第四十一話 天と地と
僕たちは、もしかしたらどこかで調子に乗っていたのかもしれない。
聖桜女学院。
四天高校。
北陵工科大学附属高校。
名だたる全国の強豪を下してきて、自分たちもまた、その場所に立てるのだと。
胸を張っていいのだと。
どこかで、そう思っていたのかもしれない。
けれど。
あまりに圧倒的だった。
あまりに一瞬だった。
僕らが必死で積み上げてきた発想も、連携も、工夫も。
それ自体は間違っていなかったはずなのに。
本当の全国クラスというのは、きっとあの人たちのような人たちを言うのだろう。
◇
白嶺学園。
全国屈指の進学校。
明るく自由な校風で知られながら、これまで優秀な魔法師を何人も輩出してきた名門校。
その名前だけなら、パンフレットでも何度も見ていた。
けれど実際に会場で向かい合ってみると、印象は少し違った。
もっと堅い学校かと思っていたのだ。
もっと静かで、もっと隙のない、北陵みたいな方向の強さかと。
けれど、白嶺の五人は違った。
明るい。
やわらかい。
笑っている。
それでいて、誰一人として浮ついていない。
「やっと当たれたね」
白嶺の先頭にいた男子が、こちらへ手を振ってきた。
整った顔立ちに、屈託のない笑み。
競技服の着崩しもないのに、なぜか堅苦しさがない。
「夢見が丘、ずっと見てたよ。聖桜戦も四天戦も北陵戦も、全部面白かった」
「……どうも」
新が答える。
「うん、ほんとに。特に北陵戦、すごく良かった。正面の勝負を降りて、別の答えを出したところ」
一ノ瀬が静かに応じる。
「ありがとう」
男子は嬉しそうに笑った。
「あ、自己紹介がまだだったね。僕は白嶺学園主将、天海晴人」
その名前が、妙にこの人に似合っている気がした。
軽くて、明るくて、それでいて高いところから全体を見ていそうな名前だ。
「よろしく。準決勝、いい試合にしよう」
その言い方には嫌味がなかった。
本当にそう思っているらしい声だった。
けれど、新はその笑顔の奥に、どこか余裕のようなものを感じていた。
◇
『全国大会準決勝、競技内容を発表します!』
実況の声とともに、大型表示盤へ競技映像が映し出される。
広いフィールド。
地面に置かれた三つの大型球体。
そして少し離れた位置に設置された三つの収容箱。
ルール文が切り替わる。
『アンチマジック処理された大型球体三個を、指定された三つの箱へ完全収容せよ。』
『球体そのものへの直接魔法干渉は不可。』
『ただし、周辺環境への魔法干渉は可。』
『両校が同課題を順に行い、完全収容までの時間を競う。』
「……シンプル」
彩葉が言った。
「だから差が出るのよ」
純香が答える。
「下手に小細工が利かない」
「いや、利くでしょ」
雅が言う。
「むしろ、こういうのほど発想勝負だ」
「そうだね」
一ノ瀬が頷いた。
「何を使って球を動かすか。どこまで同時進行するか。そこが全部出る」
新は球と箱を見た。
球そのものはアンチマジック。
浮かせられない。
直接転送もできない。
けれど、それは何度も見てきた条件だ。
箱。
転送。
結界殻。
頭の中で、これまでの試合で積み上げたものがつながる。
「……いける」
新が言った。
「結界で包む」
「うん」
一ノ瀬がすぐに反応する。
「球そのものには触れない。外側を殻で包んで、箱の上へ送る」
「一個ずつね?」
純香が確認する。
「三点同時計算はまだ重い」
「そう」
一ノ瀬が頷く。
「僕らなら、一つずつ最短で繋いだ方が速い」
「受け側の補正は私がやる」
純香が言う。
「位相はうちが見る」
彩葉が続く。
「押し出しは俺」
雅がにやりと笑う。
「必要な瞬間だけ出す」
新はもう一度フィールドを見た。
これまでの応用だ。
聖桜戦で掴んだ、包んで送るという発想。
北陵戦で磨いた、発射と転位の噛み合わせ。
今までの積み上げを、そのまま使える。
「これでいこう」
新が言う。
「うん」
一ノ瀬が短く答えた。
「かなり良い形だと思う」
◇
夢見が丘の先攻。
開始の合図と同時に、純香が一つ目の球のそばへ走る。
新が球の外側へ薄い結界殻を展開し、一ノ瀬が箱の座標を切る。
彩葉が位相を揃え、雅が必要最低限の出力を乗せる。
「今!」
シュンッ!
