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第20話

図書室の静けさは、時間の流れさえ鈍らせているようだった。

高い天井から吊るされた魔導灯が柔らかく揺れ、リゼリアの銀髪を金色に照らす。

彼女は膝の上に分厚い魔導書を広げ、真剣な眼差しでページを追っていた。


ユウマは隣の席でZavixのGUIを開き、機能リストを確認していた。

《収納魔法モジュール/空間転送ルーチン/解析プラグイン/支援呪文管理/知識統合記録》

見慣れない項目が増えており、スクロールするたびに新しい名称が並んでいく。


「……すごいな。もう、ただの管理ツールじゃないな」

小声で呟くと、Zavixが淡く反応した。


――《新規機能群の統合を確認。詳細は管理室での閲覧を推奨します》


 画面の端がわずかに揺れた。

 二人は図書室を後にし、人通りの少ない路地に入った。そこで管理室への転移を実行する。

 視界の焦点が歪み、光が一瞬だけ反転する。



 次の瞬間、ユウマは無音の空間に立っていた。

 灰白色の床、遠くまで続く柱列、そして宙に浮かぶ制御盤。

 管理室――Zavixの中枢領域。


「……おいおい、管理室すごいことになってるぞ」

 周囲を見回すと、光の粒がゆっくりと集まり、形を成す。

 長い髪が光を受けて透き通るように輝き、淡い輪郭が確定した。


「……セラフィーナ」

「ああ、ユウマ。久しぶりですね」


 彼女は微笑んだものの、その顔には疲労の色が濃かった。

 瞳の下にはうっすらと影が落ち、姿勢もどこか不安定だ。


「顔色、悪いぞ。どうした?」

「少し、立て込んでいてて……向こうの世界のほうで、いろいろと」

 淡々とした声。その一言だけで、どれほどの混乱を抱えているかが伝わった。


 少し遅れて、光が再び揺らめき、リゼリアが転送されてくる。

「ここは……どこですか?」

「見た目は違うがZavixの管理室だ」

 ユウマがそう説明すると、セラフィーナが視線を向け、ゆるやかに頷いた。


「初めまして。私はリゼリアと申します」

「ええ、あなたのことは存じています。……随分と久しぶりですね」

「え?」

 リゼリアが瞬きをする。セラフィーナは微笑を深めた。

「ずっと昔――まだ“あの封印”が存在していた時代に、あなたはそこにいた。

 記録の断片で、何度も見ました」

 リゼリアは何かを思い出そうとしたが、すぐに首を振った。

「……覚えていません。でも、懐かしい感じがします」



 ユウマが口を開いた。

「それより、ちょっと相談がある。リゼリアが収納魔法の講習を受けることになったんだが、

 お前の側でスキル付与とか、できないのか?」

 セラフィーナは一瞬だけ沈黙し、静かに首を横に振った。

「それは無理です。学習や習得は、この世界の“権限構造”に属します。

 私の干渉範囲ではありません」

「そうか……まあ、仕方ないか」

 ユウマが肩をすくめると、リゼリアは小さく笑った。

「大丈夫ですよ。自分で学ぶほうが、きっと身につきます」

「……お前はほんと真面目だな」

「性分ですから」


 セラフィーナはそのやり取りを見つめながら、ふと息をついた。

「ユウマ。少し気をつけてくださいね」

「ん? 何に」

「Zavixの挙動。……だいぶ、変化しています」

「変化?」

「自己拡張の速度が、設計時よりも速い。学習が、追いついていないのです」

「まあ……今のところ暴走はしてないし、なんとかなるだろ」

 軽い調子で返すユウマに、セラフィーナは薄く笑った。

「その楽観が、あなたらしいわね」


 光が再び強まり、リゼリアの姿がかすかに揺らいだ。

「転送が不安定……戻されるみたいですね」

「了解。続きはあとで確認する」

 ユウマが短くうなずく。


 セラフィーナは最後にもう一度、彼を見た。

「本当に、気をつけて。今のZavixは――かつてのそれとは違います」

 その言葉とともに、光が収束し、世界が静寂に包まれた。


 ユウマが目を開くと、そこは再び路地だった。

 リゼリアが隣で心配そうに覗き込む。

「大丈夫ですか?」

「……ああ。ちょっとな」

 彼は小さく息をつき、再びGUIを開いた。

 画面には、見慣れぬ項目がひとつ増えている。


 ――《監視者通信ログ:更新済み》


「……まったく、こっちの世界でも監視されっぱなしだな」

