第9話 灰等級の初陣──新たな管理対象
翌朝、俺はギルドのカウンターに立っていた。
昨日までの雑用で少し銅貨は稼いだが、いつまでも皿洗いや掃除ばかりでは「冒険者」とは言えない。今日は一歩進む。討伐依頼に挑むのだ。
「灰等級でも受けられる依頼はありますか?」
職員に尋ねると、帳簿を確認した彼女が答えた。
「はい。町の東にある小規模な洞窟で“洞窟コウモリ”の討伐依頼が出ています。五体ほどで結構です」
「洞窟コウモリ……」
名前からして強敵ではなさそうだ。最初の一歩としてはちょうどいい。
ただ、俺には装備がない。職員はすぐに続けた。
「装備をお持ちでない場合は、ギルド備品を貸し出せます。剣と盾の一式で、銅貨五枚です」
俺は懐の銅貨を握りしめ、深呼吸した。
「借ります」
渡されたのは、擦り傷と欠けの多い片手剣と木盾。新品からは程遠いが、最低限の形はある。
「では、依頼票はこちら。洞窟は町から東へ一時間。討伐後はここに戻って記録を提出してください。報酬は銅貨十枚です」
十枚。
雑用の何倍も高い。これで一晩の宿と夕食はまかなえるだろう。
俺は依頼票を腰袋に入れ、ギルドを後にした。
◆
町を抜けて東へ進む。
道は森に向かって続き、鳥の声が遠くで響く。やがて木々の間に、ぽっかりと黒い穴が現れた。
「……あれか」
岩肌をくり抜いたような洞窟。入口からひんやりした風が流れてくる。
一歩踏み込んだ瞬間、視界に青白い通知が浮かんだ。
---【Zavix通知】
新規ダンジョンを検出:cave.bat001
権限:管理対象に追加
---
「やっぱり、来たか」
俺は小さく笑った。やはり、足を踏み入れたダンジョンは自動で“監視対象”に加わるらしい。つまりここでも俺は“管理者”だ。
セラフィーナが姿を現す。
「おめでとうございます。新しい管理領域の追加です」
「ってことは……ここでも俺は“神様モード”で歩けるわけか」
「ええ。ただし」女神は目を細めて微笑んだ。
「貴方が望めば、管理者モードでも“敵対フラグ”を立てることができます」
「なるほど……」
俺は剣を握り直す。
「要するに“俺も戦える”ってわけだな。いいじゃないか。実戦経験が必要なんだ」
ダッシュボードを意識し、設定を思い描く。
---【Zavix設定】
Agent.yuuma
Mode: Admin
EnemyFlag: true
---
次の瞬間、洞窟の奥から羽音が近づき、甲高い鳴き声が響いた。
「キィィィィッ!」
洞窟コウモリだ。
◆
一匹が一直線に突っ込んでくる。
木盾を構え、衝撃を受け止める。腕にずしりと響く。
「ぐっ……!」
体勢を崩す前に、剣を振るい、鋭い軌道で斬り払った。コウモリが石床に落ち、痙攣して動かなくなる。
「一体目……!」
だが、すぐに二匹目、三匹目が現れる。狭い洞窟で羽音が反響し、神経を逆なでする。
「ちょっと多いな……」
俺は心の中で設定を思い描いた。
---【Zavix設定プレビュー】
HostGroup: bat.*
AddItem: flight.pattern
AddItem: sound.freq
Trigger: if(bat.sound.freq>80db) then debuff.bat=-15% for 20s
---
トリガーが発動し、コウモリの羽ばたきが鈍る。
動きが乱れ、突撃が外れた。
その隙を逃さず、二匹目を剣で斬り裂き、三匹目も盾で弾き返してから喉元に突きを入れる。
「……三体」
肩で息をしながら呟いた。
セラフィーナの声が静かに届く。
「うまく応用しましたね。環境音を利用した判定は賢明です」
「ありがとな……」
◆
さらに奥へ進むと、二匹のコウモリが高低差をつけて飛んでいる。
俺は汗を拭い、剣を握り直した。
「ここで五体目まで倒す……!」
再びダッシュボードを意識。
---【Zavix設定プレビュー】
Trigger: if(agent.yuuma.hp<0.5 and bat.near=true) then debuff.bat=-20% for 10s
---
「保険だ。俺の体力が半分以上削られたら自動で弱体化、っと」
突撃してくる一匹を盾で受け止きれず体力が削られるが構わず斬り払う。残りの一匹が背後から迫るが、トリガーが走ったのか、明らかに動きが鈍った。
俺はすかさず振り返り、剣を振り下ろす。
洞窟に甲高い鳴き声が反響し、最後の一匹が落ちた。
「……これで五体、終了」
◆
剣を納め、深呼吸する。
その瞬間、視界にログが流れた。
---【Zavixログ】
[11:43] agent.yuuma lv+1 → 2
経験値取得:bat×5
[11:43] agent.yuuma ステータス更新
HP最大値+5 / 攻撃力+2 / 防御力+1
---
「おお……」
確かにレベルが上がっている。数値で示される成長に、実感が湧く。
セラフィーナがそっと囁く。
「これで貴方も、少しずつ“こちらの世界”の冒険者として歩んでいけますね」
「そうだな……まだ雑魚相手だけど、これは大きい一歩だ」
◆
洞窟を出て町へ戻る。報告を済ませると、報酬として銅貨十枚が渡された。
「確かに受領しました。初依頼達成ですね、おめでとうございます」
職員の声が少し誇らしげに聞こえた。
俺は銅貨を手の中で転がしながら、ため息をついた。
「……やっと飯と宿が確保できるな」
夕食に銅貨一枚を支払い、温かいスープと肉の皿を口にする。昨日までの薄いパンとは違う、体に染み渡る味だった。
そして残り八枚を宿の受付に渡し、一晩の寝床を確保する。
藁ではなく、薄いながらも布団のあるベッド。背中に板の感触はなく、眠れる環境だ。
「やっと、人並みだな」
布団に体を沈め、深く息を吐く。
セラフィーナが傍らで微笑む。
「一歩ずつです。けれど、その歩みは確かに積み上がっています」
俺は目を閉じ、胸の奥で小さく呟いた。
「次は……もう少し強い依頼だな」
こうして俺は、灰等級冒険者として初めての討伐を終えた。
そして知らぬ間に、新たなダンジョンが俺の監視下に加わっていた。
それが後に、大きな転機を呼ぶことになるとは、このときの俺はまだ知らなかった。




