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第四十話 最強の矛と盾

 四天高校との試合を終えたあとも、会場のどこかにはまだ、さっきの熱が残っていた。


 巨大なシリンダー。

 漏斗型結界。

 海綿の群れ。

 そして最後に現れた、あの土色の巨大なゴーレム。


 あれだけ派手な試合だったのに、決着そのものは驚くほどわずかな差だった。

 四天高校が最後に落とした海綿一個分。

 たったそれだけの差で、夢見が丘は次へ進み、四天高校はそこで止まった。


 ――しかし。


 その「試合の結果」よりも、今この瞬間、夢見が丘の五人の頭に強く残っているものは、どう考えても別にあった。


「……で」

 雅がニヤニヤした顔で言った。

「一ノ瀬さん」

「何」

「何、じゃねえだろ」

 雅は肩を揺らして笑う。

「最後のあれ、どうだったんだよ」

「どれ」

「どれ、って言うんだ」

 彩葉が半分吹き出しながら言う。

「ほっぺにちゅーされて、“これは先行予約や!”ってやつ」

「しかも腕まで組まれてたわね」

 純香が淡々と追撃する。

「全国大会の会場で」

「忘れてたの?」

 新も苦笑しながら言った。

「無理だろ、あれは」


 一ノ瀬は数秒だけ黙った。


「……忘れてないよ」

 静かにそう言ったものの、その言葉の端に、いつもの余裕は少しだけ足りていない。

 そこが逆に面白くて、彩葉がとうとう笑い出した。


「やっぱ気にしてるんじゃん」

「別に」

「別に、じゃないでしょ」

 彩葉が目を細める。

「律ちゃん、完全に一ノ瀬くん狙い撃ちだったし」

「律ちゃん、って」

 新が言う。

「もう呼び方が近いな」

「だって印象強いもん」

「それはそう」


 純香がため息をついた。


「四天高校戦の振り返りをするつもりだったのだけれど」

「してるだろ」

 雅が言う。

「ある意味で」

「ない意味の方で、でしょ」


 それでも、口元は少しだけ緩んでいた。


 四天高校との試合は、強烈だった。

 豪快で、騒がしくて、でも最後まで理にかなっていた。

 新の漏斗の発想を、一ノ瀬が式に落とし、純香が展開し、彩葉が流れを読み、雅が出力で支えた。

 その夢見が丘の解法に対して、四天は海綿を大量に召喚し、最後はゴーレムで一気に絞るという、まさしく豪腕の手で対抗してきた。


「でも、四天はほんと強かったな」

 新が言う。

「うん」

 彩葉が頷く。

「豪快なのに、雑じゃなかった」

「そこが厄介だったのよ」

 純香が言う。

「八乙女律が全部の流れを見てた。海綿の配置、吸わせる順番、回収、圧搾」

「うるさかったけどな」

 雅が言った。

「そこだけ切り取ると本当にそう」

 新が笑う。

「でも一ノ瀬があいつのこと知ってたの、ちょっと怖かったよな」

「確かに」

 彩葉が言う。

「さらっと日本代表とか言うんだもん」

「事実だから」

 一ノ瀬は短く答えた。

「それに、実際強かった」

「ほら」

 雅が肘で新をつつく。

「もう評価してる」

「評価するだろ、そりゃ」

 新が言う。

「向こうもこっちのこと、ちゃんと見てきてたし」

「……それで」

 彩葉が言う。

「その上で惚れられたんだね」

「話を戻さないで」

 一ノ瀬が珍しく少しだけ早口になった。


 新はそこで小さく笑った。


 試合のあとに、こんなふうに軽口を叩けるのは悪くない。

 緊張の中で勝ちを拾ったあとだからこそ、こういう時間が少し必要なのかもしれない。


 ただ、それでも。


 会場の向こうでは、もう次の準備が進んでいた。


 スタッフが新しい機材を運び込み、整備班がフィールドを組み替え、大型表示盤には次戦の情報が順に映されていく。全国大会は、誰かの余韻を待ってはくれない。


「切り替え早いよね」

 彩葉が言った。

「まだちょっと余韻あるのに」

「大会ってそういうものよ」

