第18話
陽光が都市の尖塔を照らしていた。
レガルド――王国最大の交易都市であり、魔術文明の中心。
アルガンとは比べものにならない人と魔力の流れが、石畳の通りを埋め尽くしていた。
「……すごいな。空気が違う」
ユウマは街門をくぐり、まるで電流のように走る魔力の波を感じ取った。
行き交う馬車の車輪には魔導陣が刻まれ、露店の照明は魔石灯。
商人が掲げる看板には、“自動記録羽ペン”“浮遊カート”“属性変換石”など、彼のいた世界では研究段階にすらなかった技術が並んでいた。
リゼリアは胸の前で手を組み、呆然と街を見渡していた。
「これが……王都の魔導都市。まるで、星の下にもうひとつの空があるみたい」
「まあ、俺たちの当面の目標は観光じゃなくて“換金”だがな」
ユウマは冗談めかしながらも、内心は慎重だった。
あの剣を軽々しく扱うのは危険だ。だが、売らなければ前に進めない。
◆
中央広場の一角に、巨大な建物があった。
白と黒の石材で構成された六角塔――**レガルド中央ギルド**。
扉の上には歯車を模した紋章と、“全ての冒険の記録を管理する”という文字が刻まれている。
ユウマは受付の列に並び、順番を待った。
奥から現れたのは、銀髪を後ろで束ねた女性職員。整った制服と静かな目線が印象的だ。
「ようこそ中央ギルドへ。ご用件をどうぞ」
「アイテムの買取について聞きたいです。街中でも売れるって聞いていますが、ギルドのほうが安全でしょうか」
「はい。外の商会でも取引は可能ですが、ギルドを通すことで“実績”が記録されます。将来的に冒険者等級を上げる際に重要な要素です」
「なるほど。……じゃあ、こちらでお願いします」
ユウマは布包みを取り出し、カウンターに置いた。
◆
布がめくられた瞬間、受付の女性の表情が一瞬止まる。
磨き抜かれた銀色の刃が、ギルドの天井灯を反射して光を放った。
「こちら……どこで入手を?」
「代々伝わるアイテムで亡くなった父から受け継ぎましたが、俺に剣術の才がなく、家も必要になったので……」
「少々お待ちください。鑑定官を呼びます」
数分後、白衣姿の初老の男が現れた。
「中央鑑定局の者です。……ふむ、これは……」
老鑑定官は細い指で刃を撫で、軽く叩いた。
金属音は驚くほど澄んでいる。
「鋼ではない……“神鋼”に近い。構造分子が未だに魔素を保持しておる。
――これは、普通の買取では扱えん。競売登録を推奨する」
「競売?」
「ええ。三十日ごとに開催される王都連合オークション。
ここなら真価を測れるでしょう」
ユウマは頷いた。
「じゃあ登録をお願いします。必要な手続きは?」
「こちらに署名を。販売希望価格を設定できますが、最低価格に達しない場合は保留となります」
筆を取り、ユウマは空欄に“最低落札価格:金貨200枚”と書き込んだ。
リゼリアが隣で目を丸くする。
「そんなに……!」
「実際、それくらいの価値はあるだろう」
手続きが終わると、鑑定官は封印魔法を施した証書を渡した。
「これが登録証です。競売日は三十日後。
結果の確認はギルドで行っていただきます」
「わかりました、よろしくお願いします」
◆
外に出ると、午後の日差しが石畳を照らしていた。
ユウマは肩の力を抜き、空を見上げた。
「これでひとまずは動けるな。あとは魔術技術院の場所を確認してみよう」
「収納魔法、ですよね?」
「そう。金より今は効率が大事だ」
中央通りに設置された魔導案内板を操作すると、
光の文字が浮かび上がる。
“王立魔術技術院――南区第七環、知識の塔地区”
「よし、行こう」
「なんだか、緊張しますね」
リゼリアが微笑む。
「俺もだ。……けど、収納はあって困ることはないからな!」
◆
王立魔術技術院。
