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第18話


陽光が都市の尖塔を照らしていた。

レガルド――王国最大の交易都市であり、魔術文明の中心。

アルガンとは比べものにならない人と魔力の流れが、石畳の通りを埋め尽くしていた。


「……すごいな。空気が違う」

ユウマは街門をくぐり、まるで電流のように走る魔力の波を感じ取った。

行き交う馬車の車輪には魔導陣が刻まれ、露店の照明は魔石灯。

商人が掲げる看板には、“自動記録羽ペン”“浮遊カート”“属性変換石”など、彼のいた世界では研究段階にすらなかった技術が並んでいた。


リゼリアは胸の前で手を組み、呆然と街を見渡していた。

「これが……王都の魔導都市。まるで、星の下にもうひとつの空があるみたい」

「まあ、俺たちの当面の目標は観光じゃなくて“換金”だがな」

ユウマは冗談めかしながらも、内心は慎重だった。

あの剣を軽々しく扱うのは危険だ。だが、売らなければ前に進めない。



中央広場の一角に、巨大な建物があった。

白と黒の石材で構成された六角塔――**レガルド中央ギルド**。

扉の上には歯車を模した紋章と、“全ての冒険の記録を管理する”という文字が刻まれている。


ユウマは受付の列に並び、順番を待った。

奥から現れたのは、銀髪を後ろで束ねた女性職員。整った制服と静かな目線が印象的だ。


「ようこそ中央ギルドへ。ご用件をどうぞ」

「アイテムの買取について聞きたいです。街中でも売れるって聞いていますが、ギルドのほうが安全でしょうか」

「はい。外の商会でも取引は可能ですが、ギルドを通すことで“実績”が記録されます。将来的に冒険者等級を上げる際に重要な要素です」


「なるほど。……じゃあ、こちらでお願いします」

ユウマは布包みを取り出し、カウンターに置いた。



布がめくられた瞬間、受付の女性の表情が一瞬止まる。

磨き抜かれた銀色の刃が、ギルドの天井灯を反射して光を放った。

「こちら……どこで入手を?」

「代々伝わるアイテムで亡くなった父から受け継ぎましたが、俺に剣術の才がなく、家も必要になったので……」

「少々お待ちください。鑑定官を呼びます」


数分後、白衣姿の初老の男が現れた。

「中央鑑定局の者です。……ふむ、これは……」

老鑑定官は細い指で刃を撫で、軽く叩いた。

金属音は驚くほど澄んでいる。


「鋼ではない……“神鋼”に近い。構造分子が未だに魔素を保持しておる。

 ――これは、普通の買取では扱えん。競売登録を推奨する」

「競売?」

「ええ。三十日ごとに開催される王都連合オークション。

 ここなら真価を測れるでしょう」


ユウマは頷いた。

「じゃあ登録をお願いします。必要な手続きは?」

「こちらに署名を。販売希望価格を設定できますが、最低価格に達しない場合は保留となります」


筆を取り、ユウマは空欄に“最低落札価格:金貨200枚”と書き込んだ。

リゼリアが隣で目を丸くする。

「そんなに……!」

「実際、それくらいの価値はあるだろう」


手続きが終わると、鑑定官は封印魔法を施した証書を渡した。

「これが登録証です。競売日は三十日後。

 結果の確認はギルドで行っていただきます」

「わかりました、よろしくお願いします」



外に出ると、午後の日差しが石畳を照らしていた。

ユウマは肩の力を抜き、空を見上げた。

「これでひとまずは動けるな。あとは魔術技術院の場所を確認してみよう」

「収納魔法、ですよね?」

「そう。金より今は効率が大事だ」


中央通りに設置された魔導案内板を操作すると、

光の文字が浮かび上がる。

“王立魔術技術院――南区第七環、知識の塔地区”


