第三十六話 マジコン開幕ッ!
二学期の空気に、少しずつ慣れ始めたころだった。
授業は夏休み前より明らかに重くなっていて、結界や魔法陣の話も、もう「不思議なものを扱っている」という段階を過ぎていた。理論、定義、安定性、召喚、維持、切断。ひとつずつは小さな技術のはずなのに、それが積み重なっていくと、いつの間にか魔法そのものの見え方まで変わっていく。
その日のホームルームも、最初はいつも通りだった。
プリントが配られて、浅見先生が出席簿を置いて、二学期の予定や提出物の確認をする。教室のどこかで机が鳴って、誰かが欠伸を噛み殺している。そんな、よくある午後の空気だ。
それが変わったのは、浅見先生が最後に一枚の紙を持ち上げたときだった。
「さて、もう一つ連絡がある」
教室のざわめきが少しだけ静まる。
「今学期、全国新人魔法大会――通称マジコンがある」
一瞬遅れて、教室のあちこちから「おお」「マジで?」という声が上がった。
新も思わず顔を上げる。
「何ですか、それ」
誰かが聞く前に、つい口に出ていた。
浅見先生は頷く。
「全国の魔法学科を持つ高校が参加する新人向けの大会だ。単純な決闘ではなく、与えられた課題をどう達成するかを競う」
「課題?」
彩葉が小さく言う。
「そう」
浅見鮮は板書しながら続けた。
「目的達成型の競技会。技巧でもいい。連携でもいい。発想でもいい。圧倒的な能力でねじ伏せてもいい。とにかく課題を満たしたチームが勝つ」
「ロボコンみたいな?」
雅が言う。
「近いな」
浅見先生は少し笑った。
「うちの学校も毎年出ている。地区予選を勝ち抜けば本戦だ」
教室の空気が一気に熱を持つ。
そういう大会があることは知っていた生徒もいたらしいが、少なくとも新たち四人にとっては、こうして目の前へ現実の話として出されるのは初めてだった。
「参加したい者は担任に申し出ること」
浅見先生がプリントを配り始める。
「ただし条件がある。参加は五人一組。締め切りは今週中だ」
五人一組。
その言葉に、新たち四人はほとんど同時に顔を見合わせた。
◇
ホームルームが終わって、教室のざわめきが一度大きく膨らんだ。
出る出ないの話、強豪校の噂、去年の動画がどうだったか、そんな会話があちこちで飛び交っている。その中で新たち四人は、なんとなくいつもの場所みたいになっている窓際へ自然と集まっていた。
「五人だって」
彩葉が最初に言った。
「足りないね」
「足りないわね」
純香も頷く。
「そこが問題」
「出るのは前提なんだな」
雅が言う。
「神代は出たくないの?」
彩葉が聞くと、
「いや、出るだろ」
雅はあっさり答えた。
「こういうの」
「だよね」
新が苦笑する。
出るかどうか、その部分ではほとんど迷っていなかった。
夏休みの自由課題から始まって、積層型簡易結界、平面光軌跡、位相の噛み合わせ。二学期に入ってからも、魔法陣、風、火、水と、四人で積み重ねてきたものがある。それを競技として試せる場があるなら、出てみたいと思うのは自然だった。
問題は、その先だ。
「あと一人どうする?」
新が言う。
雅が腕を組む。
「誰か上手いやつ誘う?」
「雑」
純香が即座に言った。
「神代、それが一番だめな言い方」
「いや、でも実際そうだろ」
「そういう問題じゃないのよ」
純香は少しだけ視線を落としてから続けた。
「今の私たちって、たぶん能力の種類で見ればそこそこ揃ってる」
「うん」
彩葉が頷く。
「新は考える人で、雅は出す人で、純香はまとめる人で、うちは合わせる感じ」
「……最後すごい曖昧だな」
新が言うと、
「でも間違ってないでしょ」
彩葉が笑う。
「まあ、そうか」
新は少しだけ考えた。
五人目。
足りないところを埋める人、という考え方もあるのかもしれない。けれど、何となくそれだけでは違う気がした。
自分たちは夏からずっと四人でやってきた。
そこでできた空気がある。
だから今必要なのは、単に能力の穴を埋める人ではなくて、一緒にやって面白いと思える人なのではないか。
「……一ノ瀬」
