第四十話 最強の矛と盾
四天高校との試合を終えたあとも、会場のどこかにはまだ、さっきの熱が残っていた。
巨大なシリンダー。
漏斗型結界。
海綿の群れ。
そして最後に現れた、あの土色の巨大なゴーレム。
あれだけ派手な試合だったのに、決着そのものは驚くほどわずかな差だった。
四天高校が最後に落とした海綿一個分。
たったそれだけの差で、夢見が丘は次へ進み、四天高校はそこで止まった。
――しかし。
その「試合の結果」よりも、今この瞬間、夢見が丘の五人の頭に強く残っているものは、どう考えても別にあった。
「……で」
雅がニヤニヤした顔で言った。
「一ノ瀬さん」
「何」
「何、じゃねえだろ」
雅は肩を揺らして笑う。
「最後のあれ、どうだったんだよ」
「どれ」
「どれ、って言うんだ」
彩葉が半分吹き出しながら言う。
「ほっぺにちゅーされて、“これは先行予約や!”ってやつ」
「しかも腕まで組まれてたわね」
純香が淡々と追撃する。
「全国大会の会場で」
「忘れてたの?」
新も苦笑しながら言った。
「無理だろ、あれは」
一ノ瀬は数秒だけ黙った。
「……忘れてないよ」
静かにそう言ったものの、その言葉の端に、いつもの余裕は少しだけ足りていない。
そこが逆に面白くて、彩葉がとうとう笑い出した。
「やっぱ気にしてるんじゃん」
「別に」
「別に、じゃないでしょ」
彩葉が目を細める。
「律ちゃん、完全に一ノ瀬くん狙い撃ちだったし」
「律ちゃん、って」
新が言う。
「もう呼び方が近いな」
「だって印象強いもん」
「それはそう」
純香がため息をついた。
「四天高校戦の振り返りをするつもりだったのだけれど」
「してるだろ」
雅が言う。
「ある意味で」
「ない意味の方で、でしょ」
それでも、口元は少しだけ緩んでいた。
四天高校との試合は、強烈だった。
豪快で、騒がしくて、でも最後まで理にかなっていた。
新の漏斗の発想を、一ノ瀬が式に落とし、純香が展開し、彩葉が流れを読み、雅が出力で支えた。
その夢見が丘の解法に対して、四天は海綿を大量に召喚し、最後はゴーレムで一気に絞るという、まさしく豪腕の手で対抗してきた。
「でも、四天はほんと強かったな」
新が言う。
「うん」
彩葉が頷く。
「豪快なのに、雑じゃなかった」
「そこが厄介だったのよ」
純香が言う。
「八乙女律が全部の流れを見てた。海綿の配置、吸わせる順番、回収、圧搾」
「うるさかったけどな」
雅が言った。
「そこだけ切り取ると本当にそう」
新が笑う。
「でも一ノ瀬があいつのこと知ってたの、ちょっと怖かったよな」
「確かに」
彩葉が言う。
「さらっと日本代表とか言うんだもん」
「事実だから」
一ノ瀬は短く答えた。
「それに、実際強かった」
「ほら」
雅が肘で新をつつく。
「もう評価してる」
「評価するだろ、そりゃ」
新が言う。
「向こうもこっちのこと、ちゃんと見てきてたし」
「……それで」
彩葉が言う。
「その上で惚れられたんだね」
「話を戻さないで」
一ノ瀬が珍しく少しだけ早口になった。
新はそこで小さく笑った。
試合のあとに、こんなふうに軽口を叩けるのは悪くない。
緊張の中で勝ちを拾ったあとだからこそ、こういう時間が少し必要なのかもしれない。
ただ、それでも。
会場の向こうでは、もう次の準備が進んでいた。
スタッフが新しい機材を運び込み、整備班がフィールドを組み替え、大型表示盤には次戦の情報が順に映されていく。全国大会は、誰かの余韻を待ってはくれない。
「切り替え早いよね」
彩葉が言った。
「まだちょっと余韻あるのに」
「大会ってそういうものよ」
純香が答える。
