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第四十二話 選りすぐりの曲者たち

 全国大会が終わってから数日が経った。


 なのに、胸の奥に残ったものはまだ少しも消えていなかった。


 白嶺学園に敗れた準決勝。

 同じ土俵にすら立てていないと知った、あの感覚。

 世界の入口に触れた気がしたのに、その扉がどれだけ重いかを思い知った、あの時間。


 それでも大会は終わり、季節は止まらずに進んでいく。


 そして今日、東京国際展示場には、全国大会とはまた違う緊張が満ちていた。


 新人戦優秀者による、日本代表選抜発表。


 白嶺戦のあと、各校へその通知が届いた時、夢見が丘はしばらく静まり返った。


 候補として名前が挙がっていたのは、彩葉だった。


 新も、一ノ瀬も、純香も、雅も、そのこと自体には驚かなかった。

 あの白嶺戦で、彩葉の位相読みがただの勘や偶然ではなく、はっきりと一つの才能として表に出たのは、誰の目にも明らかだったからだ。


 けれど。


 実際に「候補」という言葉を見た時の胸のざわつきは、また別だった。


 嬉しい。

 すごい。

 でも、それと同じだけ、少しだけ寂しい。


 夢見が丘の五人で積み上げてきた全国だったのに、その先に呼ばれたのは彩葉一人だけだった。


 だから今日は、彩葉以外の四人も応援という名目で一緒に来ていた。


「相変わらず、広いなあ……」

 彩葉が言った。

 見上げた先には、国際展示場の高い天井が広がっている。

「この前も来たはずなのに、今日は何か違って見える」

「大会の時と空気が違うからじゃない?」

 新が言う。

「今日は“チームで戦う日”じゃなくて、“選ばれる日”だし」

「その言い方、嫌だな」

 雅が肩をすくめた。

「急に試験会場っぽい」

「実際そういう面はあるでしょ」

 純香が言う。

「見られて、比べられて、選ばれる。かなりはっきりしてるじゃない」

「そうだけどさあ」

 彩葉は少しだけ肩を縮めた。

「うわ、緊張してきた」

「今さら?」

 一ノ瀬が静かに言う。

「今さら」

 彩葉がうなずく。

「だって、もし本当に選ばれたらどうしようって思うし、選ばれなかったらそれはそれでへこむし」

「面倒くさいな」

 雅が笑う。

「でも、それが彩葉でしょ」

 純香が言った。

 その声はいつも通りだったが、少しだけ柔らかかった。


 新は歩きながら、彩葉の横顔を見る。


 うれしそうでもあり、不安そうでもある。

 自分だけがここへ呼ばれていることを、きっと本人がいちばん重く受け止めているのだろう。


「大丈夫」

 新が言った。

 彩葉がこちらを見る。

「え?」

「選ばれても、選ばれなくても、彩葉が彩葉なのは変わらない」

「……」

「それに、あの時の彩葉は本当にすごかったよ」

「え?」

「彩葉の呼吸が無ければまとまらなかった」

 新は少しだけ笑った。

「だから、胸張っていい」

「……うん」

 彩葉は小さく頷いた。

「ありがと」


     ◇


 選抜会場へ向かう途中、夢見が丘の四人は、見覚えのある声を聞いた。


「あ!県立ぅ!」


 どこからか声がする。


「あれ?今確かに声がしたような」

 新と雅がキョロキョロする。


「おい?」


「今、確かに聞こえたわよね」

 純香と彩葉もキョロキョロする。


「オイオイ?……」


「……ぐぬぬ……」


「……みさげて、みぃや……」


「わぁ!おった!」

 一同が驚く。


「新喜劇かって!!」

「何回やんねん!この下り!泣くぞ!泣いてまうぞ!」


 八乙女律がふぐみたいに膨れてそこにいた。


「ごめんね、八乙女さん。いつも新喜劇で」

 一ノ瀬が律を庇う。

 それを聞いた律の顔がパァッと明るくなる。


「一ノ瀬……くん! 来てたんや!」


 代表候補の札を下げているのに、いつもと全然変わらない。


「……八乙女、律さん、少し前ぶりだね」

 一ノ瀬が静かに返す。


「名前覚えとってくれたん! めっちゃ嬉しいなあ!」

 律は本当に嬉しそうに笑った。

 ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。


 やれやれ、という顔になる一ノ瀬。


 新と雅がほぼ同時に吹き出しそうになる。

 彩葉はもう隠す気もなく笑っていた。


「なあなあ」

 律が一ノ瀬へぐいっと顔を寄せる。

「ちょっとは好いてくれた? ウチのこと?」

「なぜいきなりそうなるの?」

「せやかて、ウチあんなみんなの前で言うてんで? 好きやいうて」

「それとこれとは別じゃない?」

「えっ!? う、う、うぇえぇ……」


 律が大げさに崩れ落ちそうになる。

 一ノ瀬が少しだけ目を細めた。


「まあ?」

 律が顔を上げる。

「今回選抜候補だし、少し見直したかな」

「……ほんまに!?」

 律の顔が一気に明るくなる。

「やったぁ!」


 その様子を見て、彩葉が肩を震わせる。

 純香は「はあ……」と息をつきながらも、口元は緩んでいた。


「何だこの空気」

 雅が小さく言う。

「夫婦漫才だよ」

 新が答える。


 律は一ノ瀬の周りを嬉しそうにちょろちょろしていたが、そこへ別の声が割って入った。


「僕は実力が“ある”人が集まると聞いていたんですけどね」


 空気が、少しだけ変わる。


 振り返ると、細身の男子が眼鏡を押し上げながらこちらを見ていた。

 北陵工科大学附属高校主将、御堂。


 やっぱり感じが悪い。


「何?」

 彩葉が思わず言う。

「私じゃ不服ってわけ?」


 新が一瞬、彩葉を見る。

 だがその前に御堂が答えた。


「誰もまだ“君だ”なんて言ってないけどね」

 