知識の塔地区の中心に、青灰色の尖塔がいくつも連なっている。円環回廊には文官と学徒が行き交い、石床には複雑な魔導式が刻まれていた。
「……圧だな。知識の匂いがする」
ユウマがつぶやくと、リゼリアはこくりと頷いた。
「息を吸うだけで賢くなれそう……」
受付窓口のカウンターに近づく。青いローブをまとった女性書記官が、涼やかな声で迎えた。
「ご用件をどうぞ」
「収納魔法について伺いたいです。修得までの流れと、適性の有無を。」
「承りました。収納系統は“空間折り畳み(フォールディング)”
並びに“位相偏倚”に分類されます。まずは適性測定が必要です」
「今から受けられますか?」
「本日は当該系統の担当教員が不在です。最短で明日の午前。測定は有料で銀貨八枚、結果が不適合でもご返金はできません」
ユウマは頷き、懐から革袋を出した。
「予約していきます」
「お名前と、ギルド証をお持ちでしたら」
「ユウマです。はい、これ。」
書記官が羊皮紙にさらさらと記す。
「ではこちらが測定票です。明朝九の鐘が鳴るころお越しください。……それと、収納魔法具についてもお尋ねでしたね?」
「マジックバッグの在庫と相場を知りたいのですが」
「学院では頒布しておりません。高級魔術洋品店や中央市場に少数流通します。容量は規格により様々ですが、携行用の一般品はポーチサイズで魔物一体(小型)相当が目安。価格は金貨百枚前後からとなります」
リゼリアが目を丸くする。
「……百枚」
「素材と術式の安定性によってはその倍も珍しくありません」
書記官は微笑を崩さず付け加えた。
「購入前に適性を測るのは賢明です。術者適合が高ければ、魔具に頼る必要はありませんからね」
「ありがとうございます。明朝また伺います」
予約票と領収票を受け取り、塔を出る。
◆
案内板で示された通り、市壁近くの“ヴァロット魔術洋品店”へ向かう。
黒木の戸を押すと、涼気と薬草の香り。壁には杖、指輪、義手用の魔導補助具が整然と並ぶ。
「いらっしゃいませ」
「マジックバッグを見たいのですが」
年配の店主が、ケースからひとつのポーチを取り出した。手のひらより少し大きい。革は竜革、口金には微小な魔法陣。
「標準型のポケット・フォールディング。ゴブリン一体程度の容量で、金貨九十五枚。内包位相が安定してますから、はみ出し事故はまずありません」
ユウマは重さ、縫い目、口金の“鳴き”を確かめる。
「なるほど。……もっと安価なものはありますか?」
「残念ながら流通しているもので一番小さいものがこちらです。
容量を増やせばもちろんさらに高価になります。
冒険者の方でしたら適性検査を受けてみては?」
店を出ると、午後の陽射しが少し傾き始めていた。腹が鳴る。
「遅い昼、行くか」
「賛成です。香ばしい匂い……」
石造りの食堂で、煮込みと黒パン、ハーブ入りの白スープ。
「このスープ……骨の旨みが深い」
「学びの街は飯もうまい、覚えておこう」
他愛もない会話を交わしながら、明日の段取りを整理する。測定、結果、もし適性があれば講習……。
日暮れ、南第二環の宿へ。受付で二人部屋を取り、湯を頼む。
湯あみしたリゼリアの頬は上気し、髪は少しだけ湿っていた。
「街のお湯は、花の香りがしますね」
「温浴剤ってやつだ。……五百年前も、何か似たものはあったのか?」
「野草を煮出すくらい。こんなに優しい香りは初めてです」
灯を落とす。窓の外に高塔の青い光。
並んだベッドの距離が、街の喧噪と対照的に近く感じられた。
「ユウマさん」
「ん」
「明日、うまくいきますように」
リゼリアがそっと手を重ねる。掌の温度が、旅の疲れをほどく。言葉は少なく、呼吸は静かに。
遠くで時の鐘が鳴った。
レガルドの夜は深く、けれど安らかだった。