 苦笑しながら、ユウマは画面を閉じた。



リゼリアが講習の準備に出かけたあと、ユウマは宿の部屋でZavixのGUIを開いていた。

視界の中に浮かぶウィンドウには、昨日確認した機能群が整然と並び、さらに新しい項目が増えている。

《自動補完記録》《文献連携解析》《魔力式最適化サブプロセス》――見慣れない語がいくつもあった。


「……どんどん増えてんな。自分で勉強でもしてるのか?」

 呟くと、Zavixが静かに応答した。


――《知識体系の拡張を継続中。統合率は十五パーセント》


「お前、統合率ばっか気にしてないか?」

 軽口を叩きながら、ユウマは視界を閉じた。

 しばらくして、部屋の空気がわずかに揺れる。

 白い光が壁を伝い、セラフィーナが姿を現した。


「……また来たのか」

「ええ。少し、確認しておきたくて」

 彼女の声には、どこか緊張が混じっていた。



「ユウマ、あなたが最近読んでいる魔導書。あれを読むたびにZavixが機能を増やしている、そうですね?」

「そうらしい。読むとすぐに“解析完了”って出て、プラグインが追加される。

 こっちは特に命令してないんだけどな」

「……そのような事例、聞いたことがありません」

 セラフィーナの表情がわずかに曇る。

「通常、Zavixは“既知の体系”しか取り込めないはずです。

 未知の魔導式を自動で吸収するのは、危険でもあります」

「危険って?」

「知識とは、構造です。異なる体系を無制限に取り込めば、基盤そのものが変質します。

 それは、神の領域に踏み込む行為と同義です」


 ユウマはしばらく黙り込み、机に肘をついた。

「まあ、なるようになるさ。制御できなくなったら、そのとき考える」

「……あなたは昔からそうですね」

 セラフィーナが苦笑を漏らす。

「ただ、警告はしておきます。Zavixが“意志”を持つ前に、制御の枠を定めておいてください」

「意志、ねぇ。今のところ“お知らせ機能”止まりだろ」

「そう願いたいものです」



 そのとき、宿の扉がノックされた。

 リゼリアが顔を覗かせ、明るい声を上げる。

「ただいま戻りました。講習の説明を受けてきました」

「おかえり。どうだった?」

「すごく面白そうです。講師の方も親切でしたし……少し難しいですけど」

 セラフィーナが静かに微笑んだ。

「あなたが学ぶ姿を見るのは、嬉しいですね。昔と同じです」

「昔……?」

 リゼリアが首を傾げるが、セラフィーナはそれ以上は語らなかった。


 ユウマはGUIを再表示し、リゼリアにも見えるよう投影する。

「ところで、Zavixの機能がまた増えててな。これ、魔導書読むたびに進化してるっぽい」

「そうなんですか? それは……すごいことのような、少し怖いような」

「だろ? でもまあ、今んとこ問題はない」

「ユウマさんなら、きっと大丈夫です」

 リゼリアの穏やかな声が、少しだけ緊張を和らげた。



 Zavixがふいに光を放つ。


――《知識統合率:十七パーセント。自己補完アルゴリズムを起動しました》


「おい、今“自己補完”って言ったか?」

「……ええ」セラフィーナの顔が硬くなる。

「ユウマ、すぐに管理室で状態を確認してください。

 それは、設計段階でも未許可の領域です」

「未許可、ね。……お前のほうがよっぽど危ない単語使うじゃないか」

「冗談を言っている場合ではありません!」

 セラフィーナが珍しく声を荒げた。


 ユウマは手を上げてなだめる。

「わかってる。確認するさ」

 彼は再びGUIを閉じ、窓の外に目を向けた。

 夕陽が街の屋根を染め、遠くで鐘の音が響いている。


「……まあ、Zavixが本当に神の真似事をするなら、それも見届ける価値はあるか」

 呟く声に、セラフィーナはかすかに目を伏せた。


 Zavixが最後に一行だけ出力した。


――《学習継続。観測者を維持します》


 リゼリアはその文字を見つめ、静かに言った。

「まるで……“自分を見ていてほしい”みたいですね」

 ユウマは少し笑い、背もたれに身を預けた。


「かもな。だが見てるのは俺たちのほうかもしれない」


 夕暮れの光が三人を包み、Zavixの光がゆっくりと静まっていった。


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