一つ目の球が消え、次の瞬間には一つ目の箱の上に現れる。
ゴトンッ。
ぴたりと収まる。
『夢見が丘、一球目成功!! 速い!!』
「いい」
新が言う。
「そのまま二つ目!」
二つ目。
三つ目。
やることは同じ。
でも同じだからこそ、精度が要る。
箱の縁に当てず、無駄な補正を出さず、流れるように一つずつ収める。
シュンッ。
ゴトン。
シュンッ。
ゴトン。
最後の三つ目が箱に収まったとき、会場からはちゃんとどよめきが起こった。
『夢見が丘、全収容!! かなり速い!! まとまったタイムです!!』
新は小さく息を吐いた。
悪くない。
むしろ、かなり良い。
今の自分たちに出せるものは、ちゃんと出せたと思った。
「いい形だった」
一ノ瀬が言う。
「うん」
純香も頷く。
「かなり良かったわ」
「やったね」
彩葉が笑う。
「これは通るだろ」
雅も口元を上げた。
そのときだった。
「あれれ」
白嶺の主将――天海が、少し楽しそうな声を出した。
「すごくいい形じゃない? 早いし」
新は思わずそちらを見る。
その言い方には嫌味がなかった。
本当に、良い解だと思っているみたいな声だった。
「うん、きれい。じゃあ僕らもやろっか」
◇
白嶺学園の番になった。
天海が片手を上げる。
「全域、行くよ」
その一言の直後だった。
ゾォン――
フィールド全体に、薄く巨大な結界が走った。
「……え」
新が息を呑む。
それは一つの球を包む殻じゃない。
競技区画そのものを、ふわりと覆うような大規模結界だった。
『白嶺学園、ここでフィールド全体を包む大規模結界!!』
「最初から全体を取るの?」
彩葉が目を見開く。
「全域把握……」
一ノ瀬が低く言う。
「そう来るんだ」
「個別も重ねるねー」
天海が軽く言う。
パッ、パッ、パッ。
三つの球、それぞれの輪郭に沿って、薄い個別結界が同時に立ち上がる。
全域結界。
個別結界。
二重。
「うそでしょ」
純香の声が少し硬くなる。
「同時に?」
「しかも干渉させずに」
一ノ瀬の目が細くなる。
白嶺の五人は、会話らしい会話をほとんどしていなかった。
それなのに、誰が何をやっているのか、全員が最初から分かっているみたいだった。
「座標、三点まとめて」
天海が言う。
「切れたよー」
「位相も三つ」
「合わせるね」
その直後だった。
三つの球の周囲の空気が、同時に揺れる。
「……三つ?」
新が呟く。
「同時にやるの?」
彩葉も息を呑む。
「やるんだろうね」
一ノ瀬が静かに言った。
「最初から、そのつもりで」
「じゃ、行こう」
シュンッ!!
一つじゃない。
三つ。
三つの球が、ほとんど同時に視界から消える。
次の瞬間。
ゴトンッ!
ゴトンッ!
ゴトンッ!
