第6話 風と声のひとしずく
「ルーク、そっちは頼んだぞ!」
「うん!」
名前で呼ばれるたびに、胸がくすぐったくなる。
ルーク――
自分の名前。
それを口にするだけで、心がじんわり温かくなる。
馬たちの水を替え、草を運び、フィーネと一緒に走り回る。
「……ねぇ、フィーネ。ぼく、ちゃんとできてる?」
『うん。みんな、ルークのこと好きだよ』
フィーネが尻尾を揺らしながら笑う。
その声は風みたいに柔らかくて、聞いているだけで安心する。
「ぼくも……好き。ここ、あったかい」
ルークがそう言うと、フィーネはうれしそうにルークの頬を舐めた。
そのとき――
牧場の外から、ひときわ強い風が吹いた。
ふっと舞い上がった草花が空に散り、白い光の粒がゆっくりと降りてくる。
「わ……きれい……」
『ルーク、今……風が笑ったよ』
「え?」
『ほら、感じて。』
フィーネが小さく鳴いた瞬間、
ルークの耳の奥に“かすかな声”が響いた。
――ありがとう。
風の中で、確かに誰かの声がした。
「……今の、だれ?」
『たぶん、風の精霊。ルークが“感謝”を返したから、応えたの』
「ぼくが……?」
『うん。心が動いたとき、世界はそれに答える。』
ルークは両手を胸の前でぎゅっと握った。
胸の奥が少しだけ熱い。
「……ぼく、ちょっとだけわかったかも」
『なにが?』
「生きるって、怖いことばかりじゃないんだね」
フィーネが静かに頷くように目を細めた。
その瞳は、やわらかな風の色をしていた。
「フィーネ、ぼく……強くなりたい」
『うん。きっとなれるよ、ルーク』
風がもう一度吹いた。
光の粒がふたりのまわりで舞う。
それはまるで、世界が小さく笑っているようだった。
こうしてルークは、
自分の居場所と――“力のはじまり”を確かに感じた。
次回 この体と心の年齢