新がぽつりと言った。
三人がこちらを見る。
「やっぱり?」
彩葉がすぐに言った。
「うん」
新は頷く。
「能力がどうこうっていうより、あいつとなら面白い気がする」
「分かる」
彩葉が即答する。
「うちも思った」
「理屈もあるし、落ち着いてるし」
純香が言う。
「でもそれ以上に、変に気負わなくて済みそうなのよね」
「あと、あいつ多分こういうの好きだろ」
雅が言った。
「顔に出ないだけで」
「それはある」
一瞬、四人の間に妙な納得が流れる。
足りないから連れていく、ではなく。
五人でやったら面白いから、一緒に行きたい。
その感じが、一番しっくりきた。
「乗ってくれるかな」
新が言う。
「お願いしてでも連れていこう」
彩葉が言った。
「そこまで?」
雅が笑う。
「だって、一ノ瀬くんがいいもん」
「そこまで言うなら、もう決まりね」
純香もわずかに口元をやわらげた。
◇
一ノ瀬は、その日の帰り際、いつものように静かに荷物をまとめていた。
教科書を鞄へ入れて、筆箱を閉じて、椅子を机へ戻す。動きに無駄がない。騒がしい教室の中でも、あの人の周りだけ少しだけ空気が落ち着いている気がする。
「一ノ瀬」
新が声をかける。
一ノ瀬が顔を上げた。
四人がまとまって立っているのを見ると、ほんの少しだけ目を瞬かせる。
「どうしたの」
「マジコン」
新が言う。
「出ようと思ってる」
「うん」
「五人必要なんだ」
「そうだね」
一ノ瀬は頷く。
ここで急に少し緊張した。
断られてもおかしくない。
でも、それでも言うしかない。
「一緒にどうかな」
新が言った。
「足りないから、とかじゃなくて」
少し言葉を探す。
「一ノ瀬と五人でやったら、面白そうだなって思って」
一ノ瀬は、すぐには答えなかった。
嫌そうでもない。
困っているわけでもない。
ただ、本当に一度ちゃんと考えてくれている顔だった。
そのあとで、少しだけ口元をゆるめる。
「面白そうだね」
その一言だった。
「いいよ」
「ほんと?」
彩葉がぱっと顔を明るくする。
「うん」
一ノ瀬は静かに頷いた。
「友だちに誘われて断る理由もないし」
「友だち」
雅が小さく繰り返す。
「ん?」
一ノ瀬が首を傾げる。
「いや、なんか思ったよりちゃんと言うなって」
「変?」
「いや、別に」
雅は少しだけ笑った。
新はそこでようやく、肩の力が抜けるのを感じた。
「よろしく」
と言うと、
「こちらこそ」
一ノ瀬は答える。
「楽しみだよ」
こうして、五人になった。
◇
大会当日。
地区予選会場に着いた瞬間、新は思わず足を止めた。
「……え」
彩葉が先に声を上げる。
「でか」
雅も眉を上げた。
会場は、思っていた「地区予選」の規模を軽く超えていた。
巨大な体育館を魔法競技用に改装したらしく、中央には競技区画がいくつも並び、その周囲を観客席が囲んでいる。上には大型表示盤。各校の控え区画には学校名が掲げられていて、スタッフらしい大人たちが慌ただしく動いていた。
それだけではない。
天井付近に、明らかに競技用ではない機材がいくつも見える。
「……カメラ?」
純香が言う。
「だよね?」
新も見上げる。
「地区予選だよな」
「そうだよ」
一ノ瀬が答える。
「でも、今年は入ってるみたい」
そのとき、場内スピーカーが弾けるように鳴った。
『さあ始まりました! 各校対抗新人魔法戦・地区予選! 本日は実況中継つきでお送りします!』
「実況あるの!?」
彩葉が言う。
「聞いてないんだけど!」
「俺も」
雅が言う。
「地区予選で?」
「何でここまで」
新が呟く。
その問いに答えたのは、近くにいた別の学校の生徒だった。
「清南がいるからだよ」
「清南?」
新が振り向く。
「私立清南高校。優勝候補」
その生徒は当然みたいに言った。
「今年の新人、かなり強いって」
その言葉通り、実況もすぐにそちらへ寄った。
『注目はやはり、優勝候補筆頭・私立清南高校! 昨年の中等部技術大会でも圧倒的な構成力を見せた名門校、その一年チームがついに登場です!』
会場の視線が、一方向へ流れる。
