第26話 水の鎖を断つ風
闇が、水を濁らせていく。
「くそっ、こいつ……形がない!」
ガルドの剣が黒い水流を切り裂くたび、
その影は泡になって散り、すぐにまた形を取り戻した。
フィーネが吠える。
『まるで、水そのものが怒ってるみたい……!』
ピューイが鋭く鳴き、風の刃を放つが、
それも水に吸い込まれ、消える。
「風が、届かない……!?」
湖の圧が重くのしかかる。
息の石の光が弱まり、胸が苦しくなる。
「ルーク、下がれ!」
ガルドがルークを庇い、黒い影の触手を斬り払う。
だがその瞬間、腕に深い切り傷が走った。
「ガルドっ!」
水中に赤が滲む。
それはたちまち黒い水に飲まれ、
無数の影がそれに群がった。
「血を、狙ってる……!」
ガルドが息を荒げる。
「……俺はいい。リュミエールを――」
「だめだ! 僕は、もう誰も失いたくない!」
ルークの叫びに、フィーネとピューイの魔力が呼応した。
風と光が渦を巻き、水を押し返す。
だが、影は再び襲いかかる。
ルークの脳裏に、あの“手を上げる影”が浮かんだ。
前世で何度も見た、暴力の象徴。
「もう、やめてよ……!」
その恐怖が、怒りと祈りに変わった。
「誰かを傷つける力なんていらない……
でも、守る力なら――僕にだって!」
胸の“息の石”が爆発的に輝いた。
水が割れ、風の柱が湖底に突き刺さる。
「ルーク!?」
光が波紋のように広がり、黒い影を弾き飛ばす。
水の流れが逆巻き、
鎖に縛られたリュミエールの周囲を包み込んだ。
――たすけて。
――ありがとう。
二つの声が、ルークの中で重なる。
「……僕は、君を縛ってるものを壊す!」
ルークが両手を突き出すと、風の刃が生まれた。
それは“攻撃の風”ではなく――“癒しの風”。
光の帯が鎖を断ち切り、
水の精霊を包む泡が弾け飛ぶ。
静寂。
湖底に、青白い光の花が咲いた。
リュミエールの瞳が、ゆっくりと開く。
「風の子よ……なぜ、私を呼ぶ?」
「泣いてたから」
精霊の瞳が揺れた。
その一粒の涙が、光のしずくとなってルークの手に落ちる。
それが――“水の加護”の印だった。