「勝っても立ち止まれない。だから大会なの」
「言い方がこわいな」
雅が肩をすくめた。
「でも、分かる」
「神代がそう言うと軽く聞こえるのよ」
「ひどくない?」
「事実でしょう」
「最近そればっかだな」
一ノ瀬は少し離れた位置で、次に運び込まれてきた機材を見ていた。
視線の先には、まだ布の掛かった細長い装置と、その奥へ並べられていく板状の何かが見える。
「次」
一ノ瀬が言う。
静かな声だった。
「北陵工科大学附属高校」
新はその名前を聞いて、ふっと息を吐いた。
北陵工科大学附属高校。
昨年ベスト4。
工学的な制御、設計、再現性。そういう言葉が似合う学校だった。
「四天の次が北陵か」
新が言う。
「濃いな」
「だいぶ違う濃さだろうけどね」
彩葉が言う。
「四天みたいに騒がしくはなさそう」
「静かで嫌なタイプじゃない?」
純香が言った。
「理屈で詰めてくる感じの」
「ありそう」
雅が言う。
「面倒だな」
「理詰めでくるタイプだと思う」
一ノ瀬が静かに言った。
その予感は、たぶん外れない。
通路の向こうから現れた五人組を見た瞬間、夢見が丘の全員が一拍だけ黙った。
「……全員メガネだ」
雅がぽつりと言った。
「ほんとだ」
彩葉が思わず返す。
「そこなの?」
純香が呆れたように言う。
「でもちょっと分かる」
「だろ?」
「だろ、じゃないのよ」
北陵工科大学附属の五人は、見事なくらいに揃っていた。
全員メガネ。
全員、競技服の着こなしまで乱れがない。
歩幅も、視線の運び方も、足を止める位置すら、どこか均一だった。
人間というより、精密に調整された装置が五人並んで歩いてくるみたいだった。
その先頭にいた細身の男子が、夢見が丘の前で立ち止まる。
「県立夢見が丘高校」
穏やかな声だった。
「ここまで勝ち上がったそうだね。おめでとう」
言葉は丁寧だった。
でも、その口元に浮かぶ笑みには祝意が一欠片もない。
「ただ、それがどこまで再現可能な勝利なのかは、まだ分からないけどね」
感じが悪い。
「……鳴海です」
新が短く返すと、男子は小さく笑った。
「僕は北陵工科大学附属高校主将、御堂」
眼鏡を押し上げる。
「即興性に富んだ戦い方は見応えがあるね。競技として美しいかどうかは別だけど」
「うわ」
彩葉が小さく言った。
「ちゃんと嫌なやつ」
「彩葉」
純香がたしなめる。
「でも分かる」
御堂は五人を一人ずつ見た。
「聖桜女学院も四天高校も、それぞれに強かった」
「……」
「その相手に勝ったのは事実だろうね。けれど、北陵はそこに偶然を介在させない」
視線が細くなる。
「勝つべくして勝つ。そこが違う」
「ずいぶん自信あるんだな」
雅が口元を歪める。
「当然だよ」
御堂は即答した。
「自信を持たずに全国に来る意味はないから」
そして、ほんの少しだけ笑う。
「楽しみにしているよ。どこまで通じるのか」
最後に一ノ瀬の方を見た。
「君もメガネの端くれなら、メガネらしく知性を見せてくれよな、モテモテのメガネくん」
最後まで、感じが悪かった。
北陵の五人が去っていく背中を見送りながら、彩葉が息を吐く。
「四天とは別方向で濃い」
「うん」
新も頷く。
「うるさい相手より静かな相手の方が、たまに怖い」
「しかもちゃんと強そうなのがいやね」
純香が言った。
「嫌味だし」
一ノ瀬は御堂の背中を見たまま、静かに呟く。
「正面からの勝負を絶対に崩さないタイプだと思う」
「それが一番面倒だな」
新が言う。
「崩すしかないってことか」
「たぶんね」
一ノ瀬は短く答えた。
◇
『全国大会準々決勝、競技内容を発表します!』
実況の声とともに、大型表示盤へ競技映像が映し出される。
