第29話 枯れ森に潜むもの
森の奥から、低い唸り声が響いた。
黒い靄が地面を這い、枯れた木々の間をうねるように進んでくる。
その中に、動物の形をした影が浮かび上がった。
「……あいつら、森の命を喰ってる。」
エルンの声が震えていた。
『気配が悪い……普通の魔物じゃない。』
フィーネが牙をむく。ピューイが羽を広げ、風の膜を張った。
「エルン、どうして森がこんなことに?」
ルークの問いに、エルンは唇を噛む。
「……影が落ちてからだ。黒い胞子が風に乗ってきて、木も獣も……みんなおかしくなった。
俺は守ろうとしたけど、止められなかった。」
「じゃあ、一緒に止めよう。」
「バカ言うな! お前ら人間に何ができる!」
その瞬間、影が飛びかかってきた。形は獣に似ているが、目は虚ろで、体が黒い霧のように揺れている。
「くっ!」
エルンが蔓の鞭を振るう。しかし、影は形を変え、すり抜ける。
『ルーク、来る!』
フィーネが身を低く構えた。ピューイの風が唸り、影の動きを止める。
「風じゃ斬れない……なら――」
ルークが両手を広げた。胸の息の石が淡く光り始める。
「風よ、癒しの歌を……!」
やわらかな風が森に広がる。
すると、影が苦しむように身をよじった。
黒い霧の一部が、光に溶けていく。
「な、なんだそれ……!?」
エルンが目を見張る。
「攻撃じゃない。癒してるんだ。汚れた流れを、元に戻す力。」
ルークが答えると、影がエルンの後ろに回り込んだ。
「危ない!」
ルークが飛び込むが、エルンが先に動いた。
「俺の森に、触るなぁっ!!」
地面から太い根が生え、影を絡め取る。
しかし、影はそのまま根に染み込み、エルンの腕に黒い紋様を走らせた。
「くっ……!?」
「エルン!!」
ルークがその腕を掴む。黒い靄が伝わり、ルークの手に焼けるような痛みが走る。
「離せっ、やめろ、俺まで……!」
「嫌だ! もう誰も失いたくないって言っただろ!」
風が爆ぜ、光が弾けた。
ルークの癒しの力が、エルンの中に流れ込む。
エルンの瞳が驚きに見開かれる。
――あたたかい。森の息吹みたいな光。
黒い紋様が消え、影が悲鳴を上げて霧散した。
森の一角に、新しい芽が顔を出す。
そこにやわらかな風が吹いた。
ルークが息を整えながら笑う。
「……ね、できたでしょ。一緒に守れた。」
エルンはそっぽを向き、頬を赤らめた。
「……勘違いするなよ。お前が下手だったから、仕方なく助けただけだ。」
「はいはい、ありがとう、エルン。」
ピューイがくすくす笑い、フィーネが尾を揺らす。
しかし、森の奥ではまだ、重い気配が残っていた。
遠くの大樹の根元に、黒い結晶のようなものがわずかに光る。
――闇の核は、まだそこにあった。