 純香が答える。

「勝っても立ち止まれない。だから大会なの」

「言い方がこわいな」

 雅が肩をすくめた。

「でも、分かる」

「神代がそう言うと軽く聞こえるのよ」

「ひどくない?」

「事実でしょう」

「最近そればっかだな」


 一ノ瀬は少し離れた位置で、次に運び込まれてきた機材を見ていた。

 視線の先には、まだ布の掛かった細長い装置と、その奥へ並べられていく板状の何かが見える。


「次」

 一ノ瀬が言う。

 静かな声だった。

「北陵工科大学附属高校」


 新はその名前を聞いて、ふっと息を吐いた。


 北陵工科大学附属高校。

 昨年ベスト4。

 工学的な制御、設計、再現性。そういう言葉が似合う学校だった。


「四天の次が北陵か」

 新が言う。

「濃いな」

「だいぶ違う濃さだろうけどね」

 彩葉が言う。

「四天みたいに騒がしくはなさそう」

「静かで嫌なタイプじゃない?」

 純香が言った。

「理屈で詰めてくる感じの」

「ありそう」

 雅が言う。

「面倒だな」

「理詰めでくるタイプだと思う」

 一ノ瀬が静かに言った。


 その予感は、たぶん外れない。


 通路の向こうから現れた五人組を見た瞬間、夢見が丘の全員が一拍だけ黙った。


「……全員メガネだ」

 雅がぽつりと言った。

「ほんとだ」

 彩葉が思わず返す。

「そこなの?」

 純香が呆れたように言う。

「でもちょっと分かる」

「だろ?」

「だろ、じゃないのよ」


 北陵工科大学附属の五人は、見事なくらいに揃っていた。


 全員メガネ。

 全員、競技服の着こなしまで乱れがない。

 歩幅も、視線の運び方も、足を止める位置すら、どこか均一だった。


 人間というより、精密に調整された装置が五人並んで歩いてくるみたいだった。


 その先頭にいた細身の男子が、夢見が丘の前で立ち止まる。


「県立夢見が丘高校」

 穏やかな声だった。

「ここまで勝ち上がったそうだね。おめでとう」


 言葉は丁寧だった。

 でも、その口元に浮かぶ笑みには祝意が一欠片もない。


「ただ、それがどこまで再現可能な勝利なのかは、まだ分からないけどね」


 感じが悪い。


「……鳴海です」

 新が短く返すと、男子は小さく笑った。


「僕は北陵工科大学附属高校主将、御堂」

 眼鏡を押し上げる。

「即興性に富んだ戦い方は見応えがあるね。競技として美しいかどうかは別だけど」

「うわ」

 彩葉が小さく言った。

「ちゃんと嫌なやつ」

「彩葉」

 純香がたしなめる。

「でも分かる」


 御堂は五人を一人ずつ見た。


「聖桜女学院も四天高校も、それぞれに強かった」

「……」

「その相手に勝ったのは事実だろうね。けれど、北陵はそこに偶然を介在させない」

 視線が細くなる。

「勝つべくして勝つ。そこが違う」


「ずいぶん自信あるんだな」

 雅が口元を歪める。

「当然だよ」

 御堂は即答した。

「自信を持たずに全国に来る意味はないから」

 そして、ほんの少しだけ笑う。

「楽しみにしているよ。どこまで通じるのか」

 最後に一ノ瀬の方を見た。

「君もメガネの端くれなら、メガネらしく知性を見せてくれよな、モテモテのメガネくん」


 最後まで、感じが悪かった。


 北陵の五人が去っていく背中を見送りながら、彩葉が息を吐く。


「四天とは別方向で濃い」

「うん」

 新も頷く。

「うるさい相手より静かな相手の方が、たまに怖い」

「しかもちゃんと強そうなのがいやね」

 純香が言った。

「嫌味だし」


 一ノ瀬は御堂の背中を見たまま、静かに呟く。

「正面からの勝負を絶対に崩さないタイプだと思う」

「それが一番面倒だな」

 新が言う。

「崩すしかないってことか」

「たぶんね」

 一ノ瀬は短く答えた。


     ◇


『全国大会準々決勝、競技内容を発表します!』


 実況の声とともに、大型表示盤へ競技映像が映し出される。