「……じゃあ、誰に言ってるの?」

 彩葉が聞く。


 御堂はため息まじりに眼鏡の位置を直した。


「さぁね?」

 その視線が、彩葉に向く。

「選ばれたらいいね」


「なんやこのメガネ! 喧嘩売っとんのか!?」

 律が即座に前に出る。

「彩葉ちゃんに文句あんのか!」


「魔法は身長でやるものじゃないからね」

 御堂は淡々と言った。

「実力が全てだよ」

「誰が身長の話しとんねん!!」

「まあ、八乙女さんくらいの実力があれば別ですが」


「下品なやり取りはやめましょう」

 静かな声が差し込む。


 聖桜女学院の九条だった。


 線が細い。

 白い制服がよく似合う。

 やはり、こういう場でも綺麗だった。


「同じ選手同士なんですから、お互いにリスペクトしないといけませんわ」


「まあまあ」

 その横で、天海晴人が笑う。

「そんなに喧々しないで楽しくやろうよ、みんな」


 その一言だけで、場の空気が不思議と少し緩んだ。


 やっぱりこの人はすごいな、と新は思う。

 白嶺戦の時と同じだった。

 楽しそうにして、そしていつもなぜか場の中心にいる。


 けれど同時に、夢見が丘の四人にはよく分かった。


 この五人、絶対にまとまらない……。


     ◇


 やがて選抜発表の時間が来た。


 大型表示盤に、新人戦優秀者日本代表選抜の文字が映し出される。

 候補者たちの名前が流れ、その最後に、正式な代表選手が一人ずつ読み上げられていく。


 会場の空気が張り詰めた。


「白嶺学園 天海晴人」

 ざわめきが起こる。

 当然、という空気だった。


「北陵工科大学附属高校 御堂光一」


「四天高校 八乙女律」


「聖桜女学院 九条澪」


 ここまでは、多くの人が予想していたのだろう。


 そして、最後の名前が呼ばれた。


「県立夢見が丘高校 橘彩葉」


 一瞬、時間が止まった気がした。


 彩葉の目が大きく開く。

 新も、一ノ瀬も、純香も、雅も、言葉を失った。


 次の瞬間、律が真っ先に叫んで飛び付いた。


「やったやん!! 彩葉ちゃん!!」

 その声で、ようやく会場の音が戻ってくる。


「……え」

 彩葉がやっと声を出す。

「え、ほんとに?」

「今、呼ばれたでしょ」

 純香が言う。

 でも、その声も少し震えていた。

「本当に、選ばれたのよ」

「……うそ」

 彩葉の目に、じわっと涙が浮かぶ。

「うそじゃない」

 一ノ瀬が言った。

 静かな声だった。

「行ってきなよ」

「……」

「世界へ」

 その一言に、彩葉が息を呑む。


 新はそれを聞いて、胸の奥が少し熱くなった。


 悔しくないわけじゃない。

 置いていかれるような感覚が、全くないわけでもない。

 でも、それ以上に思った。


 彩葉が選ばれて、良かった。


「おめでとう」

 新が言う。

「彩葉」

「……うん」

 彩葉は涙をこぼさないようにしながら笑った。

「ありがと」

「胸張ってけ」

 雅が言う。

「日本代表だろ」

「うん」

「あと暴れるなよ」

「まだ何もしてないのにそれひどくない!?」

 彩葉がいつもの調子で返して、みんなが少しだけ笑った。


 その笑いの向こうで、天海がこちらを見ていた。

 目が合う。


 天海は柔らかく笑って、ほんの少しだけ頷いた。


     ◇


 正式発表のあと、代表候補たちはそのまま別室へ誘導された。


 彩葉もその中へ入る直前、何度か振り返った。

 新たち四人は手を振る。

 律は「あとで話そな!」と大声で言い、御堂はすでに面倒くさそうな顔をしていた。


 扉が閉まる。


 少しの静けさ。


「……行っちゃったな」

 新が言う。

「うん」

 一ノ瀬が答える。


 そこへ、部屋の中からまた少し大きめの声が漏れてきた。


「大会側が認めた以上は認めますがね、遅れないように付いてきて下さいね」


「なんやこのメガネ! 喧嘩売っとんのか!?」


「君のことじゃないよ、八乙女さん。君は分かりやすく規格外だ」


「……じゃあ誰に言ってるの?」


「分かってるでしょ。せいぜい足を引っ張らないでね」


「貶し合いはやめましょう。私たちはもうチームなんですよ」


「さっきも言ったけどそんなに喧々しないで。御堂くんも突っかからないで。楽しくやろうよ、みんな、ね?」


 新たち四人は顔を見合わせた。


「……空気、最悪じゃない?」

 雅が言う。

「うん」

 新も頷く。

「最悪だな」

「でも」

 一ノ瀬が静かに言った。

「たぶん、あれくらいでいいのかもしれない」

「何で?」

 彩葉のいない横で、純香が聞く。

「全員、ちゃんと強いから」

 一ノ瀬は閉じた扉を見る。

「強い人たちは、最初はあれくらいぶつかる」

「……かもね」

 純香が答える。


 新は、閉じた扉の向こうを見つめた。


 選りすぐりの曲者たち。

 誰一人、簡単には扱えそうにない。

 でもきっと、だからこそ強い。


 そしてその中に、彩葉がいる。


 東京国際展示場の高い天井の下で、新は小さく息を吐いた。


 夢見が丘の全国は終わった。

 けれど、彩葉の世界は、ここから始まるのだ。

見事に合わない5人。新喜劇ノリ好きです。

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