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第19話

魔術技術院の白い回廊は、静かなざわめきに満ちていた。

石床を踏むたびに淡く刻まれた魔導式が光を返し、塔の奥からかすかな振動音が響く。

ユウマは案内された測定室で、担当官に測定器を手渡された。

掌ほどの金属板で、中央には淡い青の宝石が埋め込まれている。


「こちらに手をかざしていただけますか」

「ええ、こうですか」

指先を乗せると、光が走り、装置がかすかに震えた。

短い沈黙ののち、担当官が顔を上げる。

「……はい、収納系の魔導適性があります。受講資格は問題ありません」

「そうですか、ありがとうございます」

ユウマは穏やかに頭を下げた。胸の内で小さく息をつく。

商人が言っていた“試験で落とされる”という話は、やはり尾ひれがついていたようだ。


「講習会は十日に一度、全三回です。受講希望の方はこのまま登録できます。試験や推薦は不要です」

「お願いします」

銀貨を支払い、受領印を押された封筒を受け取る。

中には灰色の革装丁の小冊子が入っていた。

古めかしい字体で《収納魔法初級体系 第七期改訂》と記されている。


「初回は四日後に開講です。それまでに一読をお願いします」

「承知しました。お世話になります」

担当官が軽く会釈し、ユウマは塔の階段を降りた。



塔の外では、陽の光が街の石畳を照らしていた。

リゼリアが待っており、白い外套を風に揺らしている。

「どうでしたか、ユウマさん」

「受けられるってさ。しかも試験なし。商人の話、だいぶ盛られてたな」

「まあ、そういうこともありますね」

「せっかくだし、空いた日数で依頼でも受けようか」

「ええ、それが良いでしょう。宿代も稼げますし」

彼女の微笑みに、ユウマは肩の力を抜いた。


昼下がりの中央ギルドは活気に満ちていた。

木製の掲示板には羊皮紙がずらりと貼られ、依頼人の印章と報酬額が並ぶ。

ユウマは一枚を指で押さえた。

「《紅蓮の洞窟》モンスター討伐、報酬銀貨十八枚。近場だ」

「無理はしないでくださいね」

「大丈夫だよ。軽くこなして帰るだけさ」



夕刻、洞窟の入り口に立つ。

地熱を帯びた赤い岩壁が脈打つように光り、内部から湿った風が吹き出してくる。

ユウマはGUIを表示した。

かつては英数字の羅列で埋まったログ画面に、今回は穏やかな文字列が浮かぶ。


――《この区域を管理対象に追加します》


「……なんだか、読みやすくなったな」

「そう感じます。以前よりも、意味がすっと入ってきますね」

「また勝手にアップデート走ったのか?デグレとかないよな…」

ぼやきながら剣の柄を確かめる。

「行くぞ。軽く片付けてしまおう」

「はいっ」


洞窟の奥は蒸気が漂い、視界が揺らめいていた。

赤いスライムが地面に滲むように現れ、ゆっくりと形を変えていく。

ユウマは一歩踏み込む。剣が空気を裂く音とともに、赤い粘液が飛び散った。

Zavixが即座に反応する。


――《討伐を確認。魔石を回収してください》


「了解っと。……ほんとにわかりやすくなったな」

「ええ。まるで、人に話しかけるような言い回しです」


「あれっ、リゼリアにも見えてるのか? これ管理室じゃないと見えないんじゃなかったか?」

「そういえば、いまも見えていますね……」


「どんどん進化してんな……」

苦笑しながら次の通路へと進む。


リゼリアと共にスライムを十一体倒し、討伐証明の魔石を確保した頃には、外の空が藍に染まり始めていた。

二人は宿へ戻り、灯りの下で汗をぬぐう。



ユウマはベッド脇の机に腰を下ろし、講習で渡された魔導書を開いた。

淡い青の文字が浮かび、数式と魔力制御図がびっしりと並んでいる。

「……こりゃあ、完全にプログラムだな」

小さくつぶやいた瞬間、Zavixの光点がまた点滅した。


――《未知の体系を検出しました。互換モジュールとして統合しますか》


「えぇ…やっぱり来たか。……はい、統合てください」

動揺のためか口調がおかしいユウマ。

数秒後、低い振動音。


――《収納魔法モジュールを追加しました》


インク瓶を軽くつまむと、ふっと手の中から消えた。

次の瞬間、机の上に音もなく戻ってくる。