 両陣営に分かれたフィールド。

 それぞれの陣地に据えられた砲塔。

 そして、横一列に並んだターゲット。


 ルール文が切り替わる。


 『アンチマジックメタル製の砲塔および砲弾を用いて、敵陣のターゲットを全て破壊せよ。』

 『砲塔・砲弾への直接魔法干渉は不可。

 ただし、外部現象・視界補助・空間転移・結界等による間接支援は可。

 先攻側は相手ターゲット六枚の破壊、後攻側は相手ターゲット五枚の破壊を以て勝利とする。

 交互に砲撃を行う。

 なお、一人が使用できる魔法は一種類のみ。

 両陣営および観客席は物理保護結界によって保護される。』


『先攻は北陵工科大学附属高校! したがって北陵は夢見が丘のターゲット六枚を破壊すれば勝利! 後攻の夢見が丘は北陵の五枚をすべて破壊すれば勝利です!』


「砲撃戦か」

 新が言った。

「しかも役割固定ね」

 純香が表示盤を見ながら言う。

「一人一種類まで、か」

「北陵、絶対こういうの得意だろ」

 雅が言う。

「そう思う」

 一ノ瀬が頷く。

「真正面からの勝負になりそうだね」


 自然と五人で砲塔の裏に集まった。


「まず、向こうは何してくると思う?」

 新が聞く。

「爆破は来る。初速を上げるなら圧縮も欲しい。たぶん両方使ってくる」

 一ノ瀬が即答する。

「あと、精度を上げるなら光学ガイドは欲しいところだね。防御に回ると視界封鎖か防護壁の可能性もある」

「正面から見て、正面から撃ち抜くってこと?」

 彩葉が聞く。

「たぶん」

 一ノ瀬が頷く。

「しかも見えてから避けるには速すぎるかもしれない」

「射線見えるなら防ぐ?」

 雅が言う。

「それが一番分かりやすい」

「土壁なら出せる」

 純香が言った。

「厚さ五センチくらいなら」

「止まるかな?」

「分からない。止まらないかもしれない」

「でもやる価値はある」

 新が言う。


 少し黙って、砲塔とターゲット列を見る。


 真正面。

 一直線。

 北陵はそこを崩してこない。


「最初は正面で試してみよう」

 新が言った。

「転移を絡めて、向こうの精密さを崩せるならそれが一番いい」

「真正面のまま?」

 純香が聞く。

「うん。まずは」

「見えないと転移も意味がない」

 一ノ瀬が言う。

「視界を取る…」

 新が考える。

 純香は一瞬だけ黙った。

「視界用の召喚式……小さいのなら、やってみる」

「え?」

 彩葉が目を瞬かせる。

「純香、有機的なの、まだ授業でやってなくない?」

「やってないわよ」

 純香はあっさり言った。

「でも必要なんでしょう」

「できるのか?」

 新が聞くと、純香は少し眉を寄せる。

「分からない。けど、やるしかないでしょ」


 一瞬の沈黙。


「了解」

 新が頷いた。

「役割を決めよう。俺は結界」

「俺は爆発」

 雅がすぐに言う。

「押し出し担当な」

「一ノ瀬は転移」

「うん」

「彩葉は位相補正」

「任せて」

「純香は召喚。視界と防壁」

「分かった」


 新は一度深く息を吸った。


「正面で勝てるなら正面で取ろう。だめなら途中で切り替える」

「……うん」

 一ノ瀬が静かに頷く。

「たぶん、すぐ分かる」


     ◇


 試合開始。


 先攻、北陵工科大学附属高校。


 北陵の五人は開始の合図と同時に、それぞれの位置へ散った。

 圧縮、爆破、光学ガイド、構造制御、光学ジャミング。

 無駄がない。

 声まで短い。


「圧縮開始、300%まで圧縮させる」

「爆破充填、圧縮に同期、圧縮解除と同時に爆破させる」

「ガイド固定、ポインター相手ターゲットへ固定」

「内部構造整形、ライフリング形成良し」

「ジャミング…様子見」


 キィィィィ……と甲高い音が砲塔の周囲で鳴る。

 空気そのものが締まっていくみたいな、嫌な音だ。


 バンッ!


 発射音。


 そのほんの直後――


 バシィッ!