両陣営に分かれたフィールド。
それぞれの陣地に据えられた砲塔。
そして、横一列に並んだターゲット。
ルール文が切り替わる。
『アンチマジックメタル製の砲塔および砲弾を用いて、敵陣のターゲットを全て破壊せよ。』
『砲塔・砲弾への直接魔法干渉は不可。
ただし、外部現象・視界補助・空間転移・結界等による間接支援は可。
先攻側は相手ターゲット六枚の破壊、後攻側は相手ターゲット五枚の破壊を以て勝利とする。
交互に砲撃を行う。
なお、一人が使用できる魔法は一種類のみ。
両陣営および観客席は物理保護結界によって保護される。』
『先攻は北陵工科大学附属高校! したがって北陵は夢見が丘のターゲット六枚を破壊すれば勝利! 後攻の夢見が丘は北陵の五枚をすべて破壊すれば勝利です!』
「砲撃戦か」
新が言った。
「しかも役割固定ね」
純香が表示盤を見ながら言う。
「一人一種類まで、か」
「北陵、絶対こういうの得意だろ」
雅が言う。
「そう思う」
一ノ瀬が頷く。
「真正面からの勝負になりそうだね」
自然と五人で砲塔の裏に集まった。
「まず、向こうは何してくると思う?」
新が聞く。
「爆破は来る。初速を上げるなら圧縮も欲しい。たぶん両方使ってくる」
一ノ瀬が即答する。
「あと、精度を上げるなら光学ガイドは欲しいところだね。防御に回ると視界封鎖か防護壁の可能性もある」
「正面から見て、正面から撃ち抜くってこと?」
彩葉が聞く。
「たぶん」
一ノ瀬が頷く。
「しかも見えてから避けるには速すぎるかもしれない」
「射線見えるなら防ぐ?」
雅が言う。
「それが一番分かりやすい」
「土壁なら出せる」
純香が言った。
「厚さ五センチくらいなら」
「止まるかな?」
「分からない。止まらないかもしれない」
「でもやる価値はある」
新が言う。
少し黙って、砲塔とターゲット列を見る。
真正面。
一直線。
北陵はそこを崩してこない。
「最初は正面で試してみよう」
新が言った。
「転移を絡めて、向こうの精密さを崩せるならそれが一番いい」
「真正面のまま?」
純香が聞く。
「うん。まずは」
「見えないと転移も意味がない」
一ノ瀬が言う。
「視界を取る…」
新が考える。
純香は一瞬だけ黙った。
「視界用の召喚式……小さいのなら、やってみる」
「え?」
彩葉が目を瞬かせる。
「純香、有機的なの、まだ授業でやってなくない?」
「やってないわよ」
純香はあっさり言った。
「でも必要なんでしょう」
「できるのか?」
新が聞くと、純香は少し眉を寄せる。
「分からない。けど、やるしかないでしょ」
一瞬の沈黙。
「了解」
新が頷いた。
「役割を決めよう。俺は結界」
「俺は爆発」
雅がすぐに言う。
「押し出し担当な」
「一ノ瀬は転移」
「うん」
「彩葉は位相補正」
「任せて」
「純香は召喚。視界と防壁」
「分かった」
新は一度深く息を吸った。
「正面で勝てるなら正面で取ろう。だめなら途中で切り替える」
「……うん」
一ノ瀬が静かに頷く。
「たぶん、すぐ分かる」
◇
試合開始。
先攻、北陵工科大学附属高校。
北陵の五人は開始の合図と同時に、それぞれの位置へ散った。
圧縮、爆破、光学ガイド、構造制御、光学ジャミング。
無駄がない。
声まで短い。
「圧縮開始、300%まで圧縮させる」
「爆破充填、圧縮に同期、圧縮解除と同時に爆破させる」
「ガイド固定、ポインター相手ターゲットへ固定」
「内部構造整形、ライフリング形成良し」
「ジャミング…様子見」
キィィィィ……と甲高い音が砲塔の周囲で鳴る。
空気そのものが締まっていくみたいな、嫌な音だ。
バンッ!
発射音。
そのほんの直後――
バシィッ!
