第28話 枯れた森の少年
北の街道を抜けた先に、広大な森が広がっていた。
けれど、その木々はどこかおかしかった。
葉は乾き、幹には黒い筋が走っている。風が吹いても、枝が鳴らない。
「……なんか、息してないみたい」
ルークがつぶやくと、フィーネの耳がぴくりと動いた。
『森が怯えてる。何かが“流れ”を止めてるみたいだ。』
ピューイが不安げに鳴く。風がざわりと動き、どこからか小さな光が揺れた。
まるで「ついてこい」と言うように。
「待って、あれ……!」
ルークが追いかけると、光は森の奥へと逃げていく。
気づけば、霧が足元を這い、周囲が暗く沈んでいった。
その瞬間、
「――侵入者め!」
風を裂くように、蔦の鞭が飛んできた。
「うわっ!?」
咄嗟に身を伏せるルーク。ガルドが剣で蔦をはね飛ばす。
『誰だ! 姿を見せろ!』フィーネが吠える。
木の陰から現れたのは――
緑の髪をした、小さな少年だった。目は翡翠色、服は葉と蔓でできている。
「ここは森の領分だ! 人間なんかに触らせねぇ!」
「ま、待って! 僕たちは――」
ルークの声をかき消すように、少年が両手を広げる。
足元の地面から無数の根がうねり、襲いかかってくる。
「ピューイ、フィーネ、だめ! 傷つけないで!」
ルークの制止に、ふたりが動きを止める。
その隙に蔦が絡みつき、ルークの足を縛った。
「ぐっ……!」
少年が勝ち誇ったように言う。
「人間なんて、みんな森を壊す。俺が守るんだ!」
「僕は壊しに来たんじゃない!」
ルークの胸の息の石が光り、風が柔らかく吹き抜けた。
「森の声が、泣いてたんだ。だから来たんだよ!」
光が広がり、蔦がほどける。
乾いた木々がわずかにざわめき、緑の葉が一枚、ふっと芽吹いた。
少年が息をのむ。
「……おまえ、その力……」
「僕は、風の子。癒すために旅してるんだ。」
沈黙のあと、少年が顔を背ける。
「べ、別に……助けてもらったわけじゃねぇし! ちょっと、様子を見てただけだ!」
フィーネが小声で笑う。
『ツンデレってやつだな。』
「つ、ツンデレって言うな!」
ピューイがケラケラと笑い、ルークも思わず吹き出す。
「ふふっ、じゃあ……名前、教えてくれない?」
少年は一瞬迷って、ぽつりと言った。
「……エルン。森の守り手、エルンだ。」
「エルン……よろしくね。」
エルンはそっぽを向きながらも、どこか照れくさそうに頬を染めた。
――そのとき、森の奥から低い唸り声が響いた。
ルークたちの背筋を、冷たい風が撫でる。
「……来るぞ。あいつらが……」
エルンの声が震えていた。




