第19話
魔術技術院の白い回廊は、静かなざわめきに満ちていた。
石床を踏むたびに淡く刻まれた魔導式が光を返し、塔の奥からかすかな振動音が響く。
ユウマは案内された測定室で、担当官に測定器を手渡された。
掌ほどの金属板で、中央には淡い青の宝石が埋め込まれている。
「こちらに手をかざしていただけますか」
「ええ、こうですか」
指先を乗せると、光が走り、装置がかすかに震えた。
短い沈黙ののち、担当官が顔を上げる。
「……はい、収納系の魔導適性があります。受講資格は問題ありません」
「そうですか、ありがとうございます」
ユウマは穏やかに頭を下げた。胸の内で小さく息をつく。
商人が言っていた“試験で落とされる”という話は、やはり尾ひれがついていたようだ。
「講習会は十日に一度、全三回です。受講希望の方はこのまま登録できます。試験や推薦は不要です」
「お願いします」
銀貨を支払い、受領印を押された封筒を受け取る。
中には灰色の革装丁の小冊子が入っていた。
古めかしい字体で《収納魔法初級体系 第七期改訂》と記されている。
「初回は四日後に開講です。それまでに一読をお願いします」
「承知しました。お世話になります」
担当官が軽く会釈し、ユウマは塔の階段を降りた。
◆
塔の外では、陽の光が街の石畳を照らしていた。
リゼリアが待っており、白い外套を風に揺らしている。
「どうでしたか、ユウマさん」
「受けられるってさ。しかも試験なし。商人の話、だいぶ盛られてたな」
「まあ、そういうこともありますね」
「せっかくだし、空いた日数で依頼でも受けようか」
「ええ、それが良いでしょう。宿代も稼げますし」
彼女の微笑みに、ユウマは肩の力を抜いた。
昼下がりの中央ギルドは活気に満ちていた。
木製の掲示板には羊皮紙がずらりと貼られ、依頼人の印章と報酬額が並ぶ。
ユウマは一枚を指で押さえた。
「《紅蓮の洞窟》モンスター討伐、報酬銀貨十八枚。近場だ」
「無理はしないでくださいね」
「大丈夫だよ。軽くこなして帰るだけさ」
◆
夕刻、洞窟の入り口に立つ。
地熱を帯びた赤い岩壁が脈打つように光り、内部から湿った風が吹き出してくる。
ユウマはGUIを表示した。
かつては英数字の羅列で埋まったログ画面に、今回は穏やかな文字列が浮かぶ。
――《この区域を管理対象に追加します》
「……なんだか、読みやすくなったな」
「そう感じます。以前よりも、意味がすっと入ってきますね」
「また勝手にアップデート走ったのか?デグレとかないよな…」
ぼやきながら剣の柄を確かめる。
「行くぞ。軽く片付けてしまおう」
「はいっ」
洞窟の奥は蒸気が漂い、視界が揺らめいていた。
赤いスライムが地面に滲むように現れ、ゆっくりと形を変えていく。
ユウマは一歩踏み込む。剣が空気を裂く音とともに、赤い粘液が飛び散った。
Zavixが即座に反応する。
――《討伐を確認。魔石を回収してください》
「了解っと。……ほんとにわかりやすくなったな」
「ええ。まるで、人に話しかけるような言い回しです」
「あれっ、リゼリアにも見えてるのか? これ管理室じゃないと見えないんじゃなかったか?」
「そういえば、いまも見えていますね……」
「どんどん進化してんな……」
苦笑しながら次の通路へと進む。
リゼリアと共にスライムを十一体倒し、討伐証明の魔石を確保した頃には、外の空が藍に染まり始めていた。
二人は宿へ戻り、灯りの下で汗をぬぐう。
◆
ユウマはベッド脇の机に腰を下ろし、講習で渡された魔導書を開いた。
淡い青の文字が浮かび、数式と魔力制御図がびっしりと並んでいる。
「……こりゃあ、完全にプログラムだな」
小さくつぶやいた瞬間、Zavixの光点がまた点滅した。
――《未知の体系を検出しました。互換モジュールとして統合しますか》
「えぇ…やっぱり来たか。……はい、統合てください」
動揺のためか口調がおかしいユウマ。
数秒後、低い振動音。
――《収納魔法モジュールを追加しました》
インク瓶を軽くつまむと、ふっと手の中から消えた。
次の瞬間、机の上に音もなく戻ってくる。