夢見が丘側のターゲットが一枚、真ん中を撃ち抜かれた。
『命中!! 北陵、初手から正確に一枚破壊!!』
「速い」
新が言う。
「見えた」
一ノ瀬が低く答える。
「……今はまだ」
夢見が丘、一発目。
純香が目を閉じて召喚式を展開する。
指先に光が集まり――ふっと、小さな鳥が現れた。羽ばたきはぎこちない。輪郭も少し曖昧だ。だが、たしかに生き物めいた動きで空へ上がる。
「……できた!」
彩葉が嬉しそうに言う。
「やるしかないって言ったでしょ」
純香は短く返した。
「まず普通に当てる」
新が言う。
「感触を見たい」
雅が砲塔へ爆発出力を乗せる。
新が砲口周りへ薄い結界を張ってブレを抑える。
彩葉が位相を整える。
「発射」
ドンッ!
夢見が丘の砲弾が北陵側のターゲットに突き刺さる。
ガンッ!
一枚、破壊。
『夢見が丘、返した! 一対一!!』
「よし」
彩葉が言う。
だが一ノ瀬は首を横に振った。
「向こう、まだ全然余裕ある」
◇
二発目、北陵。
今度は違った。
「圧縮率、700%までいける」
「爆発同期、問題なし」
「ジャミング、展開する」
キィィィィ……という圧縮音が、さっきより鋭い。
砲口の前で空気が輪になって震える。
バァンッ!!
次の瞬間、白い空気圧のリングが砲口から広がった。
物体が音速を越える時に発生する衝撃波。
ゴウッ!
遅れて風圧だけが頬を打つ。
砲弾は見えない。
バキィッ!
夢見が丘の二枚目が砕けた。
『速い!! 北陵、二射目から一気に速度を上げた! 空気圧のリング! 音速超えの一撃か!!』
「見えない」
新が言った。
「さっきよりも断然早い。目で追えない」
一ノ瀬が低く返す。
夢見が丘、二発目。
「ジャミングかな、視界が揺れてる。転移で通せるかな」
新が言う。
「正面のままでも、射線をずらせるなら通せる」
「視界は鳥で取る」
純香が言う。
「でも正面はかなり揺らされる」
「やるしかない」
上空視点を受けながら、一ノ瀬が座標を取る。
雅が押し出し、彩葉が位相を合わせる。
「今」
だが、その瞬間。
景色がぐにゃりと歪む。
「っ」
一ノ瀬の視線が一瞬だけズレた。
ドンッ!
夢見が丘の砲弾が飛ぶ。
ヒュンッ……ガン!
砲弾は標的の横をかすめて、空しく外れた。
『夢見が丘、二射目失敗!! 北陵のジャミングが効いている!!』
新が唇を噛む。
正面から撃って、正面で見て、正面でずらす。
そのやり方自体が、もう北陵の土俵だった。
「……これはダメだ」
新が低く言う。
「何が?」
彩葉が聞く。
「正面でやるのはまずい」
新は北陵の砲塔を見た。
「このままじゃ、向こうの精度とジャミングの中で戦わされる」
一ノ瀬が頷く。
「正面対決じゃ分がない」
「うん」
新が答える。
「考えてみる」
◇
三発目、北陵。
「防壁、出すわ」
純香が言う。
ゴゴッ!
地面が盛り上がり、ターゲットの前へ土製の板が立つ。
一枚、厚さ五センチの土壁。
「まずは一枚」
純香が言う。
北陵の砲口が光る。
キィィィ……
バァンッ!!
白いリング。
遅れてくる風圧。
ゴウッ! バギィッ!!
土壁が易々と貫かれ、その向こうのターゲットまで砕け散った。
『北陵、夢見が丘の土製防壁ごと抜いたァ!! 北陵、三対一!!』
御堂が眼鏡を押し上げる。
「防御としては発想が古いね」
穏やかな声だった。
「厚みは、貫通力の前では誤差にしかならない」
夢見が丘、三発目。
「砲弾の周囲を殻で包む」
新が言った。
「砲弾そのものじゃない。周りだけ」
「それなら転移の起点は作れる」
一ノ瀬が答える。
「ただ、殻の耐久がどこまで持つか」
「やるしかない」
雅が出力を乗せる。
新が薄い結界殻を砲弾の周囲へまとわせる。
彩葉が合わせ、一ノ瀬が転移の準備に入る。
「今!」
ドンッ!
発射。
次の瞬間。
パァンッ!!
