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第6話 初めての町──決意と空腹と

道を歩きながら、俺は背後の山影を振り返った。

洞窟はもう遠く、森を抜けた小道の先に夕陽が斜めに射している。

風に揺れる草の匂いがやけに心地いい。


「……この世界、思ったより静かだな」

独り言みたいに漏らすと、横にふわりと白い光が揺らめいた。

他人には見えない女神セラフィーナが、淡く姿を現す。


「静けさの裏には危うさも潜んでいますよ。けれど、世界を知るなら歩むしかありません」

「だろうな。……で、この世界って、どういう仕組みで回ってるんだ?」

「人々は町を中心に暮らし、冒険者たちはモンスターを狩って収入を得ます。商人は物資を流通させ、農民は糧を作る。──普通の営みです。ただ、ダンジョンの存在がすべてを左右します」


俺は空を仰ぎながら、ため息を吐いた。

「……結局、俺も冒険者になるしかないってことか」

「それが最も自然です。あなたは監視者であると同時に、この世界の住人でもあるのですから」


セラフィーナの声は優しいけど、どこか突き放す感じもある。

要するに──自分の生活は自分でなんとかしろってことだ。



日が傾いたころ、町の石壁が見えてきた。

「おお……」思わず声が出る。

高さ十メートルくらいの城壁。門は分厚い木製で、上には鉄の格子が備えられている。

門番に軽く会釈して、旅人を装って通り抜ける。


中に入ると、町の中心部と思しき方向に進むと徐々に雑踏と人いきれが寄せてきた。

露店では香辛料や干し肉が並び、子供が駆け回り、酒場からは笑い声が溢れている。

元の世界の街並みとは違うのに、不思議と「文明」の匂いがして胸がざわついた。


「さて、まずは飯……」

そう呟いた瞬間に気づく。

「……あっ、金がない」


ポケットをまさぐるも、もちろん何もない。

俺はセラフィーナに視線を向け、小声で頼んでみる。

「なあ女神さま。ちょっとでいいから、小銭とか出してくれないか?」

「ふふ、無理ですね」あっさり笑って却下された。

「は? 女神の力で金貨一枚くらい出せるだろ」

「それは規約違反です。あなたの試練は、世界に溶け込むこと。お金も含めて、己で得なければ意味がありません」


「チッ……」思わず舌打ちする。


仕方なく、通りの露店に座る年配のおばちゃんに声をかけた。

「すみません、この辺で冒険者ギルドってどこにあります?」

「ああ、ギルドかい? 広場の南側さ。石造りの大きな建物で、看板も出てるからすぐ分かるよ。あんたも冒険者志望かい?」

「まあ……そんなとこです」

「ふふ、なら食いっぱぐれることはないね。仕事なんていくらでも転がってるからさ」


皺だらけの顔でにこにこ答えてくれて、俺は軽く頭を下げた。



ギルドの扉を開けると、中は賑わっていた。

依頼を受けに来たと思しき冒険者、酒を飲んで騒ぐ傭兵、書類を抱えて走り回る職員。

空腹で腹が鳴りっぱなしの俺は、とりあえずカウンターへ。


「申し訳ない。今日ここに来たばかりなんだが、日銭を稼ぐ方法ってあるか? それと……泊まる場所も探してるんだ」


職員は目を丸くしたあと、少し考えてから答えた。

「初心者の方ですか。でしたら雑用依頼になります。荷物運び、掃除、下働き……今日の分はもう埋まってますが、食堂の片付けならまだ空きがあります。それで一食は提供できますよ」

「それは助かる」


さらに職員は続けた。

「宿泊についてですが……通常は有料です。ただ、条件付きでよければ。明日の早朝に食堂の雑用をしていただければ、仮眠室を使っていただけます。粗末な寝具ですが、屋根と壁はあります」

「十分だ。ありがたい」


思わず胸を撫で下ろした。

腹が減っていると、どんな条件でもありがたく聞こえる。


---


「ところで……」と職員が首を傾げる。

「あなたは、どこか別の町で冒険者登録はされていますか?」


俺は少し言葉に詰まった。

「いや、まだだ。正直に言うと……農家の生まれなんだが、毎日惰眠をむさぼってたら親父に勘当されてな。行くあてもなくて、村を出てきたんだ」


職員は目を瞬かせ、それから柔らかく笑った。

「そうでしたか。なら、ここで冒険者登録を済ませるのがいいでしょう。登録すれば、依頼の範囲も広がりますし、身分証の代わりにもなります」

「なるほど……冒険者登録か」


腹を押さえながら、俺はうなずいた。

「どうせなら、やってみるか」


---



同じ頃、ギルド併設の食堂。

三人組は窓際のテーブルに座り、湯気を立てるシチューを前にしていた。


リサがスプーンをかき回しながらぼやく。

「……結局、レベル下がったままなんだけど。これ、どうすりゃ戻るのよ」

マリアがにこやかに微笑む。

「経験を積めばきっと戻ります。焦らず、少しずつですよ」

エレナは腕を組み、眉をひそめたまま。

「だが問題はそこじゃない。……死んで復活するダンジョンなんて聞いたことがない。あれには何か、とんでもない秘密がある」


三人は顔を見合わせ、言葉を失った。


──だが次の瞬間、リサが小さく笑う。

「でもさ……逆に考えれば安全じゃない? 死んでも戻れるなら、気兼ねなく探索できるわけだし。それに、モンスターから出たドロップ品はちゃんと持って帰ってこれた。宝箱はミミックだったからアイテムが入ってたか分からないけど……」

マリアは少し困ったように視線を落とした。

「……でも、それって命を軽く扱うことになりませんか?」

エレナは大きく息を吐いた。

「安全かどうかは分からない。何か代償があるはずだ。軽く考えない方がいい」


三人のやりとりは平行線のまま。

けど、確かに「死に戻り」という前代未聞の仕様は、三人それぞれの心に期待と不安を同時に植えつけていた。



俺は職員に案内されて食堂に入った。

漂ってくる肉の匂いに、また腹が鳴る。

奥の席で──見覚えのある三人が、深刻そうに話し込んでいた。


「……あの三人、ここのギルド所属なのか?」

つい口の中で呟く。

ただの感想。でも、妙に気になった。


物語の歯車が、静かに回り始めていた。


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