第7話【完結】
ダンストン先生も頷き、静かに話は続く。
「あなたにそう言われた時、私は平静を装っていましたが、実はかなりショックを受けていました。……それまでも、患者さんに治療の継続を拒否され、困ったことはあります。しかし、その時私が感じたショックは、困惑や焦りといった類のものではなく、胸を刺すような、切ない痛みでした」
「切ない痛み……」
「医師として恥ずべきことかもしれませんが、勤務時間後に、あなたと二人きりで過ごすセラピーの時間を、私は楽しんでいました。物静かで穏やかなあなたと、少しずつ言葉を交わす時間は、仕事に追われ、同年代の異性と出会う機会もない私にとって、鮮やかで美しく、幸福な時間でした」
そこで一度言葉を切ると、ダンストン先生は窓際に行き、閉じられていたカーテンを開けながら、語り続ける。
「だから、『セラピーをやめたい』と言われた時は、もう私と二人きりで話すのが嫌になったのかと思ったんです。私の、あなたに対する好意を悟られ、公私を混同する俗な医者だと嫌悪された……そう思うと、本当に、胸が張り裂けそうでした」
私は、思わず大きな声を上げた。
「嫌悪だなんて、そんな……! 私、ダンストン先生には本当に感謝しています。……いえ、私のこの気持ちは、治療をしてくれたお医者様に対する、単純な感謝とは違う……私は、一人の男性として、あなたのことが……」
そこから先は、もう言葉は必要なかった。
開かれたカーテンの間から差し込む、神々しい朝日に照らされながら、私とダンストン先生は抱きしめ合い、口づけをかわす。
……『抱きしめ合い』と言ったが、抱きしめたのも、口づけをしたのも、私からだ。互いに想いあっていたことが明確に分かった以上、私はもう、一秒だって、彼に対する熱情をこらえることができなかったのだ。
貪るような口づけの後、ダンストン先生は、少しだけ気恥ずかしそうに微笑し、弱々しく目を逸らせた。いきなり進展した二人の関係を、喜ばしく思いながらも、少々戸惑っているのだろう。
そんなダンストン先生を、逃がさないと言うように強く抱きしめ、私は言う。
「ふふ、先生。こんな、ちょっと強引で、グイグイ来るタイプの女は嫌ですか? ……もしかしたら、記憶を失っている間の、大人しい私の方が、先生の好みでしたか?」
私は、内心の不安をごまかすため、あえて冗談めかした言い方をした。
……ダンストン先生は先程、『物静かで穏やかなあなたと言葉を交わす時間が幸福だった』と述べた。記憶が戻った本来の私は、ハッキリ言って、物静かな女でも、穏やかな女でもない。
いや、もちろん、以前に比べたら、落ち着きが出て、成長したとは思うが、それでも、ダンストン先生が好きだった『大人しいエリザベラ』とは別人であることは、確かだろう。
私は、恐ろしかった。
事故に遭った後、行動的な性格が弱々しくなったことで、バーナルドが私のことを嫌いになったように、今また、大人しかった性格が、気の強いものになったことで、今度はダンストン先生が、私に違和感を覚えるのではないかと思うと、不安で不安でたまらなかった。
しかしダンストン先生は、私の不安など、すべて吹き飛ばすかのような力強い笑顔で、言う。
「エリザベラさん、性格が多少違っても、あなたの本質は、少しも変わっていませんよ。あなたは努力家で、周りの人たちへの感謝を忘れない、素晴らしい女性です」
「ダンストン先生……」
「それに、以前の穏やかさも、現在の快活さも、すべて、あなたの性格の一部です。そういう一部を全部含めた、『あなたの心そのもの』が、私は好きなんです。だいたい、どんなに気の強い人でも弱気になることはありますし、穏やかな人でも、時には怒ることがあります。そんな些細な変化で人を嫌っていては、信頼関係なんて築くことはできませんよ」
理論的な説明の中に、限りない愛情を感じ、私は安堵感から涙ぐむ。
この人となら、きっと素晴らしい未来を描くことができるだろう。
私は小さく頷き、そして、もう一度ダンストン先生と口づけた。
窓から差し込む光はさらに力を増し、私たちを温かく包み込む。
眩い陽光の中、私は大切な人の胸に顔を埋めながら、事故に遭った際、最初に運び込まれたのがこの病院であったという、不思議な奇跡に感謝した。
酷い事故だったし、もう一度暴れ馬に跳ね飛ばされたいとは思わないが、あの事故がなければ、ダンストン先生と出会うこともなく、まったく違う人生を送っていたことだろう。
そう思うと、この世の中で起こることには、すべて、なんらかの意味があるのかもしれない。……少なくとも私にとっては、その『意味』が、良い方向に働いた。
だって、上辺だけの性格ではなく、私自身の本質を見て愛情を注いでくれる、賢く、優しく、そして誠実な男性――ダンストン先生と、出会うことができたのだから。
私は彼の広い背中に腕を回し、強く抱きしめる。
苦難の果て、手に入れた愛情を、離してしまわぬように……
もう二度と、何があったとしても、愛する人を忘れてしまわぬように……
終わり