 夢見が丘側のターゲットが一枚、真ん中を撃ち抜かれた。


『命中!! 北陵、初手から正確に一枚破壊!!』


「速い」

 新が言う。

「見えた」

 一ノ瀬が低く答える。

「……今はまだ」


 夢見が丘、一発目。


 純香が目を閉じて召喚式を展開する。

 指先に光が集まり――ふっと、小さな鳥が現れた。羽ばたきはぎこちない。輪郭も少し曖昧だ。だが、たしかに生き物めいた動きで空へ上がる。


「……できた!」

 彩葉が嬉しそうに言う。

「やるしかないって言ったでしょ」

 純香は短く返した。


「まず普通に当てる」

 新が言う。

「感触を見たい」


 雅が砲塔へ爆発出力を乗せる。

 新が砲口周りへ薄い結界を張ってブレを抑える。

 彩葉が位相を整える。


「発射」


 ドンッ!


 夢見が丘の砲弾が北陵側のターゲットに突き刺さる。


 ガンッ!


 一枚、破壊。


『夢見が丘、返した! 一対一!!』


「よし」

 彩葉が言う。

 だが一ノ瀬は首を横に振った。

「向こう、まだ全然余裕ある」


     ◇


 二発目、北陵。


 今度は違った。


「圧縮率、700%までいける」

「爆発同期、問題なし」

「ジャミング、展開する」


 キィィィィ……という圧縮音が、さっきより鋭い。

 砲口の前で空気が輪になって震える。


 バァンッ!!


 次の瞬間、白い空気圧のリングが砲口から広がった。

 物体が音速を越える時に発生する衝撃波。


 ゴウッ!


 遅れて風圧だけが頬を打つ。

 砲弾は見えない。


 バキィッ!


 夢見が丘の二枚目が砕けた。


『速い!! 北陵、二射目から一気に速度を上げた! 空気圧のリング! 音速超えの一撃か!!』


「見えない」

 新が言った。

「さっきよりも断然早い。目で追えない」

 一ノ瀬が低く返す。


 夢見が丘、二発目。


「ジャミングかな、視界が揺れてる。転移で通せるかな」

 新が言う。

「正面のままでも、射線をずらせるなら通せる」

「視界は鳥で取る」

 純香が言う。

「でも正面はかなり揺らされる」

「やるしかない」


 上空視点を受けながら、一ノ瀬が座標を取る。

 雅が押し出し、彩葉が位相を合わせる。


「今」


 だが、その瞬間。

 景色がぐにゃりと歪む。


「っ」


 一ノ瀬の視線が一瞬だけズレた。


 ドンッ!


 夢見が丘の砲弾が飛ぶ。


 ヒュンッ……ガン!


 砲弾は標的の横をかすめて、空しく外れた。


『夢見が丘、二射目失敗!! 北陵のジャミングが効いている!!』


 新が唇を噛む。


 正面から撃って、正面で見て、正面でずらす。

 そのやり方自体が、もう北陵の土俵だった。


「……これはダメだ」

 新が低く言う。

「何が?」

 彩葉が聞く。

「正面でやるのはまずい」

 新は北陵の砲塔を見た。

「このままじゃ、向こうの精度とジャミングの中で戦わされる」

 一ノ瀬が頷く。

「正面対決じゃ分がない」

「うん」

 新が答える。

「考えてみる」


     ◇


 三発目、北陵。


「防壁、出すわ」

 純香が言う。


 ゴゴッ!


 地面が盛り上がり、ターゲットの前へ土製の板が立つ。

 一枚、厚さ五センチの土壁。


「まずは一枚」

 純香が言う。


 北陵の砲口が光る。


 キィィィ……

 バァンッ!!


 白いリング。

 遅れてくる風圧。


 ゴウッ! バギィッ!!


 土壁が易々と貫かれ、その向こうのターゲットまで砕け散った。


『北陵、夢見が丘の土製防壁ごと抜いたァ!! 北陵、三対一!!』


 御堂が眼鏡を押し上げる。


「防御としては発想が古いね」

 穏やかな声だった。

「厚みは、貫通力の前では誤差にしかならない」


 夢見が丘、三発目。


「砲弾の周囲を殻で包む」

 新が言った。

「砲弾そのものじゃない。周りだけ」

「それなら転移の起点は作れる」

 一ノ瀬が答える。

「ただ、殻の耐久がどこまで持つか」

「やるしかない」


 雅が出力を乗せる。

 新が薄い結界殻を砲弾の周囲へまとわせる。

 彩葉が合わせ、一ノ瀬が転移の準備に入る。


「今!」


 ドンッ!


 発射。


 次の瞬間。


 パァンッ!!