「……おいおい、講習受ける意味、なくなったんじゃないか?」
リゼリアが肩をすくめた。
「正式な手順は大事だと思いますが……けれど、驚きましたね」
「ほんとだな」
ユウマは苦笑しながら窓の外を見た。
街の灯が静かにまたたき、夜風がカーテンを揺らす。
新しい表示がひとつ、視界の隅に浮かんだ。
――《収納空間の試験運用を開始します》
ユウマは深く息を吐き、ベッドにもたれた。
四日後の講習会が、急に退屈に思えて仕方がなかった。
◆
翌朝、魔術技術院の門をくぐると、霧が薄く漂っていた。
昨日とは違い、学生や職員の往来も少なく、静かな空気が流れている。
ユウマは受付窓口に立ち、淡々と切り出した。
「収納魔法講習の件ですが、受講を取りやめることはできますか?」
「はい、キャンセルですね。ただ費用の返却はできませんがよろしいでしょうか。
また魔導書の返却もお願いします」
「分かりました……こちらです」
魔導書を差し出すと、受付官は記録板を取り出した。
その横で、リゼリアが小さく首を傾げ小声で尋ねる。
「ユウマさん、本当にやめてしまってよかったのですか?」
ユウマも小声で答える。
「まあな。中身はすでに確認したし、システムにも反映された。講習受けるより効率的だ」
受付官が記録版を片付け、顔を上げた。
「ちなみにお連れ様は適正をお持ちですか?キャンセルではなく受講者の変更も可能ですよ。」
「……枠の変更?」
「はい。ご本人の同意があれば、受講者の切り替えとして扱えます。
もっとも適性があってのことですが……」
ユウマはリゼリアに視線を向けた。
「どうする? 試してみるか」
「ええ、せっかくですし。私、学ぶのは嫌いじゃありませんから」
◆
昨日と同じ測定室でリゼリアが測定器に指先を乗せると、光が走り装置がかすかに震えた。
装置が短く唸り、担当官が確認の声を上げる。
「……はい、収納系の魔導適性があります。受講されますか?」
「本当ですか?」
リゼリアの瞳がぱっと明るくなった。
「戦いばかりでしたから、こうして知識で力を得られるのは新鮮です」
「じゃあ、講習はリゼリアが受けてくれ。俺の代わりに」
「わかりました。ありがとうございます」
担当官が書類に記入を加え、ユウマの名前を消してリゼリアの名を入れる。
「これで受講者変更が完了です。次回講習は三日後、九時開始です」
「了解しました」
(九"時"……? こんな正確な時間の概念なんて無かったような……
そもそもどうして俺はこの世界で会話できているんだ
そういえば最近セラフィーナも出てこないが……)
◆
手続きが終わると、リゼリアは少し恥ずかしそうに笑った。
「せっかくですし、予習しておきたいですね」
「魔術技術院の図書室なら資料も多いだろう」
「……勉強しても良いですか?」
「よし、じゃあ行ってみるか」
学院併設の図書室は、塔の一角にあった。
高い天井に魔導灯が浮かび、閲覧席の間を静かな光が漂う。
入室時に銀貨二枚を支払い、二人は閲覧用の席に腰を下ろした。
リゼリアは渡された魔導書を開き、真剣な表情でページをめくる。
その隣で、ユウマも別の書を開いた。
――《新規文献の構造を解析します》
――《補助呪文モジュールを統合します》
Zavixの通知が、視界の端に穏やかに流れていく。
読むたびに、何かが追加されていく感覚。
「……おいおい、読めば読むほど増えるってどういう仕組みだ」
思わず呟くと、リゼリアが顔を上げた。
「学んだ内容を取り込んでいるのかもしれませんね。まさに知識の吸収……みたいな」
「それ、怖いほど正確だな」
彼は苦笑し、もう一度ページをめくった。
Zavixが静かに告げる。
――《知識統合率:十二パーセント。継続学習を推奨します》
リゼリアが隣で微笑んだ。
「ふふ、Zavixさんも勉強熱心ですね」
「ほんとだな。俺より真面目かもしれん」
静かな紙の音が響く。
塔の外では夕陽が沈み、薄橙の光が窓を染めていた。
ユウマはペンを置き、静かに息をつく。
「……こういう時間、悪くないな」
Zavixがわずかに光を明滅させ、何かに同意するように沈黙した。