そこにいたのは、紺を基調にした競技服を揃いで着た五人だった。動きに無駄がない。控え区画に立っているだけなのに、周りの空気の密度が違う気がする。
「うわ」
彩葉が小さく言う。
「なんか、強そうって見ただけで分かる」
「実際強いんでしょうね」
純香が言う。
「私立の中でも、設備と指導が抜けてるって聞く」
「……ふーん」
雅が言ったが、納得している顔ではなかった。
むしろ少し不服そうだ。
「しつこかったんだよ、あの学校。入ってくれって」
新はそれを横目で見て、少しだけ苦笑する。
雅は、こういうとき分かりやすい。
◇
『それでは第一競技の課題を発表します!』
会場が静まる。
大型表示盤へ、競技内容が映し出された。
――第一競技
――制限時間内に充電池をフル充電せよ
その下に、設備図。
大型充電池。
接続端子。
発電タービン。
補助素材。
魔法使用自由。
「なるほど」
新が言う。
「タービンをどう回すかってことか」
「たぶん効率勝負ね」
純香が頷く。
「風、水流、温度差、結界補助……やり方はいろいろある」
「いきなり工学っぽいな」
雅が言う。
「マジコンだしね」
一ノ瀬が静かに返した。
『準備時間、十分! 各校、課題確認のうえ作戦を立ててください!』
競技区画へ移動すると、各校が一斉に相談を始めた。
こちらも自然に五人で円になる。
「風で回すのが素直かな」
新が言う。
「水流でもいけそうだけど、設備との噛み合わせが悪い」
「結界で流れを整えるのもあり」
純香が言う。
「でも準備時間が短い」
「火で温度差は?」
彩葉が聞く。
「遅い」
一ノ瀬が首を振る。
「安定はするけど、一回戦向きじゃない」
そのときだった。
「……は?」
最初に声を漏らしたのは雅だった。
清南が、配置された発電タービンを横向きではなく、縦向きに立て始めたのだ。
『おっと!? 優勝候補・清南高校、ここでタービンを縦に!? これはどういう狙いでしょうか!?』
実況にも、明らかな戸惑いが混じる。
だが、清南は迷わない。
メンバーの一人が、タービンの羽根そのものへ風の召喚式を書き込み始めた。
『清南!羽根に直接召喚式だ! なるほど、外から回すのではなく、内部に風を発生させる! これは――竜巻型の内部駆動にするのか!?』
会場がざわつく。
「うわ」
彩葉が言う。
「そう来る?」
「きれいね」
純香が低く言う。
「発想も実装も早い」
「しかも準備がいい」
一ノ瀬が続ける。
「最初から想定してきてる」
――開始の合図が鳴った。
次の瞬間、清南のタービン内部で風がうねった。小さな竜巻が羽根の中に立ち上がり、縦型タービンが唸りを上げて回転し始める。
『速い速い速い! 清南、開始直後から一気に加速! これはすごい、充電率二割、三割――もう四割! いや、五割に届く!!』
表示盤の数字が跳ね上がる。
周囲の高校が明らかに焦り始めた。
風量を上げる者。
慌てて水流補助へ切り替える者。
結界を張り直す者。
「やばいな」
新が言う。
「これ、正攻法でしかも完成度高い」
「圧倒的リードね」
純香が言う。
「どうする?」
彩葉が新を見る。
「間に合う?」
「……考える」
焦りはあった。
でも、焦ったまま動いてもたぶん負ける。
新が競技設備を見た。
タービン。
充電池。
接続端子。
目的はフル充電。
――目的達成型。
そこへ、雅がぼそっと言った。
「なあ」
「何」
新が顔を上げる。
雅はなぜか、一ノ瀬の方へ少しだけ身を寄せていた。
低い声で何か耳打ちする。
新たちには全部は聞こえない。
一ノ瀬の目がほんの少し細くなり頷く。
それから一ノ瀬は、競技要項を見下ろしたまま静かに言った。
「……それは書いてないね」
意味深な一言だった。
「え?」
彩葉が言う。
「何の話?」
「ちょっと待って、神代?」
純香が雅を見る。
だが雅はもう前へ出ていた。
「おい」
新が呼ぶ。
「お前、何する気だ」
雅は振り向きもしなかった。
ただ、充電池の前へ立つ。
片手を軽く上げる。
次の瞬間。
バシャン!