 砲口直後で結界殻が弾け飛んだ。

 砲弾はターゲットの遥か横を飛んでいく。


「っ」

 新の顔が変わる。


『夢見が丘、発射直後に結界が破裂!!』


「強すぎる」

 純香が言う。

「北陵ならともかく、雅の爆発でも?」

「衝撃が限界超えてる」

 新が答える。

 一ノ瀬が静かに言った。

「殻は外からの圧力や衝撃が強すぎると壊れる。北陵の圧縮爆破なら、なおさら成立しない。だから相手は元よりその発想を捨ててきている」

「つまり」

 新が言う。

「強ければいいわけじゃない」

「うん」

「それが一つ分かった」


     ◇


 四発目、北陵。


「二枚にする!」

 純香が言った。


 ゴゴゴッ!

 土壁が二枚、並ぶ。どちらも厚さ五センチ。


 だが北陵の砲撃は止まらない。


 キィィィ……

 バァンッ!!


 白いリング。

 唸る風。


 ゴウッ! ドガッ! バキィッ!!


 二枚の土壁をまとめて貫き、四枚目破壊。


『北陵の矛!二重防壁ももろともしないーー!! 北陵、四対一!!夢見が丘、後がなくなってきた!!』


 御堂が薄く笑う。


「矛とは、止まらないから矛なのだよ。理解できたかな」

 その言い方がひたすら腹立たしい。


 新は答えない。

 砲塔とターゲット列だけを見ていた。


 夢見が丘、四発目。


「出力を落とす」

 新が言う。

「殻がもつ範囲まで」

「それだと威力足りなくね?」

 雅が聞く。

「いい。今回は抜くためじゃない」

 新は砲塔を見たまま答える。

「通る条件を見るためだ」


 雅が出力を抑える。

 新が結界殻を張る。

 彩葉が位相を探る。

 純香の鳥が、今度はやや高い角度から北陵側を見ている。

 一ノ瀬がその視界を待つ。


「……今」

 彩葉が言う。


 ドンッ!


 発射。


 今度は結界殻が弾けなかった。

 一ノ瀬の転移も成立する。


 ヒュンッ――バシッ!


 だが視界が少しブレた。


 砲弾は北陵側ターゲットの端を掠っただけで、表面を削って終わった。


『惜しい!! 夢見が丘、今度は通した!! だが破壊には至らない!!』


北陵のメガネたちの表情が、ほんの少しだけ変わった。


「通った」

 一ノ瀬が小さく言う。

「うん」

 新が答える。

「条件は見えた」


     ◇


 五発目、北陵。


 ここで夢見が丘は、防壁を張らなかった。


 会場がざわつく。


『夢見が丘、防がない!? ついに打つ手が尽きたのか!?』


 御堂の目が、わずかに細くなる。

 その口元には、もう勝ちを確信したような余裕が浮かんでいた。

「勝負を捨てたか。賢明だな」


 キィィィ……

 バァンッ!!


 白いリング。

 遅れてくる風圧。


 ゴウッ! バキィッ!!