砲口直後で結界殻が弾け飛んだ。
砲弾はターゲットの遥か横を飛んでいく。
「っ」
新の顔が変わる。
『夢見が丘、発射直後に結界が破裂!!』
「強すぎる」
純香が言う。
「北陵ならともかく、雅の爆発でも?」
「衝撃が限界超えてる」
新が答える。
一ノ瀬が静かに言った。
「殻は外からの圧力や衝撃が強すぎると壊れる。北陵の圧縮爆破なら、なおさら成立しない。だから相手は元よりその発想を捨ててきている」
「つまり」
新が言う。
「強ければいいわけじゃない」
「うん」
「それが一つ分かった」
◇
四発目、北陵。
「二枚にする!」
純香が言った。
ゴゴゴッ!
土壁が二枚、並ぶ。どちらも厚さ五センチ。
だが北陵の砲撃は止まらない。
キィィィ……
バァンッ!!
白いリング。
唸る風。
ゴウッ! ドガッ! バキィッ!!
二枚の土壁をまとめて貫き、四枚目破壊。
『北陵の矛!二重防壁ももろともしないーー!! 北陵、四対一!!夢見が丘、後がなくなってきた!!』
御堂が薄く笑う。
「矛とは、止まらないから矛なのだよ。理解できたかな」
その言い方がひたすら腹立たしい。
新は答えない。
砲塔とターゲット列だけを見ていた。
夢見が丘、四発目。
「出力を落とす」
新が言う。
「殻がもつ範囲まで」
「それだと威力足りなくね?」
雅が聞く。
「いい。今回は抜くためじゃない」
新は砲塔を見たまま答える。
「通る条件を見るためだ」
雅が出力を抑える。
新が結界殻を張る。
彩葉が位相を探る。
純香の鳥が、今度はやや高い角度から北陵側を見ている。
一ノ瀬がその視界を待つ。
「……今」
彩葉が言う。
ドンッ!
発射。
今度は結界殻が弾けなかった。
一ノ瀬の転移も成立する。
ヒュンッ――バシッ!
だが視界が少しブレた。
砲弾は北陵側ターゲットの端を掠っただけで、表面を削って終わった。
『惜しい!! 夢見が丘、今度は通した!! だが破壊には至らない!!』
北陵のメガネたちの表情が、ほんの少しだけ変わった。
「通った」
一ノ瀬が小さく言う。
「うん」
新が答える。
「条件は見えた」
◇
五発目、北陵。
ここで夢見が丘は、防壁を張らなかった。
会場がざわつく。
『夢見が丘、防がない!? ついに打つ手が尽きたのか!?』
御堂の目が、わずかに細くなる。
その口元には、もう勝ちを確信したような余裕が浮かんでいた。
「勝負を捨てたか。賢明だな」
キィィィ……
バァンッ!!
白いリング。
遅れてくる風圧。
ゴウッ! バキィッ!!
夢見が丘、五枚目のターゲット破壊。
これで五対一。
北陵が破壊すべき夢見が丘のターゲットは六枚。
まだ夢見が丘は負けていない。
だが次で北陵がもう一枚抜けば終わる。
対して夢見が丘が壊さなければならない北陵側ターゲットは、残り四枚。
会場の誰もが、無理だと思った。
『夢見が丘、絶体絶命!! 残る北陵のターゲットは四枚!! あと一射で四枚すべては破壊できない!奇跡は起こるのか!!』
「向こうが四発外す?」
雅が言う。
「ないわね」
純香が即答する。
「防壁も意味がない」
新が言う。
「正面で撃っても足りない」
「じゃあ」
一ノ瀬が静かに言う。
「別の手を考えるしかないね」
新は北陵側のターゲット列を見た。
残ったターゲットは四枚…
一発で抜けるのは一枚だけ…
「……」
「……そうか……一直線だ」
新が言った。
彩葉が息を呑む。
「あ!」
純香もすぐ理解した顔になる。
「なるほど」
雅が笑う。
「そう来たか」
純香の召喚した鳥は、最初から少しずつ数を増やしていた。
そのうちの一羽が、今、北陵のターゲット列の「真横」を上空から捉えている。
正面はジャミングされる。
でも横からの一直線は、まだ死角のままだ。
「砲塔を真横へ向ける」
新が言う。
「発射直後に転移」
「座標は取れる」
一ノ瀬が答える。
「今ならまだ気付かれてない」
「殻は?」
「保たせる」
「出力は?」
雅が聞く。
「四発目と同じ。通すだけの強さ」
「位相は?」
彩葉が聞く。
「転位の瞬間」
新は彩葉を見る。
「撃つ瞬間じゃない。出る瞬間を合わせて」
「分かった」
「純香」
「視点は維持する。横から見える線を切らせない」
「行こう」
◇
夢見が丘、最終射。
砲塔が――真横を向いた。
会場が大きくどよめく。
『夢見が丘、砲塔を真横に向けている!?』
『何をするつもりだ!?』
北陵側のメガネたちが、初めて明確にざわついた。
御堂の眉が動く。
「一体何を……」
雅が出力を入れる。
強すぎず、弱すぎず。
新が砲弾の周囲へ結界殻を張る。
彩葉が位相を読む。
一ノ瀬が上空視点の一点を見据える。
純香の鳥が、その最後の視界を支えている。
「……今!」
彩葉の声。
ドンッ!
