第10話 闇の森の前触れ
夕暮れが近づくころ、ガルドが森から戻ってきた。
服には土の跡がつき、顔には疲れの色が見える。
「おかえり、ガルド!」
「おう……ただいま。少しやばいかもしれねぇな」
「やばい?」
ガルドは重い荷をおろし、深く息を吐いた。
「森の奥の木々が、黒く枯れ始めてた。風も重ぇ。精霊の気配が弱ってる」
『やっぱり……』
フィーネが静かに言う。
「フィーネ、なにかわかるの?」
『森の“風の流れ”がね、止まってる。まるで何かに塞がれてるみたい』
ガルドが腕を組み、険しい表情になる。
「昔、似たことがあった。“魔瘴気”ってやつだ。
土や木が黒く濁り、生き物の気を奪う。だが、なんで今になって……」
「……ガルド」
ルークが小さな声で呼びかけた。
「ぼく……今日、鳥を助けたんだ」
「鳥を?」
「翼が折れてて……でも、手をあてたら光って、治ったの。
それが“テイム”だって、フィーネが」
ガルドの目が見開かれた。
「……光った? お前の手が?」
「うん」
しばし沈黙。
やがて、ガルドはゆっくりと笑った。
「そうか……やっぱりお前、“テイマー”の素質があるな」
「ぼくが……?」
「ああ。癒やしの気配、命と命をつなぐ力。昔の冒険者仲間でも、滅多にいなかった。
テイマーは、ただ獣を従えるんじゃねぇ。“心を結ぶ”者だ」
ルークは手のひらを見つめた。
あの温かさは、確かに“つながった”感覚だった。
「じゃあ、この力で……森を助けられるかな」
ガルドは少し目を伏せ、そして頷いた。
「かもしれねぇ。だが、無理はするな。まだお前は子どもだ」
『でも、森の声はもう届かなくなりつつあるよ』
フィーネの声が少し震えていた。
ガルドはその言葉に眉をひそめる。
「……明日、もう一度森を見に行く。ルーク、お前はここで待て」
「……わかった」
言葉ではそう答えたけれど、
ルークの心は静かに燃えていた。
助けたい。
あの森も、精霊たちも――自分と同じように怯えている気がしたから。
夜風が吹く。
遠くで、森の奥から“何かの鳴き声”が聞こえた。
それは、森が泣いているような声だった。




