第17話 風の街と小さな痛み
リヴィエラの街に朝の鐘が響く。
石畳を照らす光が、風の帆塔を黄金に染めていた。
「今日は街を案内してやる。冒険者になった祝いだ」
「ほんとに?」
「ああ。こいつを見て回らねぇと“冒険者”の名が泣く」
ガルドは笑って、ルークの頭を軽く撫でた。
その大きな手のぬくもりが、なぜか胸の奥まで響いた。
市場の上空を、一羽の白い小鳥が横切った。
その翼は淡く光り、ルークの肩にふわりと降り立つ。
「あ……! あのときの鳥!」
『わぁ、ちゃんとついてきてたんだね!』
ガルドが目を細める。
「あの森で助けたやつか。こいつ、お前のことが気に入ったんだな」
小鳥は“ピュイ”と鳴いて、ルークの頬をついばんだ。
「この子、ずっと一緒に旅してたんだ。
朝になると勝手に現れて、夜は屋根の上で寝てるんだよ」
「そうか。いい相棒じゃねぇか」
「うん、ぼくの“最初の友だち”」
フィーネがふふっと笑う。
『ちょっとやきもち焼いちゃうな~』
「フィーネもいちばんだよ!」
「ほら、果物でも買ってやるか。お前ら、食うだろ?」
差し出された果物を受け取りながら、ルークは少し戸惑った。
「……ぼく、お金ないよ?」
「いらねぇ。息子に買うくらいの気分だ」
「……息子……」
その言葉が胸に響いて、ルークはうつむいた。
“息子”と呼ばれたのは、生まれて初めてだった。
けれど、歩くうちに足が痛みだした。
草鞋のひもが擦り切れ、小さな傷ができていた。
それを言い出せず、ただ我慢する。
「おい、歩き方が少し変だぞ?」
「えっ……?」
ガルドがしゃがみ込み、ルークの足をそっとつかむ。
「靴、見せてみろ」
「だ、だいじょうぶ――」
「いいから」
優しいが、逃げられない声。
ルークはそっと足を出した。
擦り傷が赤く腫れていた。
ガルドはため息をつき、腰の袋から布と薬草を取り出した。
「まったく……痛かっただろうに」
「……ごめんなさい」
「なんで謝る?」
「怒られるかと……」
ガルドは静かに手を止め、優しく頭を撫でた。
「俺はお前を殴ったりしねぇよ。
痛い時は痛いって言え。
俺は、お前の親父みてぇなもんだ。守るためにいる」
ルークの目から、ぽろりと涙が落ちた。
小鳥が小さく鳴き、フィーネが頬をなめた。
『ルーク、もう大丈夫だよ。ここは“怖くない場所”だよ』
「……うん」
ルークは小さく笑い、手のひらを伸ばした。
小鳥が指先に乗り、軽く羽ばたく。
「ありがとう……みんな」
風が吹く。
リヴィエラの街の風は、どこまでも優しかった。




