第27話 水の加護、そして静かな波紋
湖を包んでいた黒い濁流が、ゆっくりと静まっていった。
波打っていた水面が穏やかに戻り、光が差し込む。
ルークの胸の「息の石」は淡く輝き、その光が湖全体に広がった。
濁りが澄み渡り、底に沈んだ瓦礫や古い祈りの像までもが姿を現す。
「……終わったのか?」
ガルドが肩で息をしながら剣を下ろす。
腕の傷は、淡い水の光に包まれて癒えていった。
『ガルド、傷が……!』
フィーネが驚きの声を上げる。
ピューイが嬉しそうに鳴き、ルークの肩に止まった。
「リュミエールが……癒してくれたんだね」
湖の中央に、ゆらりと光が集まる。
そこから、透き通るような水の精霊が現れた。
彼女の長い髪は波のように揺れ、瞳の奥に静かな悲しみをたたえている。
「風の子よ。あなたは“流れ”を整えた。
けれど、世界の水はまだ濁っている……」
「世界の、水……?」
リュミエールはルークの胸元に手をかざした。
「その石は“風”と“水”を繋ぐ器。
あなたの優しさがあれば、きっと――まだ間に合う。」
淡い微笑を残し、精霊の身体は霧のように溶けていった。
水面が再び静けさを取り戻す。
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地上に戻ったルークたちは、湖畔に立つアルトと再会した。
「おい……湖が、元に戻ってやがる。まさか、お前らが?」
「うん。リュミエールが救われたんだ」
「そうか……あの光、まるで祝福みたいだったぜ」
風が頬を撫でる。
ルークは空を見上げた。
夕陽が湖に反射して、まるで金色の翼が広がっているように見えた。
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夜。
湖は静まり返っていた。
しかしその底で、何かがゆっくりと蠢いた。
小さな黒い泡が、ひとつ、ふたつ……と浮かび上がる。
やがてそれらは集まり、人の形を成していった。
「……やっと、目を覚ましたか」
闇の中から響く、低く歪んだ声。
それはリュミエールの残した光の欠片を指先で掴み、
ねじるように、黒へと染めていった。
湖面が小さく震え、夜風が止む。
闇は音もなく、再び深く沈んでいく――。




