第3話 名前のない絆
「おい坊主! どこ行ってた!」
牧場の方からガルドの声がした。
森の入口で、少年は両腕に抱えた白い小さな獣をそっと見下ろした。
その毛は朝の光を受けてほのかに光っている。
「……ごめんなさい」
少年は小さく謝りながら、慎重に歩いて戻った。
「なんだそいつは……子犬か?」
ガルドが目を細める。
けれど近づいた瞬間、その表情が一変した。
「――待て、それ……!」
白い獣が小さく鳴く。
その鳴き声には、どこか人の言葉のような響きがあった。
「……助けたの。森で、けがしてた」
少年の声は震えていた。
また怒られるかもしれない、そんな不安が胸を締めつける。
だが、ガルドは怒らなかった。
ただ、息をのんで、その白い生き物を見つめた。
「……こいつ、ただの獣じゃねぇな」
「え?」
「見ろ。背に“風紋”がある。……精霊獣の証だ」
「せいれい……じゅう?」
「ああ。昔、冒険者だったころに一度だけ見たことがある。人に懐くなんてまずありえねぇ……」
ガルドの言葉に、少年は白い獣を見つめた。
その瞳は、静かな水面みたいに透き通っている。
『……いたい、の……なくなった』
頭の中に、また声が響いた。
「今……しゃべった?」
「……声が、聞こえるのか?」
ガルドが驚いたように少年を見た。
少年はおそるおそる頷く。
「この子……怖くないって言ってた」
「……坊主、お前……もしかして“契約の素質”があるかもしれねぇな」
「けいやく……?」
「テイマーの才能だ」
その言葉の意味はまだわからなかった。
けれど、少年の胸の奥に、小さな灯りがともった。
白い獣――フィーネ(そう呼ぶことになる存在)は、
少年の腕の中で、安心したように目を細めていた。
「……フィーネ」
「ん?」
「この子の名前。……“フィーネ”って、そんな気がした」
ガルドは少し驚いたように目を丸くして、すぐに笑った。
「いい名だ。お前の声に、あいつが反応してる」
フィーネは小さく鳴いた。
まるで、“うん”と答えたように。
少年の胸が温かくなる。
名前を呼ぶこと。名前をつけること。
それがこんなにも、優しいものだとは知らなかった。
こうして――
少年と小さな精霊獣の、最初の絆が結ばれた。




