作席で言った。

「前から来るなら前からぶっ壊せばええ」

「君は本当にそれしかないの?」

 御堂が隣で眼鏡を押し上げる。

「何や」

「一回戦から脳筋で突っ込むのは、代表としてどうかと思ってるだけだよ」

「は? メガネ今なんて」

「はいはい」

 天海が二人の間に軽く声を落とす。

「始まる前から壊れないでね。ゴーレムは一体しかないんだから」

「壊すのは相手だけで十分ですわ」

 九条が静かに言った。

「できれば、言い合いも最小限でお願いしたいところですが」

「それ、ほんとそれ」

 彩葉が思わず言う。

 すると律がすぐに振り返る。

「彩葉ちゃん! 今日はちゃんとついてきてや!」

「え、私!?」

「橘さんには最低限、遅れないでほしいかな」

 御堂が言った。

「最低限でいいなら頑張るけど、その“最低限”が御堂くん基準なの怖いんだけど」

「頑張って」

 天海が笑う。

「最初はそれで十分」


 実況の声が、会場いっぱいに響いた。


『世界新人魔法競技大会・団体戦! 一回戦、日本代表対オーストラリア代表!! 両チーム、配置につきましたーー!!』


 フィールド中央には、二体のマジックメタル製ゴーレムが向かい合って立っている。


 日本の機体は、まだどこかぎこちない。


 昨日までの練習では、歩くだけで精一杯だった時間もあった。


 それでも今は、立っている。


 五人の魔法が、辛うじて一つの巨体を支えている。


 対するオーストラリア機は、最初から構えが低い。肩を落とし、前へ出る準備ができている。機体そのものが、殴るために作られているみたいだった。


『レディ――ファイト!!』


 開始の合図が鳴った瞬間だった。


「おいメガネ! 駆動系は十分やろな!」

 律が叫ぶ。

「いつでもいけるよ、八乙女さん」

 御堂が淡々と返した。


 その返答を待っていたみたいに、律が一気に出力を流し込む。


 日本機の右脚が踏み込む。


 重い機体が、床を揺らして前へ出る。


「はやっ」

 彩葉が思わず声を漏らす。

「いきなり!?」

「最初の一歩だけですわ!」

 九条が言う。

「橘さん、位相!」

「う、うん!」


 慌てて同期を合わせる。

 御堂の駆動結界が通した流れに、自分の魔法を食い込ませる。まだ粗い。まだ遅れる。でも、止めるわけにはいかない。


「そのまま行くでぇ!!」

 律の声と同時に、日本機の右拳がまっすぐ飛んだ。


 ドォンッ!!


 オーストラリア機の胸部に激しい打撃音が響く。


『日本代表、初手から前へ出たァ!! 豪快なストレート!!』


 さらに二打、三打。

 律の出力は一直線だった。細かいフェイントも、誘いもない。ただ前へ出て、重い拳を叩き込む。それが逆に、オーストラリア側の想定を半歩だけずらした。


「押せる押せる!」

 律が高笑いする。

「そら見ぃ!」

「まだです!」

 九条が鋭く言った。

「前のめりが過ぎます!」

「分かっとる!」

「分かってないよ」

 御堂が低く返す。

「重心が死んでる」

「うるさい!」


 その瞬間だった。


 オーストラリア機が、ガードの構えからぐっと腰を落とした。


 彩葉の背中に、ひやりとしたものが走る。


「……来る」

 口から零れたその言葉より先に、相手の左腕が跳ね上がった。


 日本機の連打の内側を、重い肩が割って入る。


 近い。


 まずい。


「律っちゃん、下がっ――」

 言い終わる前に、相手の左フックが炸裂した。


 ガゴォンッ!!