大気を裂くみたいな轟音と一緒に、落雷が落ちた。
雷光が一直線に競技用充電池へ叩き込まれる。
空気が震える。
会場の照明が一瞬だけ揺れた気がした。
そして表示盤の充電率が、一気に最大値へ跳ね上がる。
『――え』
実況が止まる。
本当に一瞬、会場全体が無音になった。
誰もが何が起きたのか理解しきれないまま、表示盤だけが冷静に**100%**を示している。
『い、今――え、ちょっと待ってください、何が起きた!? 落雷!? 直接!? 直接入れました!? 学校名は!?』
『県立夢見が丘高校!?』
我に返った実況が一気にまくし立てる。
『判定は!? 判定はどうなる――!?』
全員の視線が判定員へ向く。
判定員は一瞬だけ設備と表示を確認し、そしてためらいなく白旗を上げた。
合格。
『ご、合格ーーーッ!! 県立夢見が丘高校!!地区予選第一課題一位通過ーーッ!!』
場内が一気に響めいた。
清南のメンバーが呆気に取られたままこちらを見る。
周囲の高校も、手を止めている。
実況席ですら、まだ半分理解しきれていない顔だった。
「……まじか」
新が小さく言う。
「ほんとにやった」
「ほんとに直接いった」
彩葉が目を丸くする。
「うそでしょ」
「うそじゃないわね」
純香はこめかみを押さえた。
「一番腹立つけど」
雅はそこでようやく振り返った。
ものすごく満足そうな、いつものドヤ顔だった。
「直接いった方がはえーじゃん」
その一言で、会場のざわめきがまた一段大きくなった。
清南の竜巻タービンは美しかった。
技巧としても完成度が高かった。
けれどマジコンは、目的達成を競う。
技巧でもいい。
工夫でもいい。
連携でもいい。
圧倒的な能力でもいい。
そのルールの真ん中を、雅は雷でぶち抜いたのだった。
◇
競技区画を戻りながら、彩葉が最初に吹き出した。
「いや、ちょっと待って」
「何」
雅が言う。
「普通に言うけど、めちゃくちゃだよ」
「ルール違反じゃないだろ」
「違反じゃないのが一番すごいのよ」
純香が冷たく言った。
「しかも一ノ瀬、確認したわよね」
「した」
一ノ瀬は静かに答える。
「発電タービンの利用は推奨されてたけど、必須とは書いてなかった」
「だからって普通、雷直打ちに行く?」
新が言う。
「思いついても、やるか?」
「やれるからやった」
雅が言った。
「それだけ」
「それだけ、で済むのが怖いのよ」
純香がため息をつく。
その横で一ノ瀬がほんの少しだけ笑っていた。
「でも」
と一ノ瀬が言う。
「面白かったね」
「うん」
彩葉がすぐ頷く。
「それはほんとに」
「まだ一回戦だけどな」
新が言うと、
「だからいいんだよ」
雅はもう次を見ている顔だった。
「こういうの、楽しくなってきた」
会場の向こうでは、まだ清南の竜巻タービンが回り続けている。
その美しさは疑いようがない。
けれど、その隣で雷一発で充電を終えた自分たちの表示盤もまた、消えない事実として残っていた。
マジコンは始まったばかりだ。
そしてその最初の一回戦で、新はようやくはっきり分かった。
この大会では、常識の方が先に疑われるのだ。
雅かっこいい