 夢見が丘、五枚目のターゲット破壊。


 これで五対一。


 北陵が破壊すべき夢見が丘のターゲットは六枚。

 まだ夢見が丘は負けていない。


 だが次で北陵がもう一枚抜けば終わる。

 対して夢見が丘が壊さなければならない北陵側ターゲットは、残り四枚。


 会場の誰もが、無理だと思った。


『夢見が丘、絶体絶命!! 残る北陵のターゲットは四枚!! あと一射で四枚すべては破壊できない!奇跡は起こるのか!!』


「向こうが四発外す?」

 雅が言う。

「ないわね」

 純香が即答する。

「防壁も意味がない」

 新が言う。

「正面で撃っても足りない」

「じゃあ」

 一ノ瀬が静かに言う。

「別の手を考えるしかないね」


 新は北陵側のターゲット列を見た。


 残ったターゲットは四枚…

 一発で抜けるのは一枚だけ…


「……」


「……そうか……一直線だ」

 新が言った。


 彩葉が息を呑む。

「あ!」

 純香もすぐ理解した顔になる。

「なるほど」

 雅が笑う。

「そう来たか」


 純香の召喚した鳥は、最初から少しずつ数を増やしていた。

 そのうちの一羽が、今、北陵のターゲット列の「真横」を上空から捉えている。


 正面はジャミングされる。

 でも横からの一直線は、まだ死角のままだ。


「砲塔を真横へ向ける」

 新が言う。

「発射直後に転移」

「座標は取れる」

 一ノ瀬が答える。

「今ならまだ気付かれてない」

「殻は?」

「保たせる」

「出力は?」

 雅が聞く。

「四発目と同じ。通すだけの強さ」

「位相は?」

 彩葉が聞く。

「転位の瞬間」

 新は彩葉を見る。

「撃つ瞬間じゃない。出る瞬間を合わせて」

「分かった」

「純香」

「視点は維持する。横から見える線を切らせない」


「行こう」


     ◇


 夢見が丘、最終射。


 砲塔が――真横を向いた。


 会場が大きくどよめく。


『夢見が丘、砲塔を真横に向けている!?』

『何をするつもりだ!?』


 北陵側のメガネたちが、初めて明確にざわついた。

 御堂の眉が動く。


「一体何を……」


 雅が出力を入れる。

 強すぎず、弱すぎず。

 新が砲弾の周囲へ結界殻を張る。

 彩葉が位相を読む。

 一ノ瀬が上空視点の一点を見据える。

 純香の鳥が、その最後の視界を支えている。


「……今!」


 彩葉の声。


 ドンッ!


 砲弾は真横へ飛び出す。


 その発射直後――


 シュンッ!


 一ノ瀬の転移陣が開いた。


 消える。


 そして次の瞬間。


 北陵工科大学附属高校のターゲット列、その真横に砲弾が現れた。


「そうか!しまった!」

 御堂が叫ぶ。


 残ったターゲットは四枚。


 しかし。


 横から見れば、四枚は一本。


 ガガガガァンッ!!


 一枚目。

 二枚目。

 三枚目。

 四枚目。


 砲弾は一直線に滑り込み、残る四枚をまとめて貫いた。


 一拍遅れて、会場が爆発した。


『抜いたァァァァッ!!!』

『夢見が丘高校、側面から四枚抜きィィィッ!!!』

『北陵の残存ターゲット、全破壊!! 勝者――県立夢見が丘高校!!!』


 御堂の眼鏡が、はっきりとずれた。


「……横、から」

 呆然と呟く。

「そんな射線……」


「正面しか見てなかった」

 一ノ瀬が静かに言う。

「だから、見落とした」


 北陵の矛は、たしかに最速最強だった。

 真正面なら、夢見が丘はそのまま押し切られていたはずだ。


 でも夢見が丘は、最後にその真正面の勝負そのものをやめた。


     ◇


 歓声の中で、新はようやく大きく息を吐いた。


「勝てた……」

「勝ったわね」

 純香が言う。

「やば……」

 彩葉が目を丸くしたままだ。

「本当に四枚抜いた」

「気持ちよかったな」

 雅が笑う。

「最後」

「最後だけじゃない」

 新が言う。

「二発目で正面じゃ分がないって分かって、三発目で殻の限界が分かって、四発目で通る条件は見えてた」

「それからの五発目」

 一ノ瀬が言う。

「横からなら一直線に気付いた」


 北陵の五人は、しばらくその場を動けなかった。


 御堂がようやく顔を上げる。

 その目には悔しさがあった。

 でも、それ以上に信じられないものを見た人間の色が濃い。


 一ノ瀬が、静かにその視線を受け止める。


「最速最強の矛だったね」

 穏やかな声だった。

「でも……盾は受けるだけじゃない。防いで、いなして、崩すこともできる」

 そこでほんの少しだけ間を置く。

「今回は『矛盾』なく……僕らの勝ちだ、優秀なメガネくん」


 御堂の表情が、悔しさで引きつった。


 痛烈だった。

 でも、叫ぶよりずっと一ノ瀬らしい。


 新は表示盤を見上げた。


 結界があった。

 爆発があった。

 転移があった。

 位相補正があった。

 召喚があった。


 誰か一人の力ではない。

 その全部が、最後の一発に繋がった。


「今回も」

 彩葉が笑う。

「ちゃんと五人だったね」

「うん」

 新が頷く。

「今回も、五人だった」


 東京国際展示場の高い天井の下で、歓声の余韻がまだ揺れている。

 全国は、まだ終わらない。


 けれど少なくとも今、夢見が丘はまた一つ、自分たちだけの勝ち方を掴んだのだと、新は思った。

あっちもメガネ、こっちもメガネ

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