三つの箱へ、ほぼ時間差なく球が収まっていた。
一瞬、会場が静まり返る。
それから、遅れてどよめきが爆発した。
『同時転送ォォォッ!!』
『白嶺学園、夢見が丘と同系統の解法を、より大規模に、より高速に、しかも三球同時で決めたァァァッ!!』
新は言葉を失った。
同じだった。
自分たちの解法と、根っこは同じだ。
包んで、座標を取り、位相を合わせ、収める。
なのに。
自分たちは一つずつ繋いだ。
白嶺は最初から全部を見て、全部を同時に通した。
「同じ……」
新が呟く。
「いや」
一ノ瀬が低く言う。
「同じじゃない。上だ」
「全域結界で全体を把握して」
純香が白い箱を見つめたまま言う。
「個別結界を重ねて、三点同時計算……」
「位相も三つとも同時」
彩葉が息を呑む。
「そんなの、普通にやる顔でやらないでよ……」
負けた。
こんなに、あっさり……。
自分たちの形は間違っていなかったはずだ。
実際、かなり良かったはずだ。
なのに白嶺は、その全部をもっと広く、もっと速く、もっと自然にやってのけた。
あまりに圧倒的だった。
あまりに一瞬だった。
◇
だが、天海はそこで終わらなかった。
「あ、すみませーん」
ひょいと片手を上げて、大会運営の方を向く。
「別解示したいので、もう一度させてもらっていいですか? 記録には残さなくていいので」
会場がざわつく。
「は?」
雅が間の抜けた声を出す。
「もう一回?」
「別解……?」
新も顔を上げる。
審判席と運営席が一瞬だけ相談する。
数秒後、主審がマイクを取った。
『特例として、参考演示を許可します! ただし記録には反映されません!』
わあっと会場が沸いた。
天海はうれしそうに頭を下げる。
「ありがとうございます!」
その顔には、本当に悪意がなかった。
ただ、面白いことを思いついたから見せたい、みたいな顔だった。
◇
「別解もあるよ」
天海が夢見が丘の方を見て、にこっと笑う。
「地面を隆起させて、一旦箱の高さまで持っていく」
さらりと言う。
「それから球の下の地面をさらに隆起させて、そのまま転がして箱に入れる」
少しだけ首を傾げた。
「最後に地面を戻す。ね? これだともっと速いでしょ?」
新は、その意味を理解した瞬間、息を呑んだ。
「……あ」
転送じゃない。
結界でもない。
球そのものには触れず、足場そのものを経路に変える。
もっと物理的で、
もっと単純で、
もっと速い。
「そんなの……」
彩葉が小さく言う。
「あり?」
「ありなんでしょうね」
純香が答えた。
でも、その声は少しだけ悔しそうだった。
「やってみるね」
天海がそう言って、片手を軽く上げる。
ドゴゴゴゴッ――
フィールドが低く唸った。
三つの球の下から、地面が滑らかに持ち上がっていく。
壁ではない。
柱でもない。
なだらかな台だ。
一気に三つとも、箱の高さ近くまで持ち上げる。
『地盤操作!! 三球を同時に持ち上げたァ!!』
そこでさらに、球の下の地面だけがぐっと盛り上がる。
コトッ。
ゴロッ。
ゴロロロロッ――
三つの球が、それぞれの箱へ向かって一斉に転がり出した。
速い。
しかも無駄がない。
転送みたいな一瞬の派手さはないのに、
むしろこっちの方が迷いがない。
ゴトン。
ゴトン。
ゴトン。
三つの球は、ほとんど時間差なく箱へ収まる。
最後に、せり上がっていた地面が何事もなかったみたいに元へ戻った。
会場が、またどよめいた。
『白嶺学園、別解まで完遂!!』
『しかもこれも速い!! いや、さっきと同じくらいか、それ以上か!?』
新は呆然と、その光景を見ていた。
自分たちは転送しか見ていなかった。
もっと単純な道があった。
もっと自由な答えがあった。
それを、白嶺は迷いなく拾ってきた。
◇
天海がこちらへ歩いてきた。
勝った側のはずなのに、顔には嫌味がなかった。
むしろ笑っている。
天海が楽しそうに話す。
「一つにはね、点じゃなくて面。面じゃなくて空間。全体を一つとして認識することで、魔法はもっと自由になれるんだ。点で見たらそこだけになるんだけど、全体を俯瞰するとそれが一部だったって分かるようになるよ」
「あと位相合わせ。そっちの女の子」