「よし、行こう」

「なんだか、緊張しますね」

リゼリアが微笑む。


「俺もだ。……けど、収納はあって困ることはないからな!」



王立魔術技術院。

知識の塔地区の中心に、青灰色の尖塔がいくつも連なっている。円環回廊には文官と学徒が行き交い、石床には複雑な魔導式が刻まれていた。


「……圧だな。知識の匂いがする」

ユウマがつぶやくと、リゼリアはこくりと頷いた。

「息を吸うだけで賢くなれそう……」


受付窓口のカウンターに近づく。青いローブをまとった女性書記官が、涼やかな声で迎えた。

「ご用件をどうぞ」


「収納魔法について伺いたいです。修得までの流れと、適性の有無を。」

「承りました。収納系統は“空間折り畳み(フォールディング)”

 並びに“位相偏倚フェーズシフト”に分類されます。まずは適性測定が必要です」

「今から受けられますか?」

「本日は当該系統の担当教員が不在です。最短で明日の午前。測定は有料で銀貨八枚、結果が不適合でもご返金はできません」


ユウマは頷き、懐から革袋を出した。

「予約していきます」

「お名前と、ギルド証をお持ちでしたら」

「ユウマです。はい、これ。」

書記官が羊皮紙にさらさらと記す。

「ではこちらが測定票です。明朝九の鐘が鳴るころお越しください。……それと、収納魔法具についてもお尋ねでしたね?」


「マジックバッグの在庫と相場を知りたいのですが」

「学院では頒布しておりません。高級魔術洋品店や中央市場に少数流通します。容量は規格により様々ですが、携行用の一般品はポーチサイズで魔物一体(小型)相当が目安。価格は金貨百枚前後からとなります」


リゼリアが目を丸くする。

「……百枚」

「素材と術式の安定性によってはその倍も珍しくありません」

書記官は微笑を崩さず付け加えた。

「購入前に適性を測るのは賢明です。術者適合が高ければ、魔具に頼る必要はありませんからね」


「ありがとうございます。明朝また伺います」

予約票と領収票を受け取り、塔を出る。



案内板で示された通り、市壁近くの“ヴァロット魔術洋品店”へ向かう。

黒木の戸を押すと、涼気と薬草の香り。壁には杖、指輪、義手用の魔導補助具が整然と並ぶ。


「いらっしゃいませ」


「マジックバッグを見たいのですが」


年配の店主が、ケースからひとつのポーチを取り出した。手のひらより少し大きい。革は竜革、口金には微小な魔法陣。

「標準型のポケット・フォールディング。ゴブリン一体程度の容量で、金貨九十五枚。内包位相が安定してますから、はみ出し事故はまずありません」


ユウマは重さ、縫い目、口金の“鳴き”を確かめる。

「なるほど。……もっと安価なものはありますか?」

「残念ながら流通しているもので一番小さいものがこちらです。

 容量を増やせばもちろんさらに高価になります。

 冒険者の方でしたら適性検査を受けてみては?」


店を出ると、午後の陽射しが少し傾き始めていた。腹が鳴る。

「遅い昼、行くか」

「賛成です。香ばしい匂い……」


石造りの食堂で、煮込みと黒パン、ハーブ入りの白スープ。

「このスープ……骨の旨みが深い」

「学びの街は飯もうまい、覚えておこう」

他愛もない会話を交わしながら、明日の段取りを整理する。測定、結果、もし適性があれば講習……。


日暮れ、南第二環の宿へ。受付で二人部屋を取り、湯を頼む。

湯あみしたリゼリアの頬は上気し、髪は少しだけ湿っていた。

「街のお湯は、花の香りがしますね」

「温浴剤ってやつだ。……五百年前も、何か似たものはあったのか?」

「野草を煮出すくらい。こんなに優しい香りは初めてです」


灯を落とす。窓の外に高塔の青い光。

並んだベッドの距離が、街の喧噪と対照的に近く感じられた。

「ユウマさん」

「ん」

「明日、うまくいきますように」

リゼリアがそっと手を重ねる。掌の温度が、旅の疲れをほどく。言葉は少なく、呼吸は静かに。


遠くで時の鐘が鳴った。

レガルドの夜は深く、けれど安らかだった。


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