 鈍い破砕音。


 日本機の右腕部が、肘の上から大きく弾かれる。装甲が砕け、関節部にひびが走り、拳の軌道が完全に死んだ。


『カウンターーーッ!! オーストラリア、重い!! 日本ゴーレム、右腕部損傷!!』


「っ……!」

 彩葉が息を呑む。


 制御卓越しに、機体のぶれがそのまま感覚へ返ってくる。

 重い。

 怖い。

 たった一撃で、流れが裏返った。


「だから言ったのに」

 御堂の声が刺す。

「君は毎回そうやって――」

「今それ言うなや!!」

 律が怒鳴り返す。

「まだ終わってへん!!」

「終わってないから言ってるんだけど」

「二人とも」

 天海の声が割って入った。


 いつもの柔らかい声だった。

 でも、そこに迷いはなかった。


「切り替えるよ」


 一瞬で空気が変わる。


「御堂くん、駆動固定。余計な可動は切る」

「了解」

「九条さん、関節補助。右腕は捨てていい、脚部優先」

「ええ」

「律さんは突破口だけ見て。全部やろうとしなくていい」

「……ふんっ、やったるわ」

「橘さん」

「はい!」

「最低限でいい。流れを切らさないで。今は繋ぐだけ」

「……うん!」

「総指揮は僕が取る」

 天海が短く息を吸う。

「ここからが本番だよ」


 オーストラリア機が、再び前へ出る。


 今度は最初から殺しに来ていた。

 右腕を壊して優位を取った。次は胴か、脚か、頭部か。とにかく日本機を戦闘不能にするための歩みだった。


 ドン、ドン、と重い足音が近づく。


 鼓動がドン、ドン、と体深くに刻まれる。


 彩葉は自分の呼吸を整えた。


 全部は見えない。

 まだそこまでできない。

 でも今は、それでいい。

 それしかない。


 御堂の駆動の流れ。

 九条の関節補助。

 律の出力の癖。

 天海の指揮のタイミング。


 それらがばらばらに飛んでいかないように、細い糸で結びつけるみたいに意識を伸ばす。


「次、右来る」

 彩葉が言った。

「高め」

「ガード」

 天海が即座に返す。

「左腕だけ上げて」


 日本機が残った左腕をガードに回す。


 次の瞬間、オーストラリア機の右フックが叩きつけられた。


 ガギィィンッ!!


 凄まじい衝撃。


『受けたァ!! 日本、左腕一本で受けた!!』


 機体が大きく軋む。

 御堂の駆動が悲鳴を上げるみたいに揺れた。


「御堂くん!」

 天海が言う。

「持つ?」

「持たせるよ」

 御堂が吐き捨てる。

「持たせてみせる」

「九条さん、膝の沈み抑えて」

「もうやってます!」

「律さん」

 天海が静かに言った。

「今」

「分かっとるわ!!」


 日本機の右脚が、低く沈む。


 砕けた右腕の代わりに、全身の重みがそこへ集まる。


 相手の右フックは、まだ左腕へ食い込んでいる。

 その隙に。


「行ったれぇぇぇ!!」


 律の咆哮とともに、日本機の右ローキックが振り抜かれた。


 ドガァンッ!!


 膝より少し下。

 相手が踏み込んだ左脚の外側から、重量そのものを叩き込む。


 一拍遅れて、嫌な音がした。


 バキィッ!!


 オーストラリア機の脚部フレームが、目に見えて折れ曲がる。


『入ったァァァァッ!! 右ロー!! 右ローが相手の脚をへし折ったァァァ!!』


 巨体がぐらりと傾く。


 踏ん張れない。


 立てない。


 そのままオーストラリア機は横倒しになり、床を激しく削りながら転倒した。


 ブザーが鳴る。


『戦闘継続不能!! 審判、オーストラリア機の戦闘続行不可を宣告!! 日本代表、TKO勝利ーーーッ!!』


 一瞬、会場がどよめいた。


 勝った。


 たしかに勝った。


 でも、日本の操作席で最初に漏れたのは歓声じゃなかった。


「はあっ……」

 彩葉が深く息を吐く。

 手が震えていた。

「こわ……」

「怖いで済むか」

 律がまだ熱を引かせない声で言う。

「ギリギリやったやろ今」

「ギリギリにしたのは誰?」

 御堂が返す。

「最初から少しは話を聞いてくれたら――」

「はいはいはいはい!」

 律が遮る。

「勝ったんやからええやろ!」

「良くないよ」

 御堂が眼鏡を押し上げる。

「こんなの次にやったら死ぬ」

「死なんわ!」

「比喩だよ」

「分かっとるわ!」

「二人とも」

 九条が疲れきった声で言った。

「せめて少しくらい黙れませんの?」

「……」

「……」

 二人が同時に黙る。


 それを見て、天海が少しだけ笑った。


「うん」

 天海はフィールドを見つめたまま言う。

「でも、今ので一つ分かった」

「何が?」

 彩葉が聞く。

「ちゃんと噛み合えば、戦える」

 天海の声は静かだった。

「世界でもね」


 彩葉は壊れた右腕をぶら下げた日本ゴーレムを見上げた。


 たしかに勝った。

 たしかに、世界相手に初戦を突破した。


 でも、その姿は痛々しかった。

 片腕を壊し、左腕一本で受け、脚一本で勝ちを取りにいった。


 綺麗な勝利じゃない。


 余裕のある勝利でもない。


 ギリギリで、辛うじて、相手の方が先に止まっただけだ。


「……このままじゃ次はない」

 誰が言ったのか、彩葉には分からなかった。


 でも、その場にいた全員が、たぶん同じことを思っていた。


 世界大会一回戦。


 日本代表、勝利。


 それなのに、誰一人として晴れやかな顔をしていなかった。


ロボット・ファイトは迫力がありますね

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