第11話 闇の森へ
夜が明けきらぬうちに、ガルドは出発した。
「ルーク、留守を頼む。危険を感じたら馬小屋に隠れろ」
「……うん」
言葉ではそう返したが、胸の中はざわざわと波立っていた。
フィーネが心配そうに尻尾を揺らす。
『行っちゃうの? 本当に?』
「……ガルドをひとりで行かせられない」
『でも、約束は……』
「わかってる。でも……森が、泣いてるんだ」
フィーネは小さくため息をついたあと、肩に飛び乗った。
『じゃあ、ぼくも一緒に行く。ルークが行くなら、止められないもん』
「ありがとう、フィーネ」
二人は静かに馬小屋を抜け出した。
朝靄の中、森は薄暗く、どこか息苦しい。
葉の隙間から射す光は鈍く、風の音すら聞こえない。
「……空気が、重い」
『魔瘴気が濃くなってる。気をつけて』
ルークは木々の間を進む。
しばらく行くと、地面に黒く枯れた草が見えた。
そこから、もやのような影が立ちのぼっている。
「これが……魔瘴気?」
『触っちゃだめ。命を吸われる』
そのとき――奥から悲鳴が聞こえた。
「ガルド!?」
ルークは反射的に駆けだした。
木々の奥で、黒い霧が渦巻いていた。
その中に、ガルドの姿。腕で顔をかばいながら、何かと戦っている。
「うおおおっ!」
斧が光り、黒い狼のような影をはじき飛ばす。
だが、狼の体は霧となってすぐ再生した。
「ルーク!? 来るな!」
「でも!」
フィーネが叫ぶ。
『あれ、“瘴気獣”! 精霊の力を食べて動いてる!』
ルークは息をのんだ。
(……怖い。でも――)
ガルドの姿が見えなくなった瞬間、胸が勝手に動いた。
「フィーネ! ぼく、やる!」
『ルーク!?』
ルークは地面に膝をつき、両手を組む。
目を閉じ、心の奥で願った。
「お願い……この闇を、光で包んで――!」
その瞬間、足元の草が淡く光を帯びた。
森の中に柔らかな風が生まれ、霧が少しずつ晴れていく。
獣の影がうめき声をあげ、後退した。
ガルドが驚いたように振り向く。
「ルーク、それ……!」
光がルークの体を包み、フィーネの毛がふわりと輝いた。
――風と光の共鳴。
二人の心がひとつに重なり、森の中に新しい風が吹き抜けた。
闇が押し返され、瘴気獣が霧のように消えていく。
ルークは力を使い果たし、その場に崩れた。
「ルーク! おい、しっかりしろ!」
遠くでガルドの声が響く。
その声を聞きながら、ルークはぼんやりと笑った。
――生きてる。
森も、少しだけ。
次回 森に選ばれた子