砲弾は真横へ飛び出す。
その発射直後――
シュンッ!
一ノ瀬の転移陣が開いた。
消える。
そして次の瞬間。
北陵工科大学附属高校のターゲット列、その真横に砲弾が現れた。
「そうか!しまった!」
御堂が叫ぶ。
残ったターゲットは四枚。
しかし。
横から見れば、四枚は一本。
ガガガガァンッ!!
一枚目。
二枚目。
三枚目。
四枚目。
砲弾は一直線に滑り込み、残る四枚をまとめて貫いた。
一拍遅れて、会場が爆発した。
『抜いたァァァァッ!!!』
『夢見が丘高校、側面から四枚抜きィィィッ!!!』
『北陵の残存ターゲット、全破壊!! 勝者――県立夢見が丘高校!!!』
御堂の眼鏡が、はっきりとずれた。
「……横、から」
呆然と呟く。
「そんな射線……」
「正面しか見てなかった」
一ノ瀬が静かに言う。
「だから、見落とした」
北陵の矛は、たしかに最速最強だった。
真正面なら、夢見が丘はそのまま押し切られていたはずだ。
でも夢見が丘は、最後にその真正面の勝負そのものをやめた。
◇
歓声の中で、新はようやく大きく息を吐いた。
「勝てた……」
「勝ったわね」
純香が言う。
「やば……」
彩葉が目を丸くしたままだ。
「本当に四枚抜いた」
「気持ちよかったな」
雅が笑う。
「最後」
「最後だけじゃない」
新が言う。
「二発目で正面じゃ分がないって分かって、三発目で殻の限界が分かって、四発目で通る条件は見えてた」
「それからの五発目」
一ノ瀬が言う。
「横からなら一直線に気付いた」
北陵の五人は、しばらくその場を動けなかった。
御堂がようやく顔を上げる。
その目には悔しさがあった。
でも、それ以上に信じられないものを見た人間の色が濃い。
一ノ瀬が、静かにその視線を受け止める。
「最速最強の矛だったね」
穏やかな声だった。
「でも……盾は受けるだけじゃない。防いで、いなして、崩すこともできる」
そこでほんの少しだけ間を置く。
「今回は『矛盾』なく……僕らの勝ちだ、優秀なメガネくん」
御堂の表情が、悔しさで引きつった。
痛烈だった。
でも、叫ぶよりずっと一ノ瀬らしい。
新は表示盤を見上げた。
結界があった。
爆発があった。
転移があった。
位相補正があった。
召喚があった。
誰か一人の力ではない。
その全部が、最後の一発に繋がった。
「今回も」
彩葉が笑う。
「ちゃんと五人だったね」
「うん」
新が頷く。
「今回も、五人だった」
東京国際展示場の高い天井の下で、歓声の余韻がまだ揺れている。
全国は、まだ終わらない。
けれど少なくとも今、夢見が丘はまた一つ、自分たちだけの勝ち方を掴んだのだと、新は思った。
あっちもメガネ、こっちもメガネ