そう言って彩葉に目を遣る。
「橘と言います」
彩葉が答える。
「そう、橘さん。橘さんの位相合わせ、すごくセンスよかったよ。でもね、まだ迷いがあるかな。いいタイミングを二つ三つ逃してたよね。それと一つに集中し過ぎてる。少し難しいかもだけど、もっと色んな位相が同時に見えてるはずなんだ。勇気を持ってその一つ目で号令をかけられるようにするといいよ」
天海はまるで先生のようにそれぞれの長所、短所を指摘していく。
「もう一人の女の子」
「篠宮です」
「篠宮さんね。篠宮さんはもっと自分を出していっていいよ。すごく丁寧で上手だから。自分の良さを出していって、失敗してもいい、失敗しても直せばいいから。そしたらすごい速さで上達していくと思う」
「イケメンの彼」
「なんだよ。神代だけど、俺にも何かあるの」
「大ありだよ、神代君。神代君のその魔法力、センスだけじゃないね、ちゃんと努力した魔法力だ、すごいことなんだよ、それ。今回大分セーブしてたみたいだけど、もっと出していい。このチームそんなに柔じゃないから」
「モテメガネ君」
一ノ瀬がチラと天海を見る。
「一ノ瀬です」
「ああ、ごめんね、悪気は無かったんだよ、一ノ瀬君。ほら君、四天戦で目立ってたから、つい」
「君の魔法は洗練されてる。誰よりも繊細だよ。でもどこか怖がってる感じがする。何か、関わり過ぎない様にしてるみたいな。もっと解放してあげると素晴らしくなると思うんだよね」
「そして鳴海君…だったよね。発想がすごくよかった。これまでも作戦の起点になってたよね。俯瞰力があるよね。でも魔法は一つじゃない。色んな角度から見たらもっと面白いことが出来るんだ」
ほんとに楽しかったのか、天海は早口で捲し立てた。
「そう」
彼は最後に言った。
「君たちは間違ってないんだ」
新たち五人を見る。
「だからかなり良かった。今までも」
そこで少しだけ目を細めた。
「でもね、僕たちもそうなんだよ」
新は何も言えなかった。
否定されたわけじゃない。
見下されたわけでもない。
むしろ認められている。
だからこそ、届かなさだけがまっすぐ胸に刺さった。
天海は少しだけ笑って続けた。
「魔法は楽しいよ」
その言い方は、冗談みたいに軽いのに、不思議と軽く聞こえなかった。
「だから、僕らはもっと楽しみたいんだ」
その言葉に、新は白嶺の強さの形を少しだけ理解した気がした。
勝つためだけじゃない。
正しいからだけでもない。
もっと面白く、もっと自由に、もっと先まで届く形を探し続けている。
だから強いのだ。
天海は最後に、ほんの少しだけ手を振った。
「また一緒に戦えることを楽しみにしてるよ」
そして、柔らかく笑う。
「今度は――同じ土俵でね」
その一言は、優しいのに、ひどく残酷だった。
◇
白嶺が去ったあともしばらく、新は動けなかった。
「負けたな」
雅が言う。
悔しそうだった。
でも、変に荒れてはいなかった。
「うん」
新はやっと答えた。
「完敗だった」
「でも」
彩葉が小さく言う。
「うちらのやり方、間違ってなかったって」
「ええ」
純香が頷く。
「そこは救いじゃないわね。余計に悔しいだけ」
「そうだね」
一ノ瀬が静かに言う。
「何をされたか、ちゃんと分かるから」
新はフィールドを見た。
自分たちの解法。
白嶺の上位版。
そして、さらにその先の別解。
似ているのに、届かない差。
近いのに、遠い差。
天と地ほど離れているわけじゃない。
でも、今はまだ同じ土俵にすら立てていない。
その事実が、胸の奥に重く沈んでいた。
それでも。
負けたままで終わる気は、なかった。
新は小さく息を吸った。
「……次は」
誰に言うでもなく、そう呟く。
「次は、ちゃんと届くところまで行こう」
東京国際展示場の高い天井の下で、歓声の名残がまだ揺れていた。
僕たちの初めての全国は、ここで終わった。
ただ、自分たちがまだ途中だということを、今日ようやく思い知れたのだ。
◇
その後、決勝戦では白嶺と清南が当たった。
結果は僅差で白嶺の勝利。
改めて両者の実力を思い知った。
僕たちは準決勝まで行ったので三位だったが、それはあまりにも二位と差のある三位だった。
圧倒的ッ敗北ッ




