第9話 森のささやき
翌日。
朝の光がまだ淡いころ、ガルドは荷をまとめていた。
「ちょっと森の方を見てくる。昨日の風、気になってな」
「ぼくも行く!」
「だめだ。まだ危ねぇ。お前はフィーネと留守番だ」
「……わかった」
ルークは素直に頷いたものの、胸の奥がざわざわしていた。
ガルドの背中が森の中に消えていくのを見送りながら、
どこか落ち着かない気持ちが残る。
「ねぇフィーネ……昨日の“風”、なんだったんだろう」
『うーん……森の精霊たちが、少し怯えてる感じだった』
「精霊が……怯える?」
『たぶん、人間じゃない“何か”が近づいたの』
ルークの心臓がトクンと鳴った。
そのとき――
馬小屋の奥で、かすかな“泣き声”がした。
「……?」
フィーネと顔を見合わせ、音のする方へ向かう。
そこには、小さな茶色の鳥がいた。
片方の翼を痛めて、地面にうずくまっている。
「怪我してる……!」
フィーネが目を細める。
『森の風を受けて、落ちたのかも。まだ生きてる』
ルークはそっと手を伸ばした。「大丈夫……怖くないよ」
指先が触れた瞬間――
胸の奥が温かくなった。心のどこかが、柔らかい光に包まれる。
フィーネが静かに言った。
『ルーク……それ、今の……』
「え……?」
鳥の体が、ほのかに光を帯びていた。
傷口がゆっくりと塞がり、羽が少しずつ動き始める。
「なおってる……!」
鳥が小さく鳴き、ルークの指先にすり寄る。
その瞬間、ふわりと風が吹いた。
馬小屋の窓から、森の方へ柔らかな光が伸びていく。
『……ルーク、それが“テイム”だよ』
「テイム……?」
『あなたの優しさが、世界に届いたの。
だから、傷ついた命が応えてくれたの』
ルークは手のひらを見つめた。
自分の中から生まれた“力”。
それは暴力ではなく、癒しだった。
「ぼく……この力で、誰かを守れるかな」
『うん。きっと守れる。』
鳥は一度鳴いて、空へ舞い上がった。
まるで“ありがとう”と告げるように。
ルークはその小さな背を見上げて、静かに笑った。
森のざわめきが、少しだけやわらいでいた。
次回 闇の森の前触れ




