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あなたは私を見捨てたでしょ?  作者: 小平ニコ


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第5話

 私が現れたことで、バーナルドは大喜び。

 これぞ満面の笑顔という感じで、声を張り上げる。


「エリザベラ、降りてきてくれたんだね! その快活で、少し気の強そうな瞳。僕の知ってるエリザベラだ! 本当に、元に戻ったんだね! ああ……あんな酷い状態から、一人でよくここまで……」


「一人じゃないわ」


「えっ?」


「あなたの言う『酷い状態』の私を見捨てずに、親身になって支えてくれた人たちのおかげよ」


「そうか……ありがとう。きみが僕のことを、そんなふうに思ってくれているなんて……なんだか胸が熱くなるな」


 呆れた。


 バーナルドは、自分も『親身になって支えてくれた人たち』の中に入っていると思っているらしい。


 今の図々しい発言で、なるべく穏便に話す気が完全に失せた。私はバーナルドを見据え、きっぱりと言い放つ。


「あなたは私を見捨てたでしょ。私の記憶がそう簡単に戻らないって分かってからは、お見舞いにも来なくなったくせに」


 私の発言を受け、いかにも心外といった感じで、バーナルドは叫んだ。


「違うよ! それは違う、違うんだ!」


「ねえ、もう少し静かに話してくれない。ご近所に迷惑だわ」


「あ、ああ、すまない。とにかく、違うんだ」


「何が違うの?」


「僕は、僕は……記憶を失い、変わり果てたきみを、見たくなかったんだ。明るくて、気の強かったきみが、ちょっと怒鳴っただけでシュンとなって、泣き出しそうになると、自分でも言いようがないくらい苛立って、つらかったんだよ」


「怒鳴らなければいいじゃない」


「い、いや、だってそれは、きみがいつまでたっても記憶を取り戻してくれないから……」


「私のせいなの?」


「う、うーん、そういうことじゃなくて……いや、まあ、そういうことになるのかな……?」


 実に自分の心に正直な男だ。そこは本意じゃなくても『そういうことじゃない!』って否定しなきゃ駄目でしょ。まあ、ネチネチとバーナルドを責めていても建設的じゃない。腕を組み、しきりに首をひねっているバーナルドに代わり、私は彼の意見を総括する。


「つまり、あなたはこう言いたいのね。私の記憶が戻らないうちは、姿を見るのがつらいから会わないようにしていただけで、決して見捨てたわけじゃない……と」


「そう! そういうことだよ! 僕はきみを見捨てていないんだ! いやあ、やっぱり記憶の戻ったエリザベラはいいなあ。頭の回転が速くて、ハキハキしてて、話しててとても楽しいよ。記憶を失った陰気なきみのままだったら、とてもこんなやり取りはできない」


 ……この男、自分の言っていることの不誠実さに、自分で気づかないのだろうか?


 記憶を失った私が、一番精神的に支えてほしかった時に、やたらと責めて、怒鳴って、挙句の果てに『会うのがつらいから』と距離を取り、記憶が戻ったら、手のひらを返したかのようにすり寄って来る。それはある意味、『見捨てる』よりも、よっぽどタチが悪いと思うのだが……


 しかし、まあ、いい。

 それはもう、いい。


 不誠実なのは間違いないが、考えようによっては、記憶を失う前の私を強く愛していたから、他の誰よりも、変わってしまった私を見るのがつらかったというのは、一応、理解できる。


 事実、事故の後、しばらくは懸命に励ましてくれたのだから、これ以上バーナルドを責め立てる気はない。一度は、真剣に好きになった人だ。そんな彼をなじり倒すのは、私だって、あまり良い気分じゃないわ。


 よし。

 もう遠回しな言い方はやめて、ハッキリと私の気持ちを言ってしまおう。


 それで、バーナルドとの関係はおしまい。

 これから本当の意味で、新しい人生を進んで行くのよ。

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