「……おいおい、講習受ける意味、なくなったんじゃないか?」

リゼリアが肩をすくめた。

「正式な手順は大事だと思いますが……けれど、驚きましたね」

「ほんとだな」

ユウマは苦笑しながら窓の外を見た。

街の灯が静かにまたたき、夜風がカーテンを揺らす。

新しい表示がひとつ、視界の隅に浮かんだ。


――《収納空間の試験運用を開始します》


ユウマは深く息を吐き、ベッドにもたれた。

四日後の講習会が、急に退屈に思えて仕方がなかった。



翌朝、魔術技術院の門をくぐると、霧が薄く漂っていた。

昨日とは違い、学生や職員の往来も少なく、静かな空気が流れている。

ユウマは受付窓口に立ち、淡々と切り出した。


「収納魔法講習の件ですが、受講を取りやめることはできますか?」

「はい、キャンセルですね。ただ費用の返却はできませんがよろしいでしょうか。

 また魔導書の返却もお願いします」

「分かりました……こちらです」

魔導書を差し出すと、受付官は記録板を取り出した。


その横で、リゼリアが小さく首を傾げ小声で尋ねる。

「ユウマさん、本当にやめてしまってよかったのですか?」

ユウマも小声で答える。

「まあな。中身はすでに確認したし、システムにも反映された。講習受けるより効率的だ」


受付官が記録版を片付け、顔を上げた。


「ちなみにお連れ様は適正をお持ちですか?キャンセルではなく受講者の変更も可能ですよ。」

「……枠の変更?」

「はい。ご本人の同意があれば、受講者の切り替えとして扱えます。

 もっとも適性があってのことですが……」


ユウマはリゼリアに視線を向けた。

「どうする? 試してみるか」

「ええ、せっかくですし。私、学ぶのは嫌いじゃありませんから」



昨日と同じ測定室でリゼリアが測定器に指先を乗せると、光が走り装置がかすかに震えた。

装置が短く唸り、担当官が確認の声を上げる。


「……はい、収納系の魔導適性があります。受講されますか?」

「本当ですか?」

リゼリアの瞳がぱっと明るくなった。

「戦いばかりでしたから、こうして知識で力を得られるのは新鮮です」

「じゃあ、講習はリゼリアが受けてくれ。俺の代わりに」

「わかりました。ありがとうございます」


担当官が書類に記入を加え、ユウマの名前を消してリゼリアの名を入れる。

「これで受講者変更が完了です。次回講習は三日後、九時開始です」

「了解しました」


(九"時"……? こんな正確な時間の概念なんて無かったような……

 そもそもどうして俺はこの世界で会話できているんだ

 そういえば最近セラフィーナも出てこないが……)



手続きが終わると、リゼリアは少し恥ずかしそうに笑った。

「せっかくですし、予習しておきたいですね」

「魔術技術院の図書室なら資料も多いだろう」

「……勉強しても良いですか?」

「よし、じゃあ行ってみるか」


学院併設の図書室は、塔の一角にあった。

高い天井に魔導灯が浮かび、閲覧席の間を静かな光が漂う。

入室時に銀貨二枚を支払い、二人は閲覧用の席に腰を下ろした。


リゼリアは渡された魔導書を開き、真剣な表情でページをめくる。

その隣で、ユウマも別の書を開いた。


――《新規文献の構造を解析します》

――《補助呪文モジュールを統合します》


Zavixの通知が、視界の端に穏やかに流れていく。

読むたびに、何かが追加されていく感覚。

「……おいおい、読めば読むほど増えるってどういう仕組みだ」

思わず呟くと、リゼリアが顔を上げた。

「学んだ内容を取り込んでいるのかもしれませんね。まさに知識の吸収……みたいな」

「それ、怖いほど正確だな」


彼は苦笑し、もう一度ページをめくった。

Zavixが静かに告げる。


――《知識統合率:十二パーセント。継続学習を推奨します》


リゼリアが隣で微笑んだ。

「ふふ、Zavixさんも勉強熱心ですね」

「ほんとだな。俺より真面目かもしれん」


静かな紙の音が響く。

塔の外では夕陽が沈み、薄橙の光が窓を染めていた。

ユウマはペンを置き、静かに息をつく。


「……こういう時間、悪くないな」


Zavixがわずかに光を明滅させ、何かに同意するように沈黙